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豆話/海の館

 沈む、沈む。

 薄暗い空間はまるで海の底。流れる水の音が静かに響く。漂う風は海風で。潮の香りがほんの少しだけする。

 ガラス越しの視線。決して合わない瞳と瞳。こちらを見ているのか、どこを見ているのかわからない。ひたすらに泳ぎ続ける魚たち。ひしめきあう色とりどりの鱗。ここで生まれたのか、大海からやってきたのか。決してぶつからない泳ぎが、都会の人並みのようで。ここは海の街。
 
 大きさも形もさまざまな水の入れ物。魚たちの住処。ここで過ごし、いずれここで一生を終える。それまではたくさんの隣人と同じ水槽で暮らす。お互いの邪魔をしないようにひっそりと泳ぎ、食べ、眠る。
 
 魚たちに魅せられた人間は、私は何も考えず知らずため息をもらす。美しい、綺麗、感嘆符。

 水が流れるように導線に従い魚たちを眺める。何も知らなくても海を感じられる空間。海を切り取り、切ったそのままがそこにある。
 
 海の底に行きたい。今はまだ無理なのだろう。だから想像だけする。海の街、海の底の家。窓から見える海の底。穏やかな暗闇に、時折挨拶に来る深海魚。アンコウのランプが星のように輝いて。発光する魚たち。水泡が気ままに流れ行く。リュウグウノツカイが訪れるここは竜宮城。深海魚たちから見たら、私は水槽に閉じこもった人間なのだろうか。

 魚にとって私はどう見えているのか。魚にとって人はどんな存在なのだろうか。いつか来る海の底の街。魚たちは私を隣人の一匹として迎えてくれるだろうか。


 水族館に行ったことを思い出しながら。

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