見出し画像

家に住めない人との旅 6

前回はロードトリップの慌ただしい初日について読んで頂きました。
みっちりと計画を立てない気ままな旅は聞こえはいいですが、それは幸運続きだった時には楽しくも、不運が続く場合もあります。その時に臨機応変に、立ち回れるでしょうか。。


最悪とも言える夜は、長く長く続きました。彼はまだキレ続けています。暗闇の中テントを張り猫をケージから出しました。そして彼が車へ荷物を取りに行く際テントを開けた瞬間、猫のルビーが素早く脱走してしまいました。

もうこれ以上悪い事はありません。ルビーは外に出してもあまり遠くには行かないコですが、ここはハイウェイの真隣です。隠れているためスマホのライトも使えず、もう泣き出したい思いでいると、5分程して自分でこの見知らぬテントへ帰って来てくれました。でもやはり私は泣き出したかったです。。

時刻は11時半頃だったでしょうか。旅の出だしの夜は予想外なスポットで凌ぎを試みます。言葉もなくそれぞれの寝袋に入りますが、まもなく彼の咳と喘ぎが始まりました。夜、横になると咳が出て呼吸が苦しくなると聞いてはいました。ストローで息を吸っているようだと言い、本当に苦しそうです。見ていられない私は何度も救急車を呼ぼうと言いましたが、断固として拒絶します。病院へ行けばまた元の透析の日々に戻ってしまうからでした。

今夜中に死ぬのではないかとも思いました。しかしまたそんな場面も今までに何回か見て来ました。彼の家族は彼が一人でいる時に非常事態があってもすぐに飛んで行けるように、彼の居所を常にGPSで確認しています。今夜彼がここで死んだら私は事後処理をすることになります。。

✴︎

二コーラは去年の夏、3州に渡る580キロの距離のハイキングトレイルを2カ月かけて歩いている途中、あとほんの一歩というところで心臓発作を起こし病院へ担ぎ込まれました。この病気以外には彼は平均をはるかに上回る体力の持ち主で、若い頃はボディビルディングやマラソンで鍛え、水泳はプロ並みに泳げ、身体中脂肪は全くなく、ライト級の超人ハルクか、ジェイソン・ボーンのようです。背中には60パウンド(約27キロ)のバックパックを背負いながら、山を歩き続ける事が出来る人です。

一命は取り止めたものの、腎臓の機能はその時点で6%まで下がり、そこから人口透析の日々が始まりました。

透析は肉体的にも精神的にも苦しいもので、先進国では増え続けていて、今アメリカでは毎日340人の患者が新たにリストに加わると言われています。透析患者をご家族や身近な人にお持ちの方はご存知かと思いますが、彼は これを ’dehumanizing’ (人間を人間でなくすもの)だと言います。

彼の場合、週3回透析センターへ行き、4-5時間椅子に座り、腎臓の機能が低下していて不要物を濾過しきれないので、体内の血液を機械が入れ替えます。体中を機械に引っ掻き回されている感じだそうです。首にはチューブが埋め込まれていて、そこをポートに血液が行き来します。このチューブは常に胸からぶらさがっていて、日々シャワーを浴びるのも一苦労です。少しでも雑菌が入ったらインフェクションを起こしてあっという間に死ぬそうです。また透析の後は、悪い日はその後吐き続けたり、ずっと具合が悪く寝ていることが多く、下手をすれば次に行く日までそれが続き、また同じ事の繰り返しです。何度「死んだ方がましだ」と聞いたでしょうか。本当にどのように辛く苦しいものかは目の当たりにしてもわからないと思います、当人以外には。

そして半年後にとうとう医療チームの猛反対を押し切って、透析をやめてしまったのです。医療的には透析を止めると2週間程で死に至るとされています。

✴︎

このように重病なのは家族の中では彼だけで、それもあってか親から兄弟からみんな全面的に援助を惜しみません。私は外国で人っ子ひとりの時外科手術で入院した経験があるので、これは羨ましいです。また彼は今ではれっきとした障害者であり、仕事にも就けません。にもかかわらず障害者保険がおりたのは申請後実に5カ月後で、それまでは家族や私がヘルプをしていました。

彼は先月44歳の誕生日を迎えました。そのお祝いも兼ねた旅でした。普通なら44歳の誕生日なんて、

「もういいオヤジだよ〜」

などと笑い飛ばしておしまいという気がしますが、この人にとっては、

「44歳まで生きれた!!!」

と、本当に心から嬉しいことなのです。これが若い頃から常に死と背中合わせに生きてきた人間の心境なのだと思います。

✴︎

さて、呼吸が苦しいまま一晩なんとか耐えると、テントの真横を通勤らしき車が何台も通り過ぎ始めました。午前5時でまだ辺りは真っ暗です。どうやら警察には見つからず朝を迎える事ができました。もし見つかっていたら、事態は更に面倒な方へ向かったでしょう。まず呼吸が困難ということでコロナの疑いをかけられ、下手したらその場で隔離です。なんと釈明しようと検査の結果が出る迄は放してくれないでしょう。一緒にいた私も検査にかけられ、ネコ達は、、、。

呼吸が出来ない人を横に、私も殆ど寝る事は出来ないまま朝を迎えました。外は摂氏5度で、外で寝ているのです。暗闇の中厚手のジャケットを見つけることも出来ずに、着てきたコットンのシャツとコットンのジャケットにナイロンの寝袋だけで、凍えながらとても寝れたものではありません。

後からわかった事には、彼は自分だけ寝袋を2つ重ねて使っていたのです。そして私にはその日ウォールマートで15ドルで買った薄手のものだけを与えていました。私の方がずっと寒がりなのを知りながら。でもこれは寒がりとかいう問題ではないです。山の中でテントというナイロンの「壁」を隔てているだけですから。

これも事前に、
「あなたのミリタリー用の寝袋、持って来てね。」
と念を押しておきました。彼のソーラー発電の暖房の話は半分くらいに聞いていたので。すると、
「持っていくつもりだ。」
と言うのでとりあえず安心しましたが、自分が使うつもりだったのです。そして自分は、温かさのグレードが順にA、B、Cとあるとすると、AとBを自分で使い一番薄い C を私にあてがっていたのです。それも知らんふりして。こういう人なのです。
 翌日これについてチクっと言うと、無言でその晩からはAを私、Bを彼、Cを犬のレニーにあてがいました。彼はどっちみち車に戻り、暖房を入れて朝までいるのです。横になると呼吸が苦しいけれど座っている姿勢ではそれが減るらしいので。私はひとりテントの中で凍えながらろくに眠れず、夜が明けるのをひたすら待ちました。

そうは言っても彼はもっと深刻な問題に直面しています。このような扱いはもうずっとの事で、その度に「彼は病気なんだから、、」と自分に言い聞かせて来ました。


(つづく)


もしもサポートを戴いた際は、4匹のネコのゴハンやネコ砂などに使わせて頂きます。 心から、ありがとうございます