見出し画像

人々はなぜ藤原竜也に叫ばせようとするのか ドラマ『新しい王様』

藤原竜也が好きだ。
でも好きになったのは最近のこと。

我が家にはテレビもないし、映画を見に行くことも稀にしかないので藤原竜也の作品にふれることはほとんどなかった。

最初に見た映画も何だったか思い出せない。

しかし、思い出せることがある。

それは、藤原竜也が叫んでいた映画だった

それだけは鮮明に覚えているのである。

今回はドラマがアマプラに導入されていたのでしっかり楽しませていただいた。

投資やアプリ開発者、芸能界といった、普段接しない世界での話だったが、世界に没頭できたと思う。

導入から「何が起こるのか」予想することができず、展開を読めなかったことも楽しさの1つだった。

藤原竜也が作品中で叫ばせられることは、彼の演技力や表現力に対する一種の評価や期待、または役柄や物語の要素によるものだと思う。

俳優が特定の感情や状況を表現する際には、叫ぶことが強烈な感情を表現する手段の一つとして使われることがある。
そのため、役柄や物語が要求する感情やシーンがあると、藤原竜也などの実力派俳優に対して「叫ばせる」という演出が選ばれることがあるのだと思う。

今回の作品でも藤原竜也はよく叫び、よく煽った。

また、観客やファンからの期待や注目も影響しているのだろう。
特に特定の俳優が演技の幅広さや表現力に優れていると認識されている場合、彼らが異なる感情や状況を見事に表現することに対して期待が高まるとよく言われている。

その中で「叫ぶ」シーンは、感情の爆発やクライマックスを象徴的に表現する手段として効果的であるため、俳優に対する評価や期待が高まり、それが制作側によって意図的に活かされることがあると聞いた。

藤原竜也が叫んだとき、どう感じるだろうか。

彼は煽りの天才である。

人々は彼に興奮させられ、煽られ、別の世界に行きたいのだ。

彼が立て続けに早口で捲し立てる度、人々は彼のセリフを聞き逃すまいと熱中する。

彼の演技力は舞台でも鍛えられたものであり、感情が明確に表現される。

そう、皆、感情の爆発を見たいのだ。

彼、藤原竜也は感情を大きく表現することに長けている。
その大きなジェスチャー、表情、張り上げる声、全てに感情が乗る。

日常において、人々はあまり自分が叫ぶということに対面はしないと思う。
割りと静かに生きている人が多いだろう。

藤原竜也はそんな彼らの思いを強く、強く叫ぶ。
時に大きく、時に小気味よく。

今回のドラマも非常に堪能させていただいた。
非常に面白かった。

この記事が参加している募集

テレビドラマ感想文

おすすめ名作ドラマ

よろしければサポートをお願いします。 生きるための糧とします。 世帯年収が200万以下の生活をしています。 サポートしてもらったらコーラ買います!!コーラ好きなんです!! あと、お肉も買います。 生きていく・・・