見出し画像

映画『ペイン・アンド・グローリー』を観て

 人は、少なくとも私は、落し物をしながら人生を歩いているのかも。何も間違いを起こさない人生、思った通りの人生なんてあるのだろうか。そう考えさせてくれた作品である。

 6月に観たスペイン映画『ペイン・アンド・グローリー』は、『オール・アバウト・マイ・マザー』の傑作で知られるペドロ・アルモドバル監督の最新作。主演はアントニオ・バンデラスで、年を重ねるほどに美しいペネロペ・クルスがまたいきいきとしている。

画像1

 脚本家で映画監督のサルバドール(アントニオ・バンデラス)は4年前の母の死を乗り越えられず、また体の不調を抱え、創作活動から離れて暮らしていた。ある日、32年前に撮影した映画が再上映されることになる。絶縁していた俳優と再会せざるを得なくなり、それをきっかけに閉ざしていた彼の扉が開くことになる。大きなうねりは、彼が密かに綴っていた脚本「中毒」の上演だ。それはサルバドールの自伝的作品で、胸の奥にしまっていた遠い昔の熱く哀しい話。ここから彼が紡いできた美しい記憶が息を吹き返す。

 監督自身の半生を描いたという『ペイン・アンド・グローリー』は、母への追慕、性の目覚め、青年時の恋(『中毒』で描かれる)などを、思い出の粒を一つずつ拾うように静かに振り返っていく作品だ。観る者は胸を震わせたり心に痛みを感じたりもするが、あらゆる気持ちを艶やかな色彩のスクリーンが、大胆に優しく包んでくれる。

 人生の落とし物は私たちの心に、消えないひっかき傷のような形で残り続ける。しかしそれこそが人の彩りであり豊かさだ。主人公のように過去の傷を拾い上げ反復することは、一方で人生の喜びでもある。過去を振り返ることは悪いことではない。やり直しをしてもいい。

 自粛期間が開け、最初に目にした映画評がこの作品だった。もし現在地はどこだろうと迷うことがあれば、ぜひ観てほしい。

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?