見出し画像

パン屋さんの手ごねパンブームがきてると聞いて


クリスマスの買いすぎた材料消費に余念がありません。こんにちはThreebread店主です。
今回は、先日ちらっと見かけたパン屋さんの手ごねパンブームがきてる、という話題について店主の思いです。よろしくお付き合いください。


私の出身

私の出身のパン教室は手ごねの教室です。副材料を計り、水を計り、自分の手でこねていきます。
グルテンができてきて、生地の感触が変わるのが不思議で面白かったのを覚えています。つるん、というかぷるんというか、こねていても張りが出たのが分かるんですよ。

どのくらいでこね上がりなのかも、そのうち感触で分かるようになりました。グルテン膜チェックなんてしなくても、生地とはツーカーの仲なのです。

初期の段階で手ごねをこれでもかと練習できたのは、私にはとてもいい経験になりました。


大量にこねる

お店を始めて、一種類の生地を沢山作らなければならなくなり、ミキサー(捏ね機)を初めて触りました。

今でこそミキサーともツーカーの仲ですが、最初は他人さながら意思疎通ができません。手ごねの感覚を思い出しながら捏ね時間の調整をした日々でした。


それぞれ一長一短

手ごねと機械捏ね、それぞれに良さ悪さがあります。

手ごねは生地をダイレクトに感じられて微妙な調節が効きます。ですが、手の温度が伝わるので生地温度の調整が難しいです。
こね上がりの温度はそのパンの発酵を決めます。だから、とても重要なところが調節効かないのです。そして何より労力がかかります。

機械捏ねは、いつも同じこね上がりを約束してくれます。ですが、時間に拘束されることと、手ごねより時間がかかることが欠点です。
捏ね機は、アーム(こねる手みたいなものです)の速度を変えながら捏ねていきます。速度を変えるのを1分遅れると、やっぱり違った生地になってしまうのです。
それと、手よりも力が弱いのでどうしても時間がかかります。

手ごねは作り手の想いが伝わる…?

断言しますが、そんなことはありません。

手から想いが伝わる…人はそう信じたいものですが、先ほど言ったように、こねる時に人の手からパン生地に伝わるのは温度です。
気持ちみたいなことをいうのであれば、邪念は伝わります。

例えば、道具を使って作っている料理に作り手の想いが伝わっていないかといえば、そんなことはないですよね。
私は捏ねていない時でも生地(レシピ)に思いを馳せて時間を費やしています。作り手の想いというのは、こういう所に宿るのだと思っています。

なので、手ごね、機械ごねだから美味しいor美味しくないというのは無粋なことだと思います。

パンを作るって重労働です。単純に生地は重いです。
日本のパン屋さんは本当にいろんな種類のパンを作っていて、これ以上「手ごね」という労働が増えないといいなと思います。

手ごねに価値がないのではなく、価値以上の期待は職人を苦しめるだけだと危ぶんでいます。ネットでちょっと見かけただけの話題でしたが、少し怖さを覚えたので熱く語らせてもらいました。

でも、家で食べる手ごねパンは格別に美味しいと思っています。これは間違いないです。手と機械、どちらの良さも知って食べてほしいと店主は願ってやみません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?