No.2 『決められた道を走りとおす』
前回に続いてパウロにつて話していきたいと思います。パウロが回心した後の10年の間にアンティオキアではキリストを信じるユダヤ人が増えていき初めてキリストを信じる者がクリスチャンと呼ばれるようになります。アンティオキアはローマ帝国時代にローマ、アレクサンドリアに次ぐ重要な都市であったと言われています。そこにクリスチャンの拠点ができていくことは重要な意味を持ち、エルサレムの使徒たちを非常に喜ばせます。そこでエルサレムからバルナバ(慰めの子)をアンティオキアへ遣わすことになりました。これが大きくパウロの生涯を変えていくことになります。
バルナバはアンティオキアでの活動にあたってタルソスへ赴き、パウロを呼び出します。こうしてパウロはアンティオキアで働きの場を与えられるのです。前回、パウロの沈黙の10年間について触れましたがパウロはここで砕かれて迷い、自分の弱さを思わされたと思います。しかし、神はそれに対して直接的な応答をしてパウロは自分の歩むべき道を知らされたのでしょう。パウロはその機会を待っていたのだと思います。バルナバがパウロの道を開き、パウロはここから一度も立ち止まらずに全力で走り続けることになります。
下の表はパウロの生涯に関してまとめた年表になります。年代については諸説あり、正確な年代は不明ですので参考としてください。
ここで少しバルナバについて触れたいと思います。この人はエルサレムの教会から派遣されるほど信頼が厚く、温厚な人だったように思えます。
自分を前に出すようなことをせずに周りを助けていくようなところがあります。バルナバがパウロのことをどうやって知り得たのかわかりませんが、エルサレムで飢饉が起こりアンティオキアから支援物資を届ける際もパウロを同行させています。恐らくペテロを含むエルサレムの主要人物へ面通しするという目的もあったのではないでしょうか。バルナバがパウロの身元保証人になっています。しかし、第1回伝道旅行では主導権をパウロに譲っていたようで使途言行録も「バルナバとパウロ」から「パウロとバルナバ」に表記に変わっている部分がでてきています。
パウロは第1回伝道旅行でそのバルナバとともに出かけるのですが、序盤のペルゲという町でヨハネなる人物がエルサレムに帰ってしまいます。(使途言行録13:13)この影響で第2回伝道旅行では再度、ヨハネを連れて行こうとするバルナバにパウロは反対して別行動をとることになってしまいました。ややこしいのですが、この人物はバルナバのいとこで「マルコと呼ばれるヨハネ」と紹介されており、私は伝道が嫌になって勝手に帰ってしまうヘタレなのかと思っていたのですが…どうもマルコの福音書の著者は「マルコと呼ばれるヨハネ」だと考えられているようで、このあたりの理解が実情と違っているのかもしれません。
【まとめ】
このようなところから当時、パウロがどのような心境だったのか考えてみました。まず、気になったのが年表です。年代には誤差があるでしょうから正確な時間は解らないまでも絶え間なく伝道旅行にでかけています。これは異常だと感じました。それぞれ伝道旅行の間は1年ほどしかなくその1年すらも報告や訪問した各所への配慮、次の伝道の準備などに使い、自分の家でゆっくりする時間など持たなかったのではないかと思ってしまいます。
もうひとつ気になるのがパウロの著書が手紙しか残っていないことです。新約聖書の外典をみてもパウロの名の付くものはありますがパウロ本人の著書のものではありません。(パウロ行伝、パウロの黙示録)これだけの知識と文才を持ちながら信仰書のひとつも書かなかったのは自分の時間を持たず、すべての時間を伝道に費やしていたとしか思えません。時間があるときは手紙を書き送って各地のクリスチャンの信仰を支えていたのでしょう。
それから一番、気になるのは聖霊によって導かれながら各地で散々な目にあっています。それでもパウロは何の疑問も持たずに進んでいきます。はっきり言ってしまうとパウロの伝道は異常です。ストイックという言葉がありますか意識して伝道に打ち込んでいるというのではなく、伝道以外に必要性を見出していないかのようです。
恐らく、マルコと呼ばれるヨハネが途中で帰ってしまったのはそういう部分についていけないと思ったのではないかと考えます。(※後にパウロはこのヨハネとも和解したようです)ある意味、この時はヨハネの判断の方が正常だったのかもしれません。
バルナバに対してもパウロは遠慮がなく、人にどう思われるかなどまったく気にしないようでした。
パウロは自身をランナーに例えています。
■使途言行録20:24
自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。
パウロにとっての生涯は「自分の決められた道を走りとおす」というただひとつのゴールをまっすぐ目指すことだったのではないか、神は幻の中でそれほど強くパウロに語り掛けたのではないかと思います。
その序盤では動労者から見てもパウロの命を顧みない行動、自身を顧みない行動は異常に見えていたのだろうと思います。パウロにとっては神が語った以上、その道の途上で自分が斃れることなどあり得ないことでした。しかし、そのような確信は人に理解されない、あるいは誤解される危険性があったため自分のユニークな体験を人に語れなかったのではないでしょうか。かわりにパウロの行動の結果は神ご自身が担保され実を結ぶにいたっていきます。
■使途言行録20:26~27
だから、特に今日はっきり言います。だれの血についても、わたしには責任がありません。わたしは、神の御計画をすべて、ひるむことなくあなたがたに伝えたからです。
こんな言葉を書き残すことができる人がパウロ以外にいるのだろうかと思ってしまいます。パウロのひとつひとつの言葉には神が定められた道をまっすぐ走りとおすという心情が込められているように感じます。
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