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ギリシャ人の特性

ロンドンのヒースロー空港で飛行機の搭乗を待っていた時、たまたま近くに座っていた日本人の気さくなおじさんにこう言われた。

「ギリシャ人は気性が荒いから気いつけぇや」

僕がこれから飛行機でギリシャに行くと知って、そんな忠告をしてくれたのだった。

そのおじさんは奥さんと一緒にヨーロッパ各地を旅行していて、これから日本に帰るところだった。ギリシャを訪れた時、おじさんなりにそう感じたのだろう。

僕は、ヨーロッパの国々を旅したなかで最後に訪れたのがギリシャだった。

アテネ国際空港からバスに乗り、市内に入ってきた時はもう夜だった。

中心街に入っていくにつれて何だか急に騒がしくなった。その騒がしさの一番の原因になっていたのは、車のクラクションだ。やたらと聞こえてくる。

(みんなイライラしすぎだろう...)

バスの窓から外を眺めていると、埃をかぶった汚い車が多い。建物はどれも白一色。統一感があるように見えるが、決して綺麗で優雅とは言い難い。

美しい水の都ストックホルムでもなく、美しきモルダウ川が流れるプラハでもなく、洗練された花の都パリとも違う。

どこかオリエンタルな雰囲気が漂っている。

11月初旬にも関わらず、夜の熱気と騒がしさを感じた。バスの中から見たに過ぎないアテネの街の雰囲気は、どこか物騒な印象があった。

アテネの街に降り立ったその晩、僕は狭い裏通りにあったタベルナ(ギリシャに数多くある大衆食堂)に入った。

客は他に誰もいなかった。店内では、二人の男が椅子に座って向き合いながら話し込んでいた。一人は店主、一人は常連客だろう。僕が注文をする時を除けば、彼らはずっと喋り続けていた。ギリシャ語は全く分からなかったが、歌を歌っているかのようにリズムカルでテンポも速く聞こえた。

次第に彼らの声はどんどん大きくなり、身振り手振りが激しくなっていった。ついに意見に食い違いがあったのか、その血気じみた表情やしぐさから殴り合いに発展しかねないほど激しい討論が始まったのである。

(おいおい、この人たち大丈夫か...)

僕はケバブを食べながら居たたまれなくなり、彼らの近くの天井に吊り付けられたテレビに目を向けた。

そこでも、二人の男が画面を真っ二つに分けて中継上で何やら話をしている。おそらくこの国の政治家だろう。

画面の二人を見ながら、僕は嫌な予感がしてきた。最初は交互に話をしていたテレビ画面上の二人の男が、次第に熱くなり始めた。やがて相手の意見を全く聞かなくなり、会話にならないほどにヒートアップしてしまった。

食堂でもテレビの中でも、僕の目に映る全ての男が同時並行で熱く喋っている。

食堂の席に座ってその光景を目にした僕は、一人で苦笑していた。

ギリシャ人ほど、話好きな国民はいないかもしれない。特に、僕はギリシャ人の”男たち”にそんな印象を持った。夜だけではなかった。朝も昼も、この街を歩きながらそう思った。

観光客が多いプラカ地区などより、埃っぽい裏通りの薄汚ない建物の小さなタベルナこそ、地元の男たちが何人も集まっている。そこで毎日彼らは何らかの話をしているのだ。そんな光景をよく目にした。

タベルナは、地元の人たちにとって単なる”食堂”という機能だけでなく、もはや生活の一部のような場所に違いない。僕には、男同士が”熱く語り合う場所”のように感じた。

このギリシャの歴史を遡れば、紀元前8世紀の頃からこの国にはすでに大小さまざまなポリス(都市国家)が存在し、アテネはその中心地だった。

その頃から選挙制度も確立され、アゴラと呼ばれる公共の広場では市民同士による政治経済の意見交換の場として開かれていた。劇場や競技場まであった。

そうした古代ギリシャ文明が起こり、紀元前4世紀頃のアテネにはソクラテス、プラトン、アリストテレスなどの偉大な哲学者を生んだ。

このソクラテスも相当な話好きだったという。人が集まる場所にしばしば顔を出しては友人や弟子たちと対話をして、相手が自分の持っている考えを見直さざるを得ないような質問を繰り出したらしい。

時として質問された側は、余計なお世話だと言わんばかりにソクラテスに向かって熱く弁を振るっただろう。

そう考えると、彼らの話好きやお喋り好きという国民の性質は、まさに彼らの先祖から引き継がれているものかもしれない。

この記事を書きながら、このギリシャ人のことが気になって初めてページをめくってみた本がある。

「人間ものがたり(ジェイムズC.デイヴィス著 /NHK出版)」という国語辞書のように分厚い本だ。昔、妻が買った本で、家の本棚に並んでいたことだけは知っていた。

石器時代から現代にいたる人類の歴史のことが書き綴られているので、今日や明日までに一気に読めるような本ではない。

ちょうど、ギリシャのスパルタとアテネという2大都市について解説している章があった。そこに書かれている一文を読んで、思わずクスっと笑ってしまった。

ヨーロッパ下腹部に広がる3つの半島。イベリア半島(現在のスペインとポルトガル)、ブーツの形をしたイタリア半島、そして最も東にあり岩だらけの山に囲まれたバルカン半島の先端にギリシャがある。
このバルカン半島には、”けんかっ早い”民族がいくつか住んでいる。

ヒースロー空港で言っていたあのおじさんの忠告も、あながち間違っていなかったわけだ。

(写真は2006年撮影。ムーセイオンの丘から望むアクロポリスの丘)


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