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シンガポールUBERに見るタクシーとライドヘイリングの共栄の難しさ

少し前の記事だがこの記事を読んだ途端に、つい先日の、シンガポールUBERと地場タクシー最大手のComfortの配車における協働が芳しくない、という当地報道が頭をよぎった。

今年1月下旬からUBERは、協働相手である地場タクシー最大手のComfortDelGroとの共同配車サービスである、UberFLASHを開始した。このサービスは利用者がUberFLASHによる配車をアプリで選択すると、UBERの契約車輌かComfortのタクシーのいずれかが配車されることになるため、通常のUBERによる配車(UberX)対比、待ち時間が短縮されることが期待されるという訳だ。

ところが、以下のTODAY紙が報じているように、多くのComfortのタクシードライバーは、UBERが決定する需給連動型料金によって乗車料金そのものが低下すること、そしてUBERを通じた配車は手数料としてさらに10%が控除されることを嫌気して、UBER顧客からの配車リクエストには応じていないとのこと。筆者はUberFLASHサービス開始から計30回UberFLASHで配車リクエストをしたが、Comfortのタクシーが配車されたことはわずか1回だったことからも、やはりタクシードライバーはUBER経由の配車リクエストを敬遠している模様である。(そのUberFLASHで配車されたタクシーのドライバーに、UBERアプリ経由でComfortタクシーが捕まったのは今回が初めてだ、と伝えると、他の客からもよく言われる、と返されたことから、彼はやや異端なのだと想像する)

Comfort社は単価の低下は配車機会の増加でカバーできると主張するが、その結果が実証されるのはこれからだろう。

UBERが青写真として描いているのは、単価低下により利用者層が拡大、配車リクエスト回数の増加でアイドリング時間の減少、ドライバーの時間あたり総収入は増加する、という絵姿なのだろうが、果たして日本での協働は成功を収めるのか、やや不安になった。

また、ここ最近のライドヘイリング、フードデリバリー、クラウドソーシングといった所謂ギグエコノミーは、労働者を「フリーランス」と見做すことによって、本来使用者が負担すべき社会保障コストを免れているという批難を避けられなくなってきているのでは、と思う。

この問題の難しさは、受注者側がリテラシーを高めることで妥当な報酬水準を求めたり、シェアリングビジネスの使用者に法規制で負担を義務付けるだけでは解決しないところにある。

求める報酬水準が相対的に低い、別の本業においてベースとなる収入がある者、あるいは被扶養者など福祉が保証されている者の存在が、本業としてシェアリングビジネスに従事する者への報酬低下の圧力となってしまうことは避けがたい。会社の退勤後に趣味のドライブも兼ねて夜間や週末だけライドヘイリングのドライバーをする会社員と、運賃収入で自活しなければならない専業ドライバーとでは要求リターンが異なる、というとイメージしやすいか。

日本よりずっと日常生活にギグエコノミーが浸透しているシンガポールでは、ここ1~2ヶ月ほどでフリーランス労働者の保護に関する議論がにわかに活発になっている。議会もガイドラインを発布するなど国が介入する動きも見られ、それだけ多くの問題が表面化しているということか。

以下記事に拠れば、シンガポールは国民・永住者のうち、20万人超がフリーランスで働き、居住者の労働者の8-10%占めているというから、驚きだ。政府も社会保障、とりわけ医療などの制度の構築を検討しているようである。


A special insurance scheme has been recommended to provide them with income if they are injured and cannot work for long periods. They may even be offered standard written contracts, assistance with mediation, and a system that ensures that their Medisave accounts stay in good shape. Without such savings, they will expect public subsidies to meet healthcare needs. The Government has accepted these proposals, among others, made by a work group that studied how to better support the self-employed.

こうしたシンガポール政府の足元の動きは、世界中のギグエコノミーの先進的な手本となる可能性もあり、今後も注目してみて参りたい。

なお、UBERが東南アジア事業を丸ごと同業のGrabに売却するという観測(というより略決定直前)もあって、シンガポールのライドヘイリングの業界地図は一変する可能性がある。UBERはつい2ヶ月前から車体広告や看板などComfortとの提携をかなり大々的に打ち出してきていたこともあり、打倒Grabに息巻いているのかと思いきや、この動きはやや困惑させられる。

個人的には、車を呼びたいとき、価格を比較すると、クーポンコードなどを含めればほぼ常にUBERの方が価格が安く、UBERのヘビーユーザーである筆者としてはGrabに吸収されることによる、価格上昇がやや心配だが、逆にこれまでの低価格がフリーランサーを食い物にしてきたのではないか、と思うと考えさせられる。

仮にUBERのシンガポールの事業がGrabと統合されることになれば、圧倒的な登録車両数を有することになるGrabだけに、社会的なステイクホルダーとしての責任も重くなるのだろう。政府やパートナー(ドライバー)との対話巧者であるGrabであれば、ギグエコノミーのあり方の道筋を示してくれるのかもしれない、と、こちらもまた動向に注目したい。

シンガポールのライドヘイリング事情については昨年9月に上梓した拙稿を参照いただければ幸い。



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