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UBERシンガポール撤退論考

シンガポールからUBERが消えて1週間が経った。この1ヶ月ほどで状況がめまぐるしく変わっていったため、やや時機を逸してしまったが、改めて今回のGrabによるUBERシンガポール事業の承継について振り返って参りたい。

UBERのアプリが使えなくなったのは、つい先週末の5/8からであった。当初予定されていたサービス終了予定日の4/8から、2回の延期発表を経て1ヶ月遅れたのは、シンガポールの公取委に相当するCompetition and Consumer Commission of Singapore(以下CCCS)が統合により消費者が被る不利益の懸念を表明したことが発端だったのだが、筆者はこの報道を見た瞬間に強い違和感を覚えた。

そもそもGrabやUBERのようなライドヘイリング事業者はタクシー業界やその他公共交通機関と競合していたのではないか?と直感的に思ったのだが、2017年12月時点の統計によればライドヘイリングの車輌(chauffeured private-hire car)の登録台数は、すでにタクシー会社7社合計の約2倍にあたる約4万7千台まで膨れ上がっていたとのこと。一方で、タクシーの車輌数は過去10年で最低となったようだ。

Monthly Taxi Population by Company

© DATA.GOV.SG

4万7千台のうちには個人のお抱え運転手も含まれるが、大半はライドヘイリングの登録車輌と考えられ、すなわちGrabはUBERとの統合によりシンガポール市場の50%ものシェアを獲得するに至ったわけだ。

そのような中でCCCSは、市場をオープンかつ競争可能な状態にとどめるために、Grabに対して以下の暫定措置を命じた。

・ドライバーに排他的な契約を強いないこと
・市場での地位を高める為に、合併したUBERの走行データを利用しないこと
・合併前の料金体系とドライバーへのコミッションを維持すること

CCCSは市場独占の懸念が生じる占有率のラインを40%と置いているため、このような措置を講じたという。それも、Grabのようなプラットフォーマーは、シェアが増える→ドライバーが多く加盟する→利用者が増える→…といった強力なネットワーク外部性が発揮されやすく、参入障壁も非常に高いものとなることが指摘されている。

その一方で、UBERの市場退出を受けて、この5月から新規事業者も続々と参入してくるとの報道もある。掲載図の通り、Grabの牙城を崩すべく、低い手数料、入札方式の価格決定からドライバーに対する仮想通貨での報酬(!?)まで様々な特色を打ち出しており、インドネシアで高い支持を集めるGo-Jekの名前も挙がっている。

© STRAITS TIMES GRAPHICS

またGrab自身は、UBERとの合併による影響を否定しているものの、Grabがこれまでシェア拡大のために提供してきたユーザー向けの割引やドライバー向けのインセンティブを次々削減しているとの報道もあった。UBERとの競争が一服して、採算を改善させたいとの思いもあるのだろうが、前述の新規参入業者の台頭を許す蟻の一穴となるやもしれない。

消費者もこれまで、UBERとGrabの双方の料金を比較してきたこともあって、プロモーションコードの提供が減っていることへの不満はすでに顕在化しているようであり、新規参入業者に対する歓迎ムードも窺える。

東南アジアのライドヘイリングサービス業者は今や配車サービスの拡充に留まらず、フードデリバリーや、デポジットから派生した電子マネーを利用した、伝統的な金融機関に頼らない決済・金融事業などへと多角化が進んでいる。

それはこれまで誰も見たことも、予想もしていなかったビジネスの展開であり、シンガポールのライドヘイリング業界からはまだまだ目が離せないと、思いを強くした。



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