なにもかも、夢であるように/『薬屋のタバサ』
なにもかも、夢であるように思えます。
どうしても、どうしても
文中に出てくる、タバサの亡くなった母が書いたいたずら書きが、この小説のすべてを物語っているような気がします。
真っ青な表紙がきれい、と思って手に取った、東直子さんの『薬屋のタバサ』。
持っている全てを捨てて、家を飛び出し、気がついたら知らない町の古びた薬屋さんにたどり着いた由美は、店主のタバサに頼んで住み込みで雇ってもらうようにお願いします。
全くの見ず知らずの由美に薬局の手伝いと家事全般をやってくれるなら、と了承してくれたのは何故?タバサの薬局も、一癖ある不思議なお客さんばかりで、なんだか“ふつう”な感じではありません。
薬局どころか町全体がなんだかモヤに覆われているような、もわ〜〜〜とした感じなんです。登場人物たちは名前もあるし、会話もちゃんとするし、喜怒哀楽も描写されているのに、顔が見えてこないというか。みんなのっぺらぼうなのかもって感じる。不思議な、なんなら不穏な空気。
だけど、読んでいくうちにいつのまにか馴染んできてしまうんです。こういうものかな、と納得してしまって、由美がふわふわとタバサとの生活を少しずつ営んでいくのを同じように追ってしまいます。
未来とか、過去とか、現在とか。生きるとか死ぬとか。全部混ざったまま、進んでいく物語。由美もきっとこのままこの町の一部になっちゃうんだろうな、と思いました。きっとそれがいちばん心地良いんだろうな。
(この先は、ゆきどまりですよ)
荒い息をしながら、さっきのタバサの言葉が、頭の中を、ぐるぐるとまわっていた。
ゆきどまりにいるのだ、わたしは。
最後まで読んで、ぱたりと本を閉じて、ふと「あれ、わたしは今なにを読んでいたのだろう」と、慌ててページを戻りました。でも戻っても、なお、よくわからなくて。
なにもかもが夢のような、やわらかなもののなかにいたのに、終わった瞬間にいきなり放り出されてしまったような。
そんな不思議な一冊。
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