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小説 ちんちん短歌・第四話『丸出しの家持のちんちん』

「だからさ」

 家持は、紙から目を建に向ける。

「死ぬんだよ」

 家持は、立膝になり、ゆっくり、その巨体を持ち上げていく。

「死ぬんだ。忘れて死ぬ。肉体も死ぬ。死ぬと、記憶したことは2度と取り戻せない。死ぬんだよ。死ぬんだ」

 巨体を支える太い足。その、腰部と太ももの付け根に、ちんちんがある。家持は屋敷内では簡易な上衣のみで過ごしている。下半身は裸だ。
 すなわち、いま、家持はちんちん丸出しである。

「死なないと思ってるようじゃだめなのよ」

 家持はちんちん丸出しのまま、伸びをする。
 家持は寝る時も下着はつけない。下衣の紐が腰に食い込むのが嫌なのだ。

「それじゃ、死ぬんだ」

 建が奴隷だからだろう。奴隷相手に、ちんちんは別に隠さない。
 家持のちんちんは太った体に見合う太さがあり、黒く、下を向いている。
 ちん毛も放射状に生え、とげとげとしているが、燭の光を照り返す艶もあった。

「絶対死んじゃだめなんだよ」

 昨日、藤原仲麻呂という政敵が死んだ。家持は、影で仲麻呂殺しに動いたらしい。
 時世に疎い建でも、仲麻呂という人物が相当な権力者であることは知っていた。そして家持が食客を用い、それらに奴隷武官を与えて幾人か周辺人物を殺したことも知っている。奴隷武官の中には、短歌奴隷も何人か回されており、何人か帰らない者もいた。

「人は絶対に死ぬ。死んだら、頭の中の何もかもが消える。大切にしていた物も、見たものも。聞きたかったことも消える。絶対に、死んだ者から歌は取り出せない。モガリの歌を作り、故人をイメージしたってそれはもう、その人のそのものじゃない。
 絶対に違う。
 吾はそう思うよ。
 吾はさ、吾ってばさ、人をちゃんと殺したことがあるんだ。
 思ったよ。人が死ぬと、消えるんだ。歌は。
 歌の背後にある何かも。
 だから死はだめ。だめよ。だめだめ」

 家持は建にちんちんを向ける。

「だから、ね」

 ニコッと、家持は笑う。

「お前の頭ん中の短歌だけじゃあなくてね。集めてきてほしいんよ。今、生きているやつの頭ん中にある短歌さあー。ここだけじゃない。どこかにある短歌。さいわい、仲麻呂も死んだしねぇ、ウチの奴隷を全国展開しても、スパイ感なくなったしミカドもオッケーって言ってるし」
「え?」
「ていうか、吾がオッケーださせるし、ミカドにさ」

 家持はちんちん丸出しのまま、建に命じた。

 短歌を取材してこい。
 千の短歌を記憶して戻ってこい。
 吾はそれを記録する。
 10年後、ここで、この場所で、千の短歌を吾は聴く。
 お前は人々から短歌を取り、覚え、またここで、吾を1000年だと思って、それを放て。

・・・・・・・・・・・・・

 仮の目標地点をムツ前・ヒムタカミ道のクジ・ナガ・アラチ・ツクバの四群とした。南海岸伝いに、東国へのルートになる。
 家持の遠い親戚である大伴小吹負なる人物がヒムタカミ道の太守してるといい、そこに逗留できればいいかーと建は思ったが、家持曰く「年代的に死んでるかもしれない」とのことで、あんまりアテにはならない。

 でもまあ、どうでもいいと思った。

 家持から、「もっとちゃんとした職姓やるよ」と、建を造(つくり)に編入してくれて、井戸の守のいう前職を生かして「造の染め部・赤組」に入れてくれる。「大伴の門衛の春日の井戸の守してる赤染部の建」ということで、かしこまりな場では赤染衛門という、女みたいな名前を名乗れってことになったけど、建はめんどいのでスルーした。
 ただ、この姓名があるとヤマトの勢力圏の各地で仁義を切れ、一晩の宿の世話をしてもらえる。これが旅には必要なパスポートで、けっこう重要なのだ、これは。

 一年ほど、旅に必要な下準備として、ちゃんと「赤染め部」で働いた後、建は大伴家持の所領であった春日を旅立つ。赤染め部でもらった赤い韓衣がうれしい。「建ちゃんやっぱ大陸系の人だから、カラコロモが似合うよねー」と、染め部大将が笑う。

「赤染の春日井・燕(公孫)タケルヒコ、がんばれー、まんせいー、わー」

と、染め部皆が手を挙げて建を送り出す。

「はいはい」と、建はどこかクールだった。でも、なんかうれしい。
 
 で、旅立った。

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