波長が合う音
静岡・伊豆半島の大部分は山に覆われている。
そのため内陸地を通るとなれば、峠道を走ることが常だ。
新緑の香りが漂う朝、僕は修善寺から戸田方面へバイクを走らせていた。清々しい風を浴びながら、全身に伝わってくる鼓動と音を楽しむ。
修善寺で泊まった宿では、女将さんと顔を合わすなりこう言われた。
「お兄さんのバイク、ハーレーでしょう? ハーレーはいい音するわよね!」
僕が宿の駐車場に入ってきた時、その音を聞いてすぐ分かったらしい。
「ハーレーはいい音がする」
女将さんの口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかった。思いがけない人から相棒を褒められて嬉しくなった。
ハーレー特有の鼓動に憧れて中古車を購入し、ちょうど静岡方面へソロツーリングをしていた旅中のことだった。
*
ハーレーは、愛好家から”鉄馬”(アイアンフォース)ともよく呼ばれる。
ハーレー特集の雑誌には、「鉄馬カスタム」とか「鉄馬と共に走る」といったキャッチコピーの表紙をよく目にする。
その鉄馬の鼓動や排気音は、愛好家から「3拍子」や「ポテトサウンド」と呼ばれ親しまれている。
「ポテット、ポテット、ポテット、ポテット、ポテット」
ハーレーの本場アメリカでは、そのように聞こえるらしい。
さすがに冗談だろうと思って耳を傾けていると、なるほど、そう聞こえてこなくもない。
ポテトと聞こえるかどうかはともかく、やっぱりリズムカルないい音だなぁと感じる。
ちなみに、70歳現役ライダーである僕の親父もハーレーについて同じようなことを言われたらしい。
地元・大阪の同窓会で再会したクラスメイトの女性からである。たまたま、当時親父が乗っているハーレーの話題になった時、こう言われたそうだ。
「ハーレーは他のバイクと違う音がする。あれはええ音やわ」
*
音といっても、心地いい音もあれば不快に感じる音もある。
不快な音の例えはさておき、心地いい音は色々な場面で出会う。
自然や生き物から聞こえてくる音は心地いいものが多い。
川のせせらぎ、小鳥のさえずり、海辺で聞こえる波の音、焚き火をする時に薪がパチパチッと鳴る音。
人間が作った物や機械が生み出す音でもやはり心地いい音がある。
僕は蒸気機関車や船の汽笛、ぽんぽん船のエンジン音、機械式フィルムカメラのシャッターを切る音などが好きだ。
そして、僕にとってハーレーもやっぱりいい音に感じる。もっとマニアックな話をすれば、ハーレー以外にも好きなバイクの音はある。
ちなみに僕の2歳の息子は、踏切の音が好きらしい。「カンカンして!」とよく頼まれるが、僕が腕を伸ばして「カンカンカンカン!」と言いながら踏切を作ってあげると、これ以上ないほど満面の笑みを浮かべる。
波長が合う音、といっても良いかもしれない。
修善寺の宿の女将さんは、ハーレーの音と波長が合う人だったのだろう。
***
トップ画像は、伊豆・修善寺にて撮影(2012年5月)
戸田漁港
土肥港から相棒と共にフェリーへ
フェリーのデッキから西伊豆の街を望む
1時間ほどで清水港に到着
焼津市の海水浴場近くで相棒を撮る
修善寺 ~ 戸田(へだ)港 ~ 土肥(とい)港 ~ 駿河湾フェリーで清水港 ~ 御前崎灯台まで走った旅だった。
当時の相棒:ハーレーダビッドソン スポーツスター XLH883H ハガー
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?