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2021年読了本ベスト10

今年は全然本を読んでいないのでやらない(できない)かなと思ったのですが、振り返ってみたら思っていたよりは読めていたので。嬉しいことに、これは別枠で記録しておきたい!と思える本にも何冊か出会えたのでやっぱり2021年もやることにしました。

百年文庫はまた別途まとめるつもりなので入れずに10冊選ぼうかと思っていたのですが、例年より読了本の数が少なかったこともあり8位以下は審査基準に達しなかったため受賞者無しのピアノコンクールといった様相を呈してしまいかけたので、特に印象的だった作品を二篇。

10.牧師の黒いヴェール/ホーソーン(4月)

これは絶大なインパクトでした。
ストーリーはシンプルだけれど、発想と描写が卓越していて、実際にこういう司祭がいて、その司祭と身の回りに起きた様々なことを見てきたかのようでした。
恥ずかしながらホーソーンのことをこれまであまりよく知らず、大学受験で丸暗記した「『緋文字』の人」という認識しかなく緋文字のあらすじも知らず、という体たらくだったのだけれど、この人はどんな人生を送ったのかが気になって調べてしまいました。セイラムに生まれ、先祖はセイラム魔女裁判の判事を務めた影響で善悪や倫理に関する内容の作品が多いのだとか。
このヴェールが象徴している「罪」について過剰に執着しているような印象を受けたのだけど、生い立ちを考えると少し見えそうな気がします。
いまいち読み解きにくい「牧師が常に浮かべている悲しげな微笑」に関しても、ホーソーン自身の先祖の魔女裁判から引き継がれてきた罪への諦念みたいなニュアンスが分かると理解できそうな気がしました。他も読んでみたくなったので、まずは緋文字から挑戦したいです!

9.塀についたドア/H.G.ウェルズ(2月)

ホラーが基本的にあんまり好きではないのだけど、特に嫌い…というか苦手なジャンルがあって「現実に起こっていないとは言い切れない」ジャンル。
例えば、「貞子が現れて1995年の日本が大混乱に陥る」というストーリーであれば「そういう事実は現実にないのだから、完全に作り物」と言い切れるのだけれど、「貞子が現れて世界が大混乱に陥る未来を幻視」とか、「貞子が現れて世界が一度は崩壊するも主人公の活躍によって事態は収束、みんなの記憶は書き変わっていて被害は阪神淡路大震災という架空の天災の出来事だと思いこまされている」とかは怖くてダメです。
でも苦手なのはそもそもホラーが苦手だからで、裏を返せばそういう話の作り自体はとても好きだからではないかとも思いました。
この作品は、そういうところのバランス感覚が凄く優れた名作だと思いました。本当に友人はドアを見ていたのか、それとも妄想なのか、開けてどこかへ行けたから死んだのか、行けずに死んだのか。
ありそうな話なのに読後なぜかいつまでも記憶に残っていたので、ここに選びました。


8.黒牢城/米澤穂信(9月)

荒木村重と、幽閉された黒田官兵衛。構成はアームチェアディティクティブものといったところだけれど、話が展開するにつれてそれに終始しなくなっていくところは流石の構成力です。
日本史が背景になる小説は基本得意ではないのだけどこれは本当に面白かった!今年はなかなかエンジンがかからずもたもたと読んだ本が多かったのだけれど、これは今年読んだ本の中で初めて一気読みできた作品でした。

7.ウサギ料理は殺しの味/ピエール・シニアック(10月)

米澤穂信先生ご推薦により読んだ一冊。
それなりにミステリを読んできてしまったので、ある程度は犯人やトリックの目星がついたり、つかずとも読み進めたときに意外性を感じなかったりすることを前提に楽しむ作品が近年とても増えてきたのだけれど、この作品は久しぶりに衝撃的でした。
どこか奇妙な登場人物たちも癖になる存在感。
面白かったのは、この作品の根幹に関して「荒唐無稽でつまらない」という人と「奇想天外で面白かった」という人がかなりはっきりと分かれていたこと。作り物を作り物として楽しむということについてちょっと考えさせられたりしました。

6.ブッデンブローク家の人々/T.マン(1月)

年初に大作を読みたい気持ちから読んだ一作。
クリスマスの描写が凄いから読め、と大学時代から言われていたのだけれどたしかに凄かった。読んだだけのわたしの思い出にまでなってしまいそうな気がするクリスマス。マンは長編を読まなきゃなあと思いつつ未読のまま来ていたので、とりあえずひとつは読了できてよかったです。
今作はマン自身の一族の栄枯盛衰をもとに描いた自伝的作品だそう。じわじわと滅び、生活力を失いつつ芸術へ傾倒してゆく様は、事実が元になっていると思うとよりリアリティが増すような気がします。
ハンノが辿る運命は、あるいはマンにとっての理想で救済だったのかもしれない、とも思いました。

5.ほんものの魔法使/ポール・ギャリコ(5月)

帯の通り、ご贔屓の朝美絢さまが主演公演をされることをきっかけに手に取った作品。一応公演の前に読んだもののどうしても舞台の印象と一体化してしまっている点は否めませんが、とても良い小説でした。ギャリコらしく、子どもでも読みやすい文章だけれど決して子ども向けにはとどまらない作品。ギャリコには簡素な文章と語り口だからこそ問いがきちんと鳴るようなところがありますが、その良さが十全に出た作品だと思いました。このシンプルなタイトルも読後には強く心に響きます。
こんなご時世だからこそ読めてよかったと思いましたし、辛いときにはアダムのことを思い出して「やるんだ、できるんだ」と唱えながら頑張っています。
本当に本とは関係なくなってしまい恐縮なのですがこの舞台はわたしのご贔屓三年ぶりの主演作かつ故郷神奈川で初めての凱旋公演という作品で、とにかくずっとキラキラの笑顔で公演されていたのが印象的でした。楽しそうなご贔屓の思い出も含めて大事な作品です。


4.ガザに地下鉄が走る日/岡真理(6月)

今回唯一の非小説。読めば引きずられてしまいそうで何年か読めずに来た書籍でしたが、今年意を決して。知らないという形での肯定を本書が出てから三年も続けてきてしまったことを後悔しました。個人的には全ての人に読んでほしいと思う書籍です。パレスチナ問題を他人事には思えないはずだし、思うべきでもないということを教えてくれます。事実を伝えたい、という思いは同じでも、やはり報道の文章と文学研究者が書く文章は別種のものだし伝わり方も違うなと岡真理先生の文章を読むたびに思います。
これを読んでからとにかく何かしなければという焦燥感に駆られ、とりあえず毎月UNHCRに募金をしています。

3.ガラスの動物園/T.ウィリアムズ(12月)

ベスト10の中で唯一の再読。
大学一年生の時に語学の授業で教材とした作品なのですが、当時はまったく良さがわからず誰も彼もなんなのだろう?と思っていました。
2019年に「欲望という名の電車」を読む機会に恵まれ、それが物凄く良かったのでこちらもいつか再読したいと思っていたのですが、ちょうどこの年末に舞台でかかるのを機に読むことができました。
「欲望という名の電車」よりもファンタジックで、リアルな人間から放たれるエネルギーの強さは薄れるけれど作品としての完成度はこちらのほうが高いような気がします。
どう見ても明るく展開しない「欲望という名の電車」に比べてこちらは希望を持たせる展開なところも結構好きです。クライマックスにかけての展開のドラマティックさに必要な高低差がこちらのほうが大きい気がして。

2.判断力批判(上)/カント(6月)

毎年「今年の目標」として据え続けて5年ほど経ちましたが、やっとこさ読むことができました。今年上演された大好きな演出家の舞台でカントに言及されるシーンがあり、やはりカントは読まなければな…とせっつかれたのも一因です。
判断力批判は実は過去に2回挫折していて、一度目は大学二年生の独文学を学び始めてすぐ、二度目は三年生の時に「判断力批判を読む」という美学概論の講義を取ったとき。3回目なので流石に謙虚になり、一行ずつ読解していくこととしました。時間はかかったけれど、曖昧なまま進んでいくうちに議論自体がわからなくなる、という挫折の仕方をせずに済んだのでよかったです。
判断力批判の内容自体は一度通して読んだからといってすぐに身になるようなものでもなく、これからも何度も折に触れ読み返して少しずつ細部を落とし込んでいきたいと思いましたが、主要な「美の目的なき合目的性」についてが理解できただけでもよかったです。カントは生真面目で理想論者だと思っていましたが、こういう議論を追っていくと結構人間愛のある人だったのだなということも感じられました。ルソーの時も似たようなことを思ったので、やっぱり一度読んでみるとみないとでは大分印象が変わるなと思います。

1.貝に続く場所にて/石沢麻依(11月)


正直年末まで「これぞ!」という一作が決まっておらず、それもあって今年のベスト10記事はやろうかやるまいか迷っていましたが、これに出会ったとき、すっと「今年はこれだ」と思えました。この一冊のおかげで今年もベスト10を書く気力が生じたようなものです。
他の小説家の名前を挙げるのが失礼だったら申し訳ないけれど、小川洋子とカズオ・イシグロが融合したような感じを受けました。このお二方の作品が好きな方はきっと好きだと思います。
うまく丸ごとを言語化はできないのですが、モチーフの使い方がとても良かったです。
色々な読み方があると思うけれど、わたしはシンプルに「記憶と忘却」の物語として読みました。
行方不明になっていた野宮と語り手の間には九年間の断絶があり、語り手の記憶もまた時間とともに風化しています。しかしその記憶は表面上ならされているだけで、些細なきっかけをもとに取り出すことができることを作中では地層から"記憶の遺品"を取り出すトリュフ犬という形で暗示的に描写しています。
「物と記憶の延長」というテーマは、個人的にずっと気になっていた問いでもあるのでそういう点でも受け入れやすく、色々と考えるところもありました。

西洋美術に関する描写が多いところがとっつきにくい、という感想も時折見かけましたが、個人的にはわからない部分をある程度読み飛ばしてもこの作品の魅力は損なわれないのではないかと思います。作者自身も100%の前知識を要求して書いているものではないように思えました。勿論こういった重層的な構造のひとつひとつ作品の完成度を高めていることは間違いないのですが。

個人的にはさまざまな点において物凄くよかったです、今年読んだ中では一番だし歴代の芥川賞の中でも秀逸で好き。芥川賞を必ず網羅するタイプではないので、出会えて良かったです。

以上、遅まきながら2021年の10冊でした。
今年は無理に長く/短く書こうとせずにつらつら書いてみましたが、同じ「良かった」という作品でも何が良かったかを語りたい作品なのか、単純に楽しかった!というベクトルなのかが自分の中で明確になったのでやってみて良かったです。
本当はカントや「貝に続く場所にて」なんかは自分のためにもう少し長い文章として考えたことをまとめておくべきなのかとも思いますが、いざ書こうとするとなかなかまとまった時間が取れず、立ち消えになってしまいがちなので…2022年はそういうものもちゃんと書いていけたら嬉しいです。

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