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バックアレー・プラズマ・ヴェンジェンス 3 (終)

これまでのあらすじ
路地裏にて、謎めいたロボットとヤクザ者が交戦を始める。果たしてロボットの目的とは? 

ZZZTTTT……ZZT……ZZZZT……

「エッ?」

 降り始めた雨に打たれ、倒れていた浮浪者は目を覚ました。自分がつい先程までほとんど死んでいたことに露程も気づいていない。ヤクザ者にいきなり刺されたことを思い出した彼は、慌てて自分の体を見渡した。

「エッ?」

 腹の部分には刃物で開けられた穴があり、血に染まっているし、足に札が貼られてある。自分は腹を刺されたはずだ。しかし何の痛みもない。浮浪者は戸惑った。そこまで考えてようやく、彼は雨に打たれている己と、ときおり聞こえる放電のような音を自覚した。彼は音の方向に反射的に目を向けた。そして驚愕し、小さな悲鳴を上げ、気絶した。意識を失う直前の彼の瞳には、自分を刺した男と3つのカメラアイを赤く光らせたロボットの戦いがはっきりと焼き付いていた。

 「アアア!」ワジマは腕を振りエネルギー弾を射出する。ZZTTT!固定化したプラズマに弾かれる。「紅月!」ZZTTT!プラズマ・ブレードに弾き飛ばされる。「紅!月!」ZZTTT!ロボットは体を捻って難なく避ける。その距離、20m。あと20秒足らずでブレードの間合いに達するだろう。そうなれば、ワジマに勝ち目はない。彼の目には既にこの先の予想が浮かび上がっていた。ワジマは決意を持ってロボットを見据えた!ロボットのモニターにはプラズマ警告文は消え、もはや何も表示されていない。

 魔術機械と機械化ヤクザは、互いに遠距離で斬り結びながら徐々に近づいていく。魔術的エネルギーをまとったプラズマブレードがヤクザの不可思議なエネルギーを弾き、明後日の方向に向かわせる。彼我の距離、およそ5メートル。ワジマに当初の焦りはもはや無い。しかしこのままでは接近するロボットに斬られる未来が待ち受けるのみである!

 だというのに!「ハッ!」突如としてシャウトを止め、ワジマは手刀の構えを解いた。あまりに突飛な行動にロボットも動きを止めた。驚いたかのように。お互いの動きが完全に静止した一瞬、二人はその時間が無限と錯覚した。だが1秒後、男は動き出した。サイバネティックス脚が本領を発揮し、彼我の距離をまたたく間に縮めた。そして懐から熱放射小刀を取り出し、ロボットの心臓部へと突き出した……!

 高層マンション。雨がしとどに降り続く中、カヨコは明日の旅行に思いを巡らせていた。ワジマは彼女よりも20歳ほど年上である。ある居酒屋でのコンパにて、しつこく男子学生に絡まれていたところを偶然通りかかった彼が仲裁したのである。その姿に彼女は惹かれた。連絡先をお互い交換し、何度か会ううちにワジマが恋に落ちたのだ。彼は「普通」の世界に身を置くカヨコに応えることを初めは良しとはしなかった。彼女からの猛アプローチが無くては、このような関係が築かれることはなかっただろう。

 この愛が薄氷の上に立っているものであることをカヨコ自身理解している。アウトローが蠢く社会が「大変動」以前より飛躍的に増えたとはいえ、自分のような平々凡々な人間の恋人がヤクザ者であることが相当に危ういものであることは彼女も自覚している。それでも、彼女は薄氷から退くつもりはない。故にこの旅行も、最大限楽しむよう努力するつもりでいたのだ。

 夜は影に生きる者たちが跋扈する時間だ。生と死がキャッチボールの如く交わされる、カヨコには一端を垣間見ることしかできない世界。どうか、今日も何もありませんように。雨が彼を守ってくれることを祈って、カヨコは眠りに就いた。

 金属が切断される音が深夜の路地裏に響いた。熱が雨を焼く音が、金属の焼ける臭いが周辺に蔓延した。2つの人影のうち、柔らかなシルエットが脚を切断され崩れ落ちた。「テ、テメエ」『勝負はついた』この闘いを制したのはロボットであった。しかしそれも無傷ではない。腹部に熱放射小刀が突き刺さっており、ぶすぶすと服と回路を焼き焦がしていた。

 人体であれば急所であった部分は、彼にとっては異なる。彼は小刀を抜き、動力を断って後手に投げ捨てた。小刀から発される余熱が未だ雨を灼く。サイバネ脚を斬り落とされ苦悶する男を彼は見下ろした。『キミに聞きたいことがある』「畜生……!」痛みのフィードバックは無い。ただ負けたこと、そして将来を絶たれることにワジマはもがいていた。

 『「僕」を見ろ』「...ぐ...」『キミは3年前に錬金術師の暗殺任務に従事したな?』「……何人殺したなんて覚えちゃいねえ……ましてや3年前なんて……」『そうか』ロボットは首を振ると、モニターに画像が表示された。手術室らしき部屋で、壮年の女とまだ傷も少ないロボットが写っている。胸のモニターには” :) ”と笑顔を示す顔文字があった。

「テメエ、まさか奴のメイドロボとでも言うのか……?」ワジマの顔色に青みがさす。こんなロボットがご主人様の復讐に来たと?『メイド?違うね』しかしロボットは当初の予想を否定した。『ミズ・アンナはボクの先生であり親のような人だ。だがキミ達は殺した。その仇だ』
 
 ワジマは絶句した。殺した者の縁者が仇討ちに来ることはそう少ないことではなかった。そのたびに紅月で返り討ちにしてきたし、これからもそうあり続けるはずだった。負ける自分を想像していなかったし、したくなかった。まさか敗れるとは、その相手が魔法を使い、自我を持つロボットという奇怪極まりない存在であったとは。

 「俺の……夢が……」女々しくも涙が零れた。もう終わりだ。救援を発する発想は経験からなかった。この程度の暗殺者などいくらでもいる。生き延びても、情報を漏洩した可能性があると見做されればサンクチュアリは容赦しない。カヨコもその例外とはならないだろう。故に彼が取る選択肢は一つだった。

 「俺のアドレスは……」紙片にコンピュータのパスワードと住所を書き、手渡した。「なあ、俺のことはどうでもいい、カヨコは、カヨコだけは手を出さないでくれ……どうか守ってくれ……頼む……」『事件に関わりのないヒトに興味などない。キミ達が許せないだけだ』ロボットは即答した。そして全てを失おうとしている復讐の相手をしばらく吟味するかのように見つめ、唐突に立ち去った。殺したはずの浮浪者が身動ぎしたが、ワジマにできることはなかった。

 時間が経ち、夜が更ける中、場違いなほどに車の音を男は聞いた。降りてくる人間の足音が近づいてくる。壁にもたれ、彼は手刀を構えた。
 
 早朝、とある大通りの歩道にて。人通りは殆ど無く、一人の女がスマートフォン片手に誰かを待ち続けていた。心配そうな顔は、少し前から変わらない。ワゴン車が彼女の付近に接近し、停車した。彼女が怪訝な顔をする。車から屈強な男女が降りようとした矢先、青い飛翔体が突き刺さりワゴン車は爆発炎上した。射線の元を辿れば、ビルの屋上に一体の機械があった。それを認識することなく、目の前の惨状から女は逃げていった。未だ来ぬ己の愛する人を想いながら。女の後ろ姿を見送り、機械は跳躍し街を驚くべき速度で駆けていった。進路には未だ目覚めぬ浮浪者と血溜まりのある路地裏もあったが、それが顧みられることはなかった。

  ロボットの名前はキュリオシティ。彼は復讐のため、街を巡る。

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