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ウェブ会議システムが変える対面とオフィスの意味

ウェブ会議システムはコミュニケーションを拡張する

今回のコロナ危機を通じて明らかになった事実の一つが、ウェブ会議システムを日常使いすれば、ほとんどのコミュニケーションは代替できてしまうということである。ウェブ会議システムは歴史は古く、最先端の技術とはいえない。多くの人は遠隔地との会議システム程度の印象しか持っていない。しかし、実際に使っている人はほとんどのミーティングは、ウェブ会議で問題なく代替できることを知っており、当たり前のように使いこなしている。我々はウェブ会議上で集まって、あたかも現実空間で行われているかのように、ディスカッションを行うことも、ブレストによるアイデア出しも、同じスライドを見ながらの資料レビューも、雑談も、飲み会すらもできてしまう。代替が難しいのは、相手に誠意を見せるために、直接交渉に行ったり、陳情に行ったり、陳謝に行ったりするための会合くらいだろう。

ウェブ会議によって得られるメリットは大きい。単純に移行しただけで、次のようなメリットが得られる。
・手間が省ける:会場探し・会場予約・移動・会場設営・資料配布・受付・清算・支払い・片付けといった一連の作業がすべて不要になる
・安くつく:都心の会議室の使用料の相場は数十万円が普通。海外取材も数十万かかる。これがタダになる
・どこからでも参加できる:地方でも外国でも、地理的距離は考慮が不要になる。その結果、時にリアルではなかなか会えない外国の要人に会えたりする
・便利な機能が豊富:ワンクリックで録画、資料の共有、会議と並行してのチャットなど支援ツールが充実
ここまでメリットが大きいと、対面での会議がばかばかしくなり、ウェブ会議以外に考えられなくなる。しかし、ウェブ会議システムの真価は、「会議」にはとどまらない。それはコミュニケーションの在り方そのものの変えようとしている。

オフィスを無意味化するウェブ会議システムの「常時・同時接続」

テレワークについては、政府も主として働き方改革の文脈で推奨してきたが、日本では、一部の業種を除き、社会に広く受け入れられるには至っていなかった。その理由は、
・会社の情報システムは会社でしか操作できない
・来客者に対応せざるを得ない
・現場管理の観点で不可欠
など様々である。しかし、実際には、上記に該当しないような仕事でもテレワークは進んでいない。それはなぜか。根本的には、必要性が理解されていないからだが、それと同時に、テレワークには大きなデメリットがあると捉えられているためと考えられる。多くの人々がテレワークに消極的だったのは、仕事上の日常的なコミュニケーションができなくなるためである。日本の会社は、皆で議論したり、情報共有したり、雑談したりしながらチームワークで仕事を進めていることが多い。そうした仕事のスタイルが、テレワークでは困難になるように思われている。たしかに単に貸出しPCを持ち帰って家で孤立したまま仕事し、質問はメールやチャットで行う、といった働き方は、数日であればなんとか耐えられるが、とても定常的なスタイルにはなり得なかいだろう。テレワークという言葉は20世紀から使い古されているが、どれだけITが進歩しても、ネットワークが高速大容量化しても、日本企業の多くがテレワークに踏み込もうとしなかった最大の理由はこうしたコミュニケーションの代替困難性にあったと思われる。

しかし、ウェブ会議システムはその不可能をある方法で可能にした。それが、ウェブ会議システムのメンバー間での「常時・同時接続」である。なんてことはない、一緒に仕事をしているチームメンバー全員が常時、ウェブ会議システムを接続したままにするだけである。しかし、これによって、参加者はいつでも、他のメンバーに話しかけて、軽い相談、質問、雑談ができるようになる。その結果起きるのが、あたかも一緒に仕事をしているかのような一体感の発現である。そう、今までテレワークで実現できなかったのは、この一体感だったのである。ウェブ会議システムはテレワーク導入の最大の壁を突き崩した

ウェブ会議システムは、普段はカメラと音声をオフにしておけば、周囲の雑音は聞こえない。必要な場合だけオンにして話しかける。すると、相手の呼びかけは聞こえるので、会話をすぐに始められる。会議から離脱すれば、離籍の意思表示になる。こうしたスタイルを取れば、一種の緩やかな形での在席証明になる。しかも、すべての意思表示が主体的であり、その意思表示がないことが仕事をしていないことを意味するわけでもないので、在席確認システムのように、働く者をパソコンに拘束するようなプレッシャーは与えない。

「常時・同時接続」は、コミュニケーションを代替するだけでなく、むしろその密度を上げる。出先にいることの多かったメンバーが参加しやすくなるし、個別の相談もしやすくなる。また、場所を押さえる必要もなくなる。これに気づいてしまうと、本当に、職場のオフィスに行く理由がなくなってしまう。そう、オフィスとは、わざわざ無理して人を集め、コミュニケーションを円滑にするためだけのものだったのだ。そして、ウェブ会議システムがあれば、もはやオフィスに人が集まる必要はない。いま、多くの人々がこの事実に気づき始めている。ひとたびこの事実を知ってしまったら、もう元には戻れないだろう。

ウェブ会議システム導入のコストや負担は

残る課題はいかにして各メンバーのウェブ会議システムの環境を構築できるかである。基本的に、ウェブ会議システムの利用に最低限必要となるのは、カメラ付きパソコンとインターネット環境のみである。その意味では、かなりの数の家庭が、既にそれを実行できるインフラを備えている。もちろんパソコンを持たず、スマートフォンしか持たない社員に対しては、無制限利用のインターネット回線費(ウェブ会議システムはかなりの通信量を食う)とパソコンレンタル費用の支援は必要かもしれない。また、通常は、ウェブ会議システムはそれ単独で導入することはなく、テレワークに必要となるファイル管理やウェブメール、グループウェアなどもセットで導入される。しかし、それ以上に特別な準備は必要ない。実際のところ、これらがなくても何とかなる。パソコンへのウェブ会議システムのセットアップもごく簡単である。会社支給のパソコンなどの場合、サービスの提供サイトによってはブラウザへのアクセス自体がブロックされてしまう場合があるが、このあたりは通常の閲覧先サイトのアクセス制限と変わるところはない。それと、サービスによってはセキュリティの脆弱性が指摘されているので、あまり機微な話はしないよう注意することくらいだ。

しかし、その程度だ。ウェブ会議システムには無料版もたくさんあるが、大抵何らかの制約がかかってくるので、本格的に利用するならば有料アカウントが必要である。それが1アカウント月数千円程度。アカウントが一つあれば、ゲストを無償で呼べる。つまりウェブ会議の空間は、グループあたり月数千円で実現できる。それによって得られるメリットを考えると信じられないくらいに安い

人間社会は元には戻らない

人間社会は一度、便利な利器を知ってしまうと、二度とそれを忘れることはできない。オフィスを使わない方が生産性を高められることが明らかになってしまえば、高い家賃を払ってまでして、オフィスを使うことに意義を見出すことは難しくなるだろう。そして、ある会社がオフィス縮小で競争力を高めたとしたら、他社も同じスタイルを取らざるを得なくなる。こうして徐々に、テレワークに移行する企業の裾野が広がっていく。しかし、その変化は緩やかで、時間がかかる。また、少なからぬ数の企業は、コロナウイルス危機後、テレワークになじめず、オフィスでの仕事に回帰していくだろう。そして、事業のデジタル化に成功した企業との競争の中で徐々に競争力を削がれていく。その時間軸は業種によって異なる。先に影響が出るのは、オフィスや人と人とのコミュニケーションにビジネスドメインを置く、不動産業界、交通業界、イベント業界、飲食業界、サービス業界、アパレル業界などだろう。

また、中長期的にも、大手企業が完全にオフィスを廃止することもないだろう。やはり人には物理的に帰るべき寄る辺は必要だし、重要な機密情報や契約書類、印鑑を保管する場所は、これらが完全にデジタル化されるまでは必要だからである。しかし、それでもオフィスが必要な範囲は狭まっていく。我々が今住んでいるのは、既にこういう世界である。

(E.K.)

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