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キャッシュレス時代に突き進むシンガポール

日本同様、シンガポールの電車(MRT)・バスはEZリンクカードという交通系ICカードの利用が大半となっている中で、今般、政府主導で2020年までに、全ての駅でそのカードへの現金によるチャージ(Top-up)を不可能にすることで、一層のキャッシュレスを推進しよう、という指針が打ち出された。

現金以外にどうやってチャージするの?というと、当地ではキャッシュカードがデビットカードを兼ねているものが大半であることから、クレジットカードを持てない、持たない人も最低デビットカード一枚は持っているため、それを利用することに。お金を入れる代わりにカード挿し込んで、暗証番号入力するだけなので簡単といえば簡単だが、本記事ではチャージ方法が分からず困惑する高齢者の懸念を紹介。

一方の政府はコミュニティセンターにトップアップ端末を設置して、高齢者にレクチャーする計画である由。

さらにキャッシュ/クレジットカードを持たない子供にはICチップで決済可能なスマートウォッチを配るのだとか。どこの近未来都市かと思うような発想であるが、国レベルで真剣に検討されている。

キャッシュレスといえば、当地では携帯電話を利用した送金が大変進歩している。大手地場行のDBS, OCBC, UOBは既に数年前から独自のスマートフォンアプリを開発、相手方の口座番号の代わりに携帯電話番号を入力することで同行口座間の24時間即時送金が可能となるサービスを展開していたところ、この7月に他の多くの加盟行を増やした形で、共通サービスのPayNowがスタートした。

PayNowも基本的な仕組みは従来の類似サービスと同じだが、携帯電話番号の他、NRIC (National Registration Identification Card)というIDカードの番号も送金先として利用可能。(個人的には電話番号より抵抗感があるが…)

これらの技術は少額決済の他、銀行の店舗やATM等のインフラが整わない新興国でも一足飛びに活用されていて、アフリカはケニアのマサイ族が利用していることでも有名になったのが記憶に新しい。

このモバイル送金に関連して、筆者の周辺で興味深い出来事が起きた。筆者の周囲の日本人は日本から赴任すると、概ね同じ銀行の店舗で口座を開設し、給料を受けとるメイン口座として使っていたところ、ある日オフィス最寄りの同銀行のATMが唐突に撤去されて現金の引き出しが非常に不便になった。すると自然発生的に日本人の間で、それまで誰も利用していなかった携帯電話による送金アプリが急速に普及し始めた。

その最大の目的は毎日のランチの支払である。それまで代表で1人がカードで支払った後に、各人が現金を渡していたところ、今や全員が一斉にスマートフォンで支払いを済ませるので、釣銭の小銭のやり取りなどが減り圧倒的にスピーディになった。飲み会の割り勘代金の回収速度も向上し、幹事は大変楽になった。現金の手持ちが無いから、と言われて回収し損ねることも減る。我々日本人も漸くマサイ族に追いついた。

携帯電話送金なら1セント単位での支払いも可能というメリットもある。「?当たり前じゃないか?」と思われるかもしれないが、2003年に新規発行が停止されて以降、シンガポールでは1セント硬貨が市中にほぼ流通していない。したがって現金精算が必要な物/サービスの価格においては、最小硬貨の5セント単位となるよう、Roundingといって金額を丸められてしまうので、二捨三入で損をする場合もあり得る。

この出来事を通じて痛感したのは、使えば誰しも実感できる便利なサービスであっても、その最初の一歩を踏み出す心理的ハードルは非常に高く、そこで背中を押すのは、今回の場合はATMの撤去という、不可抗力的なイベントなのだということ。キャッシュレスのメリットが比較的実感されやすいことを鑑みれば、今回の政府の野心的な目標は、チャージ端末が現金を受け入れなくなるというある種強権的な方法によって案外スムーズに達成されるのかもしれない。

自らの判断に自信を持ち、指導力を発揮して徹底的にやり遂げるのは、シンガポールのお家芸とも言える(国の規模が小さく、軌道修正が比較的容易ということも多分にプラスに作用しているが)。今後の成否に注目したい。

余談だが筆者は、日本の国交相に相当するLand Transport Authorityとマスターカードが協働して進める、既発のICチップ付きクレジットカードをそのまま改札でタップして使える、Account Based Ticketing(ABT)というプログラムのパイロットテストに参加している。(カード会社から招待メールが届いたので登録した)

ABTは日本でいうView Suicaカードなど電鉄系クレジットカードの仕組に近いが、カードに残高がチャージされるのではなく、直接運賃がクレジットカードに請求される仕組なので、日本のオートチャージのように1000円単位で課金されることもないのはありがたい。

但し、Suicaが採用するFeliCaのオーバースペックなまでのレスポンスの速さに慣れていると、当地で主流の非接触ICのNFC Type A/Bは、非常に反応が遅く感じる。(自動改札に阻まれることもしばしば。)

このあたりの仕組は日本・シンガポール五分五分といったところか。

日本では現金信仰も強く、キャッシュレス化を抜本的に進めるには余りにも解決すべき課題が多いと感じるものの、一方で現金は盗難、紛失、違算のリスク、釣銭の用意、保管輸送のコストなどデメリットは明確に存在する。他方、電子決済も災害時に端末が使えなくなるリスクも考えると、地震の多い日本で電子決済に過度に依存することもまたリスクなのか。


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