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シンガポールジャパンフードタウンに見るCJ機構の「失敗の本質」

クールジャパン機構(以下CJ機構)の出資を受けて、昨年シンガポールでオープンした日本食レストラン街であるジャパンフードタウンが振るわないらしい。あまりウケなさそう、客が入ってなさそうだな、という印象はあったものの、今回数字でもって証明されたことで、呆れと憤りを覚えるとともに、CJ機構そのものの失敗の本質を体現しているとも感じたので、指摘したい。

ジャパンフードタウンの店舗一覧を見てみると、以下のようなラインナップだ。

© 双日株式会社

これを見る限り、色んなジャンルの本格派の店が揃ってるな、と思われたかも知れないが、この総花的なラインナップこそが失敗の主因と見ている。一般に飲食業の海外進出は地元民の支持なしには生き永らえることはできず、地元民の文化・嗜好を理解し、たとえオリジナルと異なっても、味や業態を合わせていく柔軟性が鍵となる。パイの小さい日本人を専ら相手とするのであれば、本当に日常的に利用してもらえる超定番店として圧倒的な地位を築かなくてはならない。

筆者は日本そばが好きで帰国の度に蕎麦屋に足を運び、蕎麦の乾麺を持ち帰る。日本そばはシンガポールでは人気が低く、専門店が少ないのだ。不人気の理由は何か?蕎麦の価格が高いのも一因だが、油脂と濃い味を好むシンガポール人の嗜好に合わないからだ。うどんも同様の状況にある。

一方でシンガポールにおいてここ1〜2年で急速に知名度を高め、人気を博した日本食が2つある。天丼とうなぎだ。

天丼は、2年前にオープンした「銀座天丼いつき」が火付け役となった。同店はシンガポールで最も成功を収めているラーメンチェーン、「けいすけ」が運営する天丼専門店であることからも、言わば本格・正統派ではない亜流にも見える。その一方で、当地における飲食店経営のノウハウを熟知していることから、給与の高い日本人料理人ではなく、味の質を維持しつつもオペレーションはローカルスタッフに任せ、メニューを二種類に絞ることで、価格を抑え、連日行列の絶えない人気店を作り上げた。


うなぎについても、日本で名を馳せた老舗店ではなく、手頃な価格の海鮮丼を提供し、シンガポールの和食の人気店「山下哲平」が経営する「鰻満」が、冷凍ではない、炭火で焼き立ての鰻の蒲焼の味をシンガポールの一般市民に広く知らしめた。メニューをうな重とひつまぶしに絞り、安価に提供するとともに、蛇を連想させる長細い姿を嫌忌する心理に配慮して、蒲焼は一口大にカットされている。同店はシンガポールのミシュランガイドにもビバグルマンとして掲載され、店の前の行列はさらに長さを延ばした。 1〜2時間待ちも珍しくなく、先日二号店もオープンしたばかりだ。

両店に共通しているのは、何を売り込みたいか、という理念・願望ありきではなく、価格も含めて何が顧客にウケるかを考え抜き、ニーズに合わせたプロダクトを提供することに経営資源を集中投下する、という経営のセオリーに忠実な戦略だ。

翻ってジャパンフードタウンはどうか?出店者の選定にあたり、CJ機構役員のご意向の忖度があったか否かはこの際議論しないとしても、「本物の和食を伝えたい」という理念が先行し過ぎて、市場の真のニーズから目を背けていないか?

そもそもクールジャパンという言葉自体、マンガやアニメ、ポップカルチャーファッションといった、海外から評価を受けている(=既に海外におけるニーズが顕在化している)日本文化を指す、極めて狭義なものではなかったのか。それがいつの間にか、国の資金が付くと判るやいなや、あれもこれもとニーズを無視した日本文化の押し売りが始まった。また特定の業界を優遇できない、偉い御仁の息のかかった業界は無視できないといったしがらみから、本来集中投下しなくてはならない資本が散逸して有効活用されず、ロクなリターンも得られず、再投資にも繋がらない、お粗末の極みが繰り広げられている。(この構図は会計不正に奔った某大手企業にも見られたように、日本の組織に典型的な病巣なのかもしれない。)

仮に、このジャパンフードタウンがシンガポール人の知らない日本の味覚を伝えるアンテナショップなのであれば話は別だが、いずれにせよ流行っていない店には即座に退場してもらい、スクラップアンドビルドのサイクルを早めて、ヒット日本食の卵を次々温めていくべきなのではないか。(なお当初出店していた獺祭バーは早々に閉店した。ワインやウイスキーと比べても"Sake"を嗜む層は圧倒的に限られており、これは英断と思う)

全日空商事が運営する、"Eat at Seven"という日本食レストラン街も、オープンから2年を待たずいくつかの店が既に入れ替わっている。この手の日本食レストラン街はそのほかにも、PARCOが運営する"Itadakimasu"など百花繚乱状態だが、健全な新陳代謝が行われ、次なるスマッシュヒットが生まれることを期待したい。

なお西部のJurong Pointというショッピングモールにある食通天(Shokutsu10)や、マリーナ地区のMillenia WalkのNihon Food Streetなどローカル資本による日本食レストラン街も存在し、日本食自体がブームを超えて定番化してきていることは事実だ。

余談だが、ジャパンフードタウンがオープンした際のStraits Times紙の記事で、「家系」ラーメンの説明として、「家庭で母親が作るように麺を好みの茹で加減にできる」ことが由来、としているのはご愛嬌(笑)。(もちろん誤り)


Machida Shoten from Kanagawa prefecture specialises in Iekei ramen, which directly translates to "house-type" from its kanji characters. This means that noodles are cooked to diners' preferences, just like how one's mother might cook it at home.



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