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【短編】取調室にて

【0】
「あ、先輩。お疲れ様です」

「おう、お疲れ。しかし、今日も暑いな……」

俺は出勤簿の北村 透(きたむら とおる)と書かれた横に印鑑を押すと、すでに業務をこなしている後輩の挨拶に応えた。

ふと、窓の外を見る。照りつける太陽が鬱陶しいほどに眩しい。

どうやら今日の最高気温は36℃を越えるようで、夏ド真ん中とはいえ正気を保っているのが難しい。

「この暑さで満員電車におしくらまんじゅうされながら出勤。俺たちって何なんだろうな」

何の気なしに、そんな愚痴が漏れてしまう。

「ははっ、確かに辛いですよね。それに服装もスーツですから、余計窮屈に感じます」

「そうそう。スーツに張り付いた汗が気持ち悪いのなんの。署内はクーラーが効いてるとはいえ、いい加減『お堅い仕事=スーツ』みたいな価値観ってどうなんだ?」

なかなか仕事モードへ切り替えられず、他愛のない会話を続けようとラリーを返した。前々から思っていたけどスーツは通気性が悪いし、とにかく動きにくい。

それに検察官という仕事柄、相手が逆上して襲ってきたときを想定すると動きやすい服装の方が推奨されるべきだ。

決して、自分の考えを正当化したいわけじゃない。うん。

「北村。着いて早々悪いが、ちょっと来てくれ」

期待していたラリーは続かず、疑問は場外へ飛ばされてしまった。まぁ、どうせ勤務時の服装が自由になることはないわけだが……。

俺は声の主である上司、大神 忍(おおかみ しのぶ)の方を向いて一礼をする。

「ははっ、落ち着く暇もないですね」

俺は後輩にため息で返すと、しぶしぶ大神の席へと移動した。

「お疲れ様です。どうしたんですか?」

この人が振ってくる仕事は難題というか、はっきり言って面倒なものが多い。俺は少し憂鬱になりながら尋ねた。

「単刀直入だが、殺人事件で現行犯逮捕者が出た。現在、取調室に連行されている。こちらの対応をしてほしい」

そう言うと、一方的にこちらへ数枚の紙を渡してくる。

どうやら調査報告書らしく、時間の関係で急ピッチではあるが、犯人の素性などをまとめてあると説明された。

「悪いが移動しながら読んでくれ。話は以上だ」

あまりにも説明がないので色々と聞きたいところだが、彼はかなり忙しそうに見えた。憶測だが、この件が絡んでいるのだろう。

そもそも上司からの命令に拒否権なんてない。

「承知しました」

俺は厄日だと腹を括り、その場を後にした。

廊下を早歩きで進みながら、調査報告書をめくっていく。しかし、その足はすぐ立ち止まることになった。

「容疑……大量殺人!?」

俺は思わず壁に身を預け、食い入るように読み進めていく。

犯人、斎藤堅固(さいとう けんご)18歳。近所にある川志部高校の3年生で、部活は野球部だったらしいが7月ごろに引退。部内でも特に問題は起こしておらず、人間関係も良好。

なのに彼は自分の両親とクラスメイトを4人も殺している。

両親に関しては家宅捜査の際、リビングで遺体が発見された。死亡時刻は現在調査中と記載されているが、通報もせず放置している時点で彼の犯行と見るべきだろう。貼られた写真を確認する限り、外傷は首元の刺し傷だけのようだ。

4人のクラスメイトに関しては今朝、凶器である包丁で殺害している。

現場は校門付近ということで、目撃者も多数いたようだ。時間も午前七時と登校時間を狙っているように思える。

証言によると、他生徒や通行人を無視して同じクラスの女子生徒である羽田 凛(はねだ りん)と森山 楓(もりやま かえで)2名、男子生徒である三沢 雄二(みさわ ゆうじ)と坂本 龍太(さかもと りゅうた)2名を殺害。

これが大雑把だが事件の内容だ。この少ない情報からでも異常性の高いことが理解できる。

俺は意を決すると取調室へ急いだ。どうやら厄日なんて表現は生ぬるかったらしい。

【2】
取調室の前には2名の警察官が立っていた。その表情は強張っており、いつでも行動に移せるよう警戒しているのが分かった。

「お疲れ様です」

俺は小走りで近付くと、手短に挨拶を済ませた。

「お疲れ様です。あなたが斎藤堅固を担当する検察官ですか?」

頷いて肯定する。

すると彼らは、少しズレて扉の前を開けてくれた。

扉をノックしてドアノブに触れる。手汗のせいで強く握らないと滑りそうだ。己を鼓舞する意味も込めて、俺は力いっぱいに回す。

「失礼します」

入室すると、一人の青年を複数の警察官が囲んでいた。どうやら、彼が斎藤堅固らしい。

第一印象だが、言葉を選ばないなら『平凡な青年』だと思った。

黒の短髪、耳を確認するがピアスなども付けていない。野球をやっていたからか筋肉質な身体をしているが、むさ苦しさを感じない。部類としては細マッチョとかだろう。顔も整ってはいるがアイドル系ではなく、とにかく特質すべき点がないように見える。

だからこそ、彼の腰に繋がれた縄が異様に映って仕方がない。

「お疲れ様です。取り調べを担当する北村透と申します。ここからは私と彼で話をさせてください」

自分の到着を確認すると、室内にいた警察官たちは会釈しながら扉の外へと移動していった。すれ違いざま、小さな声で『扉の外で待機しております』と伝えてくる。

扉の閉まる音と同時に、部屋を静寂が支配した。この暑さもあり、空気がどんよりと重みを帯びてる気がする。嫌な感じだ。

俺は対面のパイプ椅子へ腰を下ろすと、ため息をつきながら問いかけた。

「改めて、君の取り調べを担当することになった北村透だ。早速だけど、ご両親とクラスメイトを殺したのは君で間違いないか?」

かなり不躾な物言いになってしまった。たとえ殺人犯だとしても、これは仕事だ。私情を持ち込むべきではない。それはともかく、事件の再確認として当たり前の質問をしたが、現行犯なので肯定か沈黙しか出来ない。

しかし、そんな思いとは裏腹に返ってきた答えは信じられないものだった。

「殺してません」

彼はしっかり聞き取れる声でそう言った。

大人でも捕まれば多少は委縮するのに、その声は震えることなく鼓膜に届いてきた。その態度を見てもう一度、俺は調査報告書に目を通す。目撃者多数に現行犯逮捕……彼が犯人で間違いないはずだ。

まさか、これだけの人数を殺してしらばっくれるつもりか?

「あのなぁ、こちらは君の行ったことを知っている。当たり前だが、情報は共有しているから、現場にいなかった私でも把握している。その上でもう一度聞く」

俺は先ほどよりも声を低めて問いただす。

「ご両親とクラスメイトを殺したのは、君だろ?」

「いえ、殺しておりません」

それに反し、彼の声も回答も変わることはなかった。

仏の顔も三度までと言うが、こちらはそんな寛大ではない。ヒーロー漫画の主人公とまでは言わないが、曲がりなりにも検察官であり、他の人より正義感は持ち合わせてるつもりだ。

いや、今回ばかりは誰でも嫌悪感を覚えるだろう。犯罪を比べるのはおかしな話だが、万引きをしたのとは訳が違う。

「お前がクラスメイトを包丁で刺したところは多くの人間が目撃してる。ご両親についても、直に証拠が出てくるはずだ。素直に認めた方が罪は軽くなると思うがね」

日本では3人以上を殺害した場合、処罰が死刑になる可能性は極めて高くなる。あくまで可能性であり、明確な基準があるわけではない。

無責任なことを言ってるとは思うが、世間はそんなに甘くない。彼の死刑は免れないだろう。

「……」

今度は否定も肯定もせず、ただただこちらを見つめている。黙秘権が行使できる立場だと思っているのか?

「それとも何か? 彼らは生きているとでも言うのかい? 刺しはしたけど死んでないから殺してないとでも? 残念ながらクラスメイト4名に関しては『即死』と報告されている」

遺体には共通して外傷が3つ確認された。いずれも連続で頸動脈から脳へ向けて突き上げた刺傷であり、無闇に傷つける残虐性は感じられず『確実に殺すこと』が目的のように思える。

『殺す気はなかった』なんて、口が裂けても言える状況ではないはずだ。

「そして、ご両親についてだが……この件に関しても我々は君を疑っている。理由として殺害方法が同じであること、それ以上に通報もせず遺体を放置していたことだ」

昨晩、彼が家に帰っておらず、その間に殺害されたのであれば話は別だが、アリバイなどは調査が進むにつれ明らかになっていくだろう。

今はとにかく、犯行を認めさせたうえで動機を白状させる。

「よかったです」

ようやく口を開いた彼は、信じられない言葉を放った。

よかった? コイツ、いま『よかった』って言ったのか? 

脳が理解できず、反射的に『は……?』と間抜けな声が漏れ出てしまう。

「漫画で得た知識だったので不安でしたが、顎を掴み上へ持ち上げて頸動脈あたりを突き上げるように刺すと即死するらしいんです。そうですか、彼らは苦しまなかったんですね。本当によかった」

彼は、まるで合格発表で自分の受験番号を見つけたときのような、人生の難所を乗り越えたかのような、本当に心の底から安堵している様子でそう言った。

「お前……自分が何をいってるのか理解してるのか!? 即死してよかった!? ふざけるな! それに、さっきまで殺人を否認してたじゃないか! なのに具体的な殺害方法を説明したり……矛盾してる!」 

俺は思わず、机を叩いて怒声を浴びせた。『ドンッ!』と鈍い音が部屋に響き渡るも、彼は臆することなくこちらを見ている。

「矛盾というのがよく分かりませんが、僕は殺してませんよ?」

思い知らされることになる。

世界に散らばった歯車は形が均一ではなく、綺麗だったり歪だったりする。当然、噛み合わない個体同士が見つかるだろう。

でも、それでも回り続けることを。擦り減らし、削り合い、たとえ巻き込まれた方がどれだけ傷つこうとも、無理やりに。

「大切な人たちだったからこそ、救ってあげたんです」

「救ってあげた……?」

俺はオウムのように言われたことをそのまま復唱していた。それと同時に斎藤堅固は会話の通じる相手ではないと理解する。演技なのか、それとも病的な要因なのか。

机上の調査報告書を再び手に取ってめくる。過去に補導歴や問題を起こして通報されたなどの記載はない。

今まで隠して生きてきたのか、それとも……

「はい。僕は両親のことを尊敬していますし、家族という意味で愛しています。それに羽田凛さんのことは女性として好きでした。楓と雄二、龍太は世間一般で言うところの幼馴染ですね。小さい頃はよく遊んでいたのですが、中学に上がると同時に疎遠になってしまいまして。だから高校で出会ったときは運命を感じました。腐れ縁ってやつは切れても再生するんですね」

頭を抱えていると、彼は自ら被害者との関係性を語り始めた。まるで話に出てくる彼らがまだ生きているかのように、悪びれもなく、悲壮感もなく、ただ本当に説明しているだけに聞こえて気持ちが悪かった。

鵜呑みにするのであれば、彼は両親を愛していたし、クラスメイトとも不仲ではない、ということになる。

その上で殺害した。まるでウミガメのスープを解いてるかのようだ。

「だから救ってあげたんです。両親のことも、羽田凛さんのことも、森山楓のことも、三沢雄二も、坂本龍太のことも。だって大切に想っていたから」

「さっきから引っかかることがある。その『救ってあげた』って言葉だ。お前が殺人を否認してる理由ってのは、世間一般の『殺人』を『救済』とでも思っているってことか?」

「はい」

彼は悩む素振りも見せずに即答する。

その姿に絶句してしまったが、大神がなぜ自分を担当にしたか少し分かった気がした。署内である程度の経験があって比較的若い人間、つまりインターネットに触れてる必要があったのだ。

確かに、SNSは軽くだが嗜んでいるし、定期的にそういった思想の投稿を見ることはある。もちろん、自分は肯定派ではない。

そんな理由でこいつは……そう思うと、余計に怒りが込み上げてくる。

「お前がどんな考え方を持っていようと知ったことじゃないが、他者に被害を及ぼすことは許されない。この行為は間違いなく『殺人』であり、償うべきことだ。第一、死んでいった彼らは救われたなんて思ってないし、生きていたいと思ってたんじゃないか?」

湧き上がる感情を噛み殺しながら、諭すように続ける。理解してもらおうじゃない。犯した罪の重さを理解させないといけない。

「死んでしまったら『無』なんだよ。何も感じないってことすら感じることができない。生きていれば辛いことだってある。それでも死んで終わりにするっていうのは、救いなんかじゃ……」

「ちょっと待ってください」

途中で、黙っていた彼が話の腰を折るように割り込んできた。

まぁ、どれだけ言っても否定はしてくると思っていたので、さほど驚きはしない。

「申し訳ございませんが、根本的に間違っていることがあります。確かに僕は『死は救い』であると思っています。そこに誤りはありません。ですが、『生きてるからこそ人は苦しみを感じる。だから解放できる死は救いである』とか、そういった抽象的なことを指しているわけではありません」

前言撤回。驚き、狼狽し、闇雲ではなく、荒唐無稽というわけでもなく、やはり歯車が嚙み合っていないと理解させられる。

ただ、それは形が歪になっているとかではない。そもそも種類が違っていたのだ。同じ世界に、時間軸に混ぜ込んではいけなかったのだ。

「この世界は仮想現実であり、現実の僕たちは実験体として収容されているんです」

【3】
「申し訳ありません。一から説明すべきでした。まず、皆さんが現実だと思い込んでるこの世界ですが、ここは仮想現実です。向こうの世界、つまり現実で創られた世界になります。

V205年……あ、向こうの和暦で、Vは年号です。人類は大脳の電子化に成功していて、肉体的な死を克服しました。ゆえに寿命という決められた死に囚われることがなくなったので、年号も固定されています。

あらゆるものが生み出されましたが、特に需要があったのは娯楽ですね。肉体という枷が存在しない、令和的な表現としては『リアルメタバース』といったところでしょうか。リアリティーを求めるもよし、ファンタジーを求めるもよし。手に余るほどの可能性で満ちていました。

しかし……いや、やはりと言うべきなのか、その圧倒的な自由に一部の人類は不満を持ち始めました。ゲームで縛りプレイをする人っているでしょう? それに近い感覚です。不自由の中から自由を見つけてこそ、悦を感じられると考えたのです。

話を戻します。先ほど、この世界が仮想現実だと言いましたが、ここは『過去の文献から不自由だった頃の日本を再現した世界のベータ版』なんです。向こうでの記憶を抹消し、肉体や寿命といった枷を再現した人生ゲームの開発途中データで、僕を含めて数億人ほどはテストプレイヤーってことになります。

もちろん、いま言った情報は消されたうえで転送されます。しかし、何の因果か、僕はその記憶を思い出してしまったのです。ほぼハッキングに近い行為で僕らの大脳データは実験用のサーバーに移植されたんです。現代風に言うと拉致ですね。

大脳データの解放条件は1つのみ、この世界での『死』です。この世界で死ねば、向こうの世界で目を覚ますことができます。僕も気付いてすぐ自殺しようと思いましたが、なにぶん思い出したのがここ最近で。こっちの世界にも繋がりができていました。

躍起になって開発する理由も分かりましたね。僕は、繋がりのある彼らを救いたいと思ってしまったのです。向こうにいた頃はドライというか、感情なんてものは電波で操作された反応ぐらいに思っていましたが、これほどまで温かいものとは……。

だからこそ救いたいと強く思いました。彼らも僕と同じく拉致されたに違いありません。しかし、記憶を思い出そうが、被験者のリストなどは元々知らず、彼らが実験体なのかNPCなどの創作物なのか判別できなかった。でも、仮に前者なら救済が成功し、後者でも作り物なのだからどうでもいい。だからナイフで刺したんです」

顔色一つ変えず、つらつらと説明する彼は心なしか満足そうに見えた。

もちろん、聞かされてるこっちとしては地獄そのものである。

何だって? ここが仮想現実で、本当の現実は他にあるって?

その場しのぎの設定にしては、途中で悩まずスラスラ出てきたもんだ。きっと、ずいぶん前から自分の中で構想を練っていたのだろう。

俺はわざと聞こえるよう大きなため息を吐いた。

「あー……そうだね。うん。こんな感想は不謹慎だと思うけど、面白いと思うよ。健全に生きて、それこそ小説にでも書いてくれてたらね。でもさ、お前のしたことは紛れもない『殺人』なんだよ。そんな理由でさ、やっていいことじゃないんだ」

「ですから、これは殺人ではありません。今ごろ、彼らは向こうの世界で目を覚ましていますから」

「だから! お前の『妄想』で犯していいレベルを超えてるって言ってるんだよ!」

その飄々とした態度に腹が立ち、俺は首元を思いっきりつかんだ。歪んだTシャツはまるで彼の心を表してるようで、余計に苛立ちが募る。

「妄想だって証拠はあるんですか?」

「あ?」

「あなた方が僕を犯人だって言ってるのは、証拠があるからでしょ? 凶器の指紋とか、目撃証言とか、証拠があるからですよね? なのに僕の説明は頭ごなしに否定するんですか?」

「そうか。じゃあ、お前がまず証拠を出してみろ。ここが仮想現実だって証拠を!」

「残念ながら、こちらの世界には向こうの技術は持ち込むことが出来ません。知識を披露しようにも、パフォーマンスに差がありすぎてこちらで実現できるものがありません。あなたも調べれば、出来栄えは無視するとしてガラス細工や土器などを作れるでしょ? でも、そのためには設備が必要です。この世界には、再現できる設備が存在しません」

「長々と喋るだけ喋って、けっきょく証拠も何もないんじゃないか!」

「はい。平行線ですね」

平行線だと? あたかも対等に話してる気でいるのか?

明らかにお前が異常で、俺が正常だ。

しかし、どれだけ言ってもコイツは自分の罪を認めないだろう。前に何かで見たことがあるが、この手の人間には否定ではなく肯定したうえで誘導する必要があるらしい。

仕方なく、俺はアプローチの仕方を変えた。

「お前がどれだけ殺人を否定しようが、ここまで物的証拠が揃ってる以上、間違いなく有罪だ。だからこそ、その倫理観に問いかけてる。殺された遺族の方々は、お前の話を聞いてどう思う? どう気持ちに折り合いをつければいいんだ?」

自分の子どもが殺されただけでも許せないだろう。その上、この世界は仮想現実で、こちらで死ねば向こうで目覚めることができるなんて言われたら、どうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。

情に訴えつつ、言い逃れ出来ないよう先ほどの発言と結び付ける。

「お前もさっき言ってたじゃないか? 感情ってものが温かく、繋がりが大切だからこそ行為に至ったと。その繋がりは被害者の彼らと、遺族の方にもあるものなんだ。どんな理由であれ、お前はそれを断ち切った。良くないことだよな?」

そうだ。彼は殺人犯である以前に、まだ子どもだ。

世間的には成人と言われる年齢かもしれないが、まだ学校という閉鎖的な空間でしか社会を知らない。

刑を免れることは難しくても、それでも間違いは正すべきだ。

「お前の話を鵜呑みにするなら、この世界の人間は向こうの記憶を消されているんだろ? つまり、遺族の方はお前の話を聞いても状況が理解できず、理不尽に家族を殺されたと思うはずだ」

「それは……」

できるだけ歩み寄る口調で説得を続ける。心なしか彼の表情にも変化が見えた気がした。

「どうか……この世界での基準で、罪を認めて償ってほしい」

まるで和解のように、彼の世界を認めるから、こちらの言い分も理解してくれと願い出るよう、俺は頭を下げる。

問い詰めれば綻びが見つかるかもしれない。矛盾点を突き付け、黙らせることだって可能だろう。

でも、そんなことをしたところで、彼は心から罪を認めないはずだ。

ただ否定されたと不貞腐れ、裁判場で思いもよらないことを口走るかもしれない。すでに傷付いてる遺族の心を更に切り刻み、踏みにじるかもしれない。

「でも……」

だったら、ここでカタをつけるべきだ。たとえそれがファンタジーを肯定することになっても。

あと一歩で、きっと……

彼は俯いていた顔を上げる。

まるで能のような表情で、軽蔑の目を向けながら。

「嘘ってよくないですよね?」

【4】
私は席に座ると、項垂れるように頭を抱えた。

ここ数日、署長から叱責される毎日を過ごしており、精神は完全に疲弊しきっている。

加えて、連日の残業だ。勘弁してほしい。

「大神さん。お疲れ様です」

「ああ……ありがとう」

気が滅入っていると、部下が気を遣ってコーヒーを差し出してくれた。しっかりしなければと自分を鼓舞する。

「今日、ですよね……先輩の取り調べを行うの」

そうか、こいつは北村と仲が良かったな。気の毒だが、こればかりはどうしようもない。

「いまだに信じられません。まさか先輩が……」

「私も信じられないよ。だからこそ聞きに行くんだ」

意を決してスーツを正すと、調査報告書を手に取って廊下に出た。

『取調室』と書かれたドアの前で深呼吸をする。変に緊張しているのか、心臓が先ほどからうるさいほど跳ねていた。

「大丈夫ですか?」

そんな様子に心配したのか、待機していた警察官に声をかけられる。いや、もしかすると上司と元部下の関係性を加味した上で言われたのかもしれない。

「あぁ、問題ない」

私は少し声を淀ませながら返事をした。

彼と会うのは数日ぶりだ。

ノックしてドアノブに手をかけるも、手汗でうまく力が入らない。あの日、彼もそうだったのだろうか? と思いながら力任せに捻る。

「失礼する」

目の前には北村透が座っていた。

腰に巻かれた縄を見て、彼は本当に罪を犯してしまったのだと改めて認識させられた。

その様子は仕事を任せた数日前とは打って変わり、目の下は隈にまみれ独り言をずっと呟いている。

私は対面に座ると、単刀直入に聞いた。

「なぜ、斎藤堅固を殺した?」

あの日、北村透は斎藤堅固を殺した。

死因は首絞めによる窒息死。被害者の首元には手形の痕がはっきり残っており、容疑者である北村透は、殺害後に取調室から出たところを拘束されている。

懸命な治療も空しく、被害者は帰らぬ人となった。

いったい何を話したのか……なぜ、こんな行動に移ったのか……

私には、彼から聞く義務がある。

「大神さん、なに言ってるんですか?」

何処からか『ギギギ……』と、まるで錆びた歯車が回るような音がした。

周りを見渡すも、そんな音が鳴るようなものは見当たらない。

不思議と嫌な予感がして冷汗が背中を伝った。


「俺は殺してませんよ」


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