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「結局のところ、人が本に求めるのはそれに尽きます──愉しませてくれること」

■ポール・オースター『ガラスの街』

「それが愉しみを与えてくれるものなら、人はどこまで冒瀆的言動を許すのか?答えは明白でしょう?どこまでも、です。我々がいまも『ドン・キホーテ』を読むことがそのいい証拠です。この本はいまだに我々を大いに愉しませてくれるのです。結局のところ、人が本に求めるのはそれに尽きます──愉しませてくれること」(P.183)


前回読んだ『ムーン・パレス』に続き、二冊目のオースター。私はとにかくオースターという作家に共鳴してしまった。

まずその流れるようなリズム。軽やかなのに走りすぎない言葉。

それから、登場する人物の絶妙なキャラクター。みな魅力的だが必ず暗いものを内に抱えている。

フィクション性の高さ。時折見せる、妙に哲学的な言葉。ユーモア。

──そうやって挙げればいろいろあるだろうけれど、もっとシンプルに言えば、「この人の文章を読むのが好きだ」と思う。共鳴するけれど完全に共感はしきれない。だから、もっと知りたい。

端正で音楽的な文章を、むしろ内側から食い破るような要素──考えてみればそういった箇所がオースター作品にはつねにどこかで現われるのであり、それがあるからこそ、透明な文章の美しさもよりいっそう活きるのだろう。(解説より)


オースターを読んでいるとしみじみと感じる。

「この人はきっと、優しい人なんだろう」

と。

文学の中には、難しいものがある。先日書いた記事でも触れたように、私はある程度「難しいものも読みたい」と思っているから、なんというか、文学の難しさに“耐えて”いる感覚がなくもない。

でもオースターの小説にそういった難しさはない。本来は頭の良い人で、いろいろな物事を知って/考えている人だし、たくさんの難しい表現を知っているはずだ。ということが文章に滲み出ているけれど、彼は難解さを良しとせず、読者の目線に合わせて書いている。

その優しさにきゅっと心が掴まれた、という感じ。

これは、自分が目標としている文章の一つの形かもしれない(訳文なので、翻訳者の柴田さんも偉大なのだろう)。

リズムは少しチャンドラーに近い。しかしチャンドラーの場合はもっと純粋に、内なる衝動からストレートに言葉を並べている。と、私には思える。もちろん良し悪しではなく個性の話だ。

『ガラスの街』はやや複雑な設定で描かれている。

主人公は、何重かの重ね合わせで成立しているキャラクターである。また、一見するとミステリーあるいは探偵小説風でありながら、ミステリーらしい明快さはなく、最終的に、なんだかよくわからない。

個人的には「ミステリー」という枠組みは頭に入れずに読むといいと思う。これは「ノンジャンル」の小説だ。

とはいえ、折に触れてエドガー・アラン・ポーという名前や作品名/キャラクター名が登場するので、古典ミステリーファンにとってはそこが楽しいだろう。途中で謎解きっぽい場面もあるのにもワクワクした。

とはいえ、ポー作品でデュパンは何と言っているか?「推論者の知性を、相手のそれに同一化させる」。(P.75)

(余談だが私はこの謎解きにかなり近い、文字通りの“謎解き”を作りかけたことがある。舞台はもちろんニューヨーク。お蔵入りしたけれど、ここで発見できて嬉しい。)

私は、アメリカの文学が好きだな。と、最近感じる。といっても大して読んでないけれど……(最近だと他にチャンドラー、カーヴァー、ヘミングウェイ、ポー、カポーティ……あたりかな?)

ヨーロッパの文学は「歴史」や「絆」を主題に組み込むことが多い。ヨーロッパ自体が歴史ある場所で、常に他国家・他民族と接してきたのだから、当然の成り行きだ。

一方で、アメリカ文学は「個人」を主題にすることが多い……気がする。アメリカの歴史の浅さや国としての成り立ちがそうさせるのだろう。他人との関係性の描き方はヨーロッパのそれよりもフラットだったり、孤独だったりする。そこが自分の肌に合う。


正直に言うと、『ムーン・パレス』も『ガラスの街』も、結末はあまりしっくりこなかった。しかし途中で抜群に面白い部分があるので、まぁいいかな、となる。そういう小説って(個人的には)珍しい。

ネタバレになるから書けないけれど、とある登場人物がすごく好きだった。底抜けに明るく描かれているが、実際はどうなんだろう。あれは作者のユーモアなのかな?ああ、もっと知りたい。

またオースターの文章に会いにいきたい。近いうちに。


探偵とは、すべてを見て、すべてを聞き、事物や出来事がつくり出す混沌のなかを動き回って、これらいっさいをひとつにまとめ意味を与える原理を探し出す存在にほかならない。(P.14)


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