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ライドヘイリングに揺れ動くシンガポール

今回トヨタがGrabに出資を決めたことはシンガポールでも大きく報じられたので、シンガポールのライドヘイリング事情、ライドヘイリングの功罪を考えてみたい。

すでにソフトバンクも出資するGrabは、シンガポールに本拠地を置き、UBERとほぼ同等のライドヘイリングサービスを提供する、マレーシア発の企業だ。UBERと異なり、日本では一切サービスを提供していないので、日本人にはやや馴染みが無いかもしれないが、東南アジアを地盤に急成長し、知名度も非常に高い。会社概要や詳しいサービスの説明は他の記事に譲るが、トヨタも一目置く存在であることは疑いない。

前出のStraits Times紙の指摘で興味深いのは、トヨタのGrabへの出資は、海外における潜在的なクルマ離れに対するリスクヘッジなのだという。確かにライドヘイリングの台頭は直接的に自家用車保有のインセンティブを下げるので、自動車の販売には悪影響を与えるだろう。それでもなお他社に先駆けて、トヨタがライドヘイリングへの出資を決めたのは、このライドヘイリング時代に向かう流れは止められない、と悟った事の表れなのでは、とも疑う。

それを裏付けるもう1つの事例としては、シンガポールのタクシー最大手のComfortDelGroがUBERとの協働を検討しているという報道。タクシー業界も抗議や対抗ではなく、ある種敗北を認める形で善後策を打ち出した格好だ。

なおシンガポールでのデモやストライキの類の抗議行動は、実質不可能と言えるほど規制が厳格である点、またシンガポールはその特殊な統治体制の為に、特定の利権に立法・行政が翻弄されにくいという点で、近隣諸国と事情は異なる。

GrabとUBER両社の競争も激化している。Grabは9月4日から期間限定でComfortタクシーのドライバーに対して、Grabが提携する他のタクシー会社のドライバーに転向した場合に、車両のリース料を『毎日』S$50ディスカウントするプロモーションを仕掛けている。資本調達を背景とした資金力にモノを言わせ、あからさまなドライバーの引き抜きを始めた。これはUBERとComfort社の協働が報道されたことを受けての反応と見られている。

ちなみにシンガポールのタクシードライバーは個人事業主であるため、各タクシー会社と車両のリース契約を結び、売り上げの中からリース料を支払うという形態である点、会社から固定給+歩合の給料を受け取る日本のタクシードライバーと異なる。

それでは躍進するシンガポールのライドヘイリングに死角はあるのかというと、同サービスが適法である限り、筆者には弱点が見当たらない。時間帯により異なる料金水準は比較しないとしても、①事前に料金が確定する明朗会計、②自家用車の車輌は、タクシーより清潔に保たれていることが多い、③タクシーのような高齢者のドライバーはほぼおらず、運転がさほど荒くない、④英語でのコミュニケーションに不自由がない、⑤目的地を説明しなくとも、ナビ通り移動してくれる、等々。逆に言えば、シンガポールのタクシーはサービス改善の余地が大きいことも意味している。

ドライバーの質、安全面はどうか。日本ではライドヘイリングサービス導入には二種免許の壁が度々争点となる一方で、シンガポールで営業するライドヘイリングサービスは、ドライバーにPDVL (Private-hire-car Driver's Vocational License)という旅客運搬車輌用の運転免許を求めていることもあって、運転手の知識・経験や健康状態の要件についてはタクシードライバーと全く変わらない。

PDVLが必要になったのは、ほんの半年前、2017年2月の道路交通法(Road Traffic Act)の改訂以降であるため、業界にはかなりのインパクトであったと想像するものの、既に事業が拡大していたGrab, UBER両社の対応は迅速だった。Partnerと呼ばれるドライバー向けに、PDVL取得のための専用コースを設け、瞬く間にタクシー会社並みの体制を整え、規制に対応している。

UBER, Grabの両社がこうした対応に踏み切れたのも、十分な資金力があったことに加えて、既にシンガポール国内で営業を始めて久しく、事業の見通しが立っていたことも要因ではないか。ここでも、「まずやらせてみて、問題が起きたら規制する」ーという、シンガポール政府の柔軟なポリシーに支えられた格好だ。

シンガポールは国が自動車に対して総量規制を敷いていることから、自家用車保有のコストが非常に高いため、ライドヘイリングサービスがDoor to Doorの移動におけるタクシー以外の安価な選択肢を提供した点は画期的と言える。それは自家用車保有の抑制、ひいては道路の混雑緩和に資するサービスを原則的には歓迎する、という政府のスタンスを反映しているのだろう。(先日も、自動車の交通量が想定より少なくなったために、大規模な地下トンネルの工事計画が撤回され、接収された土地が一気にリリースされる、といったニュースが報道されたように、政策による交通量の抑制は一定の成果を上げているようだ)

ところが、ライドヘイリングサービスの普及の影響もあってか、自家用車の登録台数は減少したものの、ライドヘイリングのドライバーによるリース車輌が急増し、しかもその各車輌の平均走行距離は自家用車より長い、という統計が発表された。それはすなわち、政府の期待に反して全体としての交通量は増えている、ということのようだ。確かに車輌の総量は規制できても、走行距離まで規制するのは現時点では不可能である。この統計結果が政府のライドヘイリングサービスに対する規制方針に影響するのか、注目したい。

最後に翻って日本の今後の展開はどうなるだろうか。個人的には先行きは暗いと見ている。タクシーの総量規制が度々問題となることからも、ライドヘイリング解禁に対する業界の反発は極めて激しいものとなるだろう。個人的には需給の調整などは民間企業同士の自由競争の中で自然に行われるものであって、なぜタクシー業界に対しては政府が積極的に介入してくるのか、という不可解な思いはある。その点、各国事情が異なるのはやむを得ないものの、またしても悪い意味で日本がガラパゴス化してしまわないか心配になる。


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