前世が魔王だったことを思い出して最強の力を得たけど、そんなことより充実した高校生活を送りたい 四話


「ふふっ、わたしのファミリーになったら下らないちょっかいからは守ってやるからな」

「鳥谷先輩!」

 俺は思わず抱擁したくなるくらい感激した。寸前のところで堪えたけど。

「ただ、その前に……さっきは逃げててよくわかんなかったからな! 君にどれほどの力があるのか確かめさせてもらうぞ!」

「えっ?」

 鳥谷先輩はスカートを捲って伸縮式の金属トンファーをどこかから素早く取り出すと、そのまま俺の顎付近を狙ってきた。

 ――が、

「あの、鳥谷先輩?」

 俺は先輩のトンファーを人差し指でピタっと抑えながら、

「これって俺と喧嘩しようとしてます? それだと手加減しても大怪我させない自信がないので対応に困るんですが」

 ひょっとしたら都会におけるコミュニケーションの一種かもしれない。

 都会には相手の肩を殴る『肩パン』なる伝統的挨拶があると幸一おじさんも言ってた。

 鳥谷先輩は沈黙の後、

「だ、だははは……。い、嫌だなぁ、喧嘩なんて……そんなわけないだろ! ちょっとじゃれてみただけだぞ! わははっ!」

 笑ってそう答えた。

 どことなく、その笑顔が引き攣っていたように見えた気がしなくもない。

 でも、違うのなら一安心だ。助けてくれた恩人と争いたくはないからな。



 翌日の昼休み。

 俺は今日も教室で一人孤独を味わっていた。だが、それもまもなく改善されるはず。

 なぜなら、鳥谷先輩が教室まで安全を保証しに来てくれるから!


『ちゃんと教室で君と関わっても大丈夫だって言ってやるからな!』と、頼もしく言ってくれた鳥谷先輩が待ち遠しい。


 …………。


「おーい、たのもー!」


 やがて、教室の入り口から大きな声を上げて鳥谷先輩が入室してきた。

 先輩の声はよく響くので、教室にいた生徒たちの視線がそちらに集まる。

 ちなみに今日の鳥谷先輩は学帽を被っておらず、学ランも袖を通さないで肩に羽織っているだけだ。

 日によってこだわりのスタイルがあるのかもしれない。

「え、誰? 小学生? でも制服着てる?」

「うそっ、あのリボンの色、二年生なの? かわいいー!」

「バッカ、ありゃ四天王の鳥谷ケイティだぞ……」

 唐突に来訪した小さな上級生にいろんな意味で沸き立つ教室。

「今日は君たちに言っておきたいことがあってきた!」

 鳥谷先輩は俺の机の前にやってきて、周囲を見渡しながら言った。

「一年C組の諸君! 君たちはしんじょー君が花園から狙われてると思って避けているかもしれないが、そんな心配はしなくていい! 彼はわたしのファミリーに加わった! だから、彼と関わっても花園から襲われるようなことはないから安心してくれ!」

 安心保証がされた! これでみんなも――

 …………。

 なんか反応が芳しくないな。

 唖然としてるというか。余計に畏れをなしてるというか……。

「わたしの家もアレだしな! 花園の実家にも負けない規模のヤツだから万全だ! しっかり守ってやれるぞ!」

 鳥谷先輩は自信満々に言う。なんか嫌な予感がする。

「えっと……鳥谷先輩の実家ってなんです?」

「イタリアのマフィアだけど? 言ってなかったか?」

「…………」

 屈託ない笑みを向けてくる鳥谷先輩に俺は何も言うことができなかった。

 ファミリーって、実家由来のソレだったのね……。

 正直、やっちまった感がある。


◇◇◇◇◇


「あいつ……新庄だっけ? 鳥谷先輩の派閥に入ったんだな……ガチの不良じゃん」

「入学式の日に花園っていう四天王の人を病院送りにしたんでしょ?」

「全身の骨を笑いながら砕いたって話だぜ」

「マフィアの先輩に取り入ったってことは、将来は裏社会の人になるかもだよね?」

「怖いよ……どうしてあんな人と同じクラスになっちゃったんだろ……」


 ひそひそひそ……。


 …………。


 結果的にいうと、状況は大して好転しなかった。

 むしろ、危険人物としてのカテゴライズが完全に定着してしまった感がある。なんか噂に尾鰭もついてるし……。

 念のため言っとくが、俺は裏社会に就職するつもりはない。だけど、俺はクラスではもうそういうキャラになってしまった。

 俺のクラスって、四天王なんてもんがいる学校のくせに不良が全然いないから余計に悪目立ちしているところがある。

 まあ、鳥谷先輩が花園サイドの抑止力になってくれたから、仮にクラスメートと一緒にいても巻き込む心配がなくなったというのはせめてもの救いだけど。

 いや、ぶっちゃけ救われてないけど。そう思わないとやっていけない。



 放課後。


「あの、新庄君? ちょっといいかな……?」


 俺が帰り支度をしていると、綺麗な黒髪をしたクラスの女子が声をかけてきた。

 うーん、この子、どっかで見たような? 彼女が俺に話しかけたことで教室に残っていた生徒たちがギョッとしたのがわかった。

 やめなよーとか、骨を粉々にされるとか、ママになっちゃうとか。

 散々なことを囁かれている。俺ってもうそこまでの存在に昇華したのね……。

「新庄君、しょ、将棋はお好きですか!」

 風評を実感してナイーブな気持ちになってきた俺に黒髪の女子は謎な質問をしてきた。

「いえ、別にそこまでは」

「そ、そうですか……」

 正直に答えると、少女はすごすごと去っていった……と思いきやUターンして戻って来て、

「ボクシングはお好きですか!」

 また別の質問をしてきた。

「特に興味ないです」

「あう……」

 再びすごすごと去って……いや、さっきよりも早く切り返して戻ってきた!

 一体、なんだというのだ? 都会で流行っている遊びなのか?

「読書は好きですかっ!」

「それは割と好きです」

 村じゃやることがなかったからね。図書館とかで本はそれなりに読んでた。

 最近はインターネッツにハマってるから疎遠になってるけど。

 黒髪の彼女は俺の返事が望むものだったのか、小さくガッツポーズをして、

「だったら、私の所属している部活に入りませんか?」

 そんな誘いをかけてきたのだった。


◇◇◇◇◇


 部活に勧誘された俺は教室を出て彼女と二人並びながら廊下を歩く。

 とりあえず部室に来て欲しいのだという。

「えーと、その……」

 どうしよう、俺は彼女の名前を知らないのだ。多分、他の人たちは入学式の翌日に自己紹介とかをしたんだろうけど。

 俺はそこに参加していなかったから、クラスメートの名前を覚える機会を得られずに終わっているのである。

「あ、そっか、まだ自己紹介してなかったね。私は丸出真帆(まるで まほ)です。ほら、入学式の日に助けてもらった……」

 ああ! あの時のお下げの彼女か! 髪の毛を下ろしてストレートにしていたからすぐ気づけなかった。同じクラスの子だったんだな。

「ごめんね、新庄君。本当は昨日すぐに声をかけなきゃって思ってたんだけど……。あの花園って人にまた絡まれたらと思うと勇気が出なくて……」

 俯いて申し訳なさそうに言う丸出さん。

「いや、それは仕方ないよ」

 実際、鳥谷先輩が介入してこなかったら花園の子分たちは俺にちょっかいをかけ続けていただろうし。

「あの時、新庄君が助けにきてくれてすごくホッとしたの。周りの人たちは知らんぷりで通り過ぎていくだけだったから。ちゃんとお礼も言いたくて……」

 彼女がこうやって救われたと感じてくれてるなら、俺の行動も無駄じゃなかったと思える。

 もしあそこでスルーしていたら、丸出さんは今のように平穏な学園生活を送れていたかわからなかったのだ。

「ところで部活って、どうして俺を……?」

「えーと、ほら、新庄君はまだ部活に入ってないと思ったから? もちろん新庄君が他に入りたい部活があるなら無理にとは言わないけど……」

 丸出さんは少し心を痛めたような面持ちで、取って付けたような理由を述べた。

 もしや、彼女は教室で孤立している俺に居場所を作る機会を与えてくれているのか?

 そして俺の現状が自分のせいだと思って責任を感じているのだろうか?

「けど、いいの? 俺ってあんまいい噂されてなさそうだし」

「大丈夫! 部員の皆は私が連れてきたい人ならいいって言ってくれたから!」

 丸出さんの部は心の広い人たちばかりなんだな……。

 それとも丸出さんが信頼されているのか。

「じゃあ、ちょっと見に行くだけさせてもらおうかな」

「本当? 見に来たらきっと新庄君も気に入ると思う! 居心地だけはいい部だから!」

 居心地だけは……? そこはかとなく含みを持たせた言い回しである。

 でも、丸出さんが所属している部だし。

 俺を受け入れてくれるような優しい人たちが揃っているならヤバいことはないだろう。

「そういえば今日はお下げじゃないんだね」

「あ、うん……あの人に気づかれたらまた絡まれるかもって思うと何かね……」

 丸出さんは髪を摘まみながら表情を暗くして言った。

 花園め……。

 こんな優しい女の子にトラウマを植え付けるとは。

 まったくもって許せん。

 全身複雑骨折はさすがに可哀想かもと思っていたけど何か妥当な気がしてきた。

「……もしかして新庄君は前の髪型のほうが好きだった?」

「え?」

 唐突に訊かれた質問に俺は間の抜けた声を出す。

「ごめん、やっぱり今のなしで……!」

 ほんのりと頬を染めながら早足で先に行ってしまう丸出さん。

 はあ……? 解答はしなくていいの? 都会の女子はよくわからん。


◇◇◇◇◇


 昇降口に到着した。そういえば彼女の部活とは何なのだろう?

 部室に案内してくれるとのことだったが、靴を履き替えて行くってことは運動部なのか?

 でも、読書が好きかと問われて誘われたんだけど……。

 いや、その前にもいくつか質問があったっけ? あれらの意図はなんだったんだ?

「ねえ、丸出さんの部活ってなんなの?」

 わからないから訊いてみた。すると、

「将棋ボクシング文芸部だよ」

「え? なんだって?」

 俺が聞き間違えたのか? 意味不明なワードが聞こえた気がした。

「将棋ボクシング文芸部だよ……」

 丸出さんは恥ずかしそうに視線を地面に落として言った。

 ああ、俺の空耳じゃなかったんだな。

「えーと、ごめん、なにをやる部活なのか全然わからないんだけど」

「うん、まあそうだよね……。変な名前だもんね……」

 丸出さんが苦笑しながら頬を掻いた。どうやら俺が都会の常識を知らないから理解できなかったわけではなく、一般的にも珍しい組織名であるらしい。

 そういえば前に将棋とボクシングを同時にやるような競技があると聞いたことがある。

 もしかしてそれなのか? そういうやつなのか!?

 でも、文芸って最後についているんだよな……。

 もしや、将棋ボクシング文学ってジャンルがあったりするのか? 難しいぞ……。

「えーと、新庄君? なんかいろいろ考えてるみたいだけど多分違うよ?」

 なぬ?



 答えは単純だった。だが、なんじゃそりゃというものだった。

 将棋ボクシング文芸部とは、将棋部と文芸部とボクシング部、部員が各一名ずつだった三つの部が廃部を免れるために寄り集まってできた合同の部らしい。

 詳しい規則は知らんけど、とりあえず三人いればしばらく存続が許されるそうだ。それぞれ全然関係ないものなのに許可が下りるんだな。

 あ、そうか……丸出さんが最初に質問してきたのは三つの部活の要素どれかに興味があればということだったのか。ようやく合致した。

「変な部活でしょ? でも新庄君は本が好きっていうし、悪くはないと思うんだけど……」

 ぶっちゃけ、読書は『それもまあ好きかな?』程度なんだけどね。

 だが、俺としては事故物件になった身柄を受け入れてくれるだけでありがたい。

 俺がそのことを伝えようとすると――

「おーい! しんじょー君! 探したぞー! もう帰ったかと思ったぞー!」

 元気な少女の声がした。見ると、鳥谷先輩が階段をバタバタと下りてくる姿があった。

「ん? なんだそいつは? ひょっとして早速友達ができたのか!?」

 俺の隣に丸出さんがいたため、鳥谷先輩が驚きの声を上げる。

「いえ、実は彼女の所属する部活に誘われまして。今から見学しに行くところなんです」

 友達かどうかはまだ疑問なので俺は簡単に経緯だけを説明する。

「ふーん? 部活の見学かぁ。面白そうだな! わたしも着いてっていいか?」

「「えっ?」」

 部活見学のお供がもう一人増えた。

 丸出さんに伝える言葉はお蔵入りした。

 まあ、いずれ機会があったら言おうと思う。



 将棋ボクシング文芸部の部室は校舎の裏手にある一階建ての白い建物だった。

 すごいな……建物が一棟丸々部室だなんてやけに豪華じゃないか。

「もともとはボクシング部の練習場だったんですよ。リングを置ける部屋は他になくて一番広いから、統合した後はここを共通の部室にしたんです」

 鳥谷先輩もいるので、丸出さんは説明を敬語で行なっている。

 ボクシング部はかつて強豪だったので設備も優遇されていたらしい。

 今残っている唯一の部員も昨年インターハイで優勝したほどの選手なのだとか。

「へえ、まるでアジトだな! わくわくするぞっ!」

 マフィア的観点から目を輝かせる鳥谷先輩。

 俺も学校に秘密基地があるみたいで楽しみになってきた。



 丸出さんに案内されて部室に入ると、室内は非常にカオスな環境だった。

 まず、部屋に入ってすぐに畳が三枚ほど敷いてあった。

 畳の上には将棋盤が置かれている。

 きっとここが将棋部のスペースなのだろう。

 壁際にはぎっしりと本の詰まった本棚がいくつかあった。

 あれは恐らく文芸部の蔵書だ。

 床にはダンベルやバーベルが転がっていて、中央にはボクシングのリングが設置してある。うん、実に闇鍋というかなんというか……。

 いろんなものが紛れていて、本当に『将棋ボクシング文芸部』なんだなぁと思った。

 各部の備品をすべて持ち込んだらこうなるのは必然なんだろうけど。

「お、そいつが連れてきたいって言ってたクラスのやつか!」

 天井から吊るされたサンドバッグを殴っていた男子生徒がこちらを向く。椅子に腰かけて文庫本を読んでいる女子生徒もいるが、そちらは俺たちを一顧だにせず読書を継続中であった。

「じゃあ、部員を紹介するね。まず、本を読んでいるのが文芸部で私たちと同じ一年生の江入杏南(えいり あんな)ちゃん」

 丸出さんが言うと、江入という少女はショートカットの青みがかった黒髪を揺らし、

「江入杏南です」

 本に向けていた視線を一瞬だけ俺たちの方に向けて自ら名乗った。

 どうやら紹介されたら返事をするくらいのコミュニケーション意欲はあるっぽい。

「で、奥にいる人が二年生でボクシング部の……」

「お! よく見たら酒井じゃないか!」

 丸出さんが紹介する前に、鳥谷先輩が大きく手を振って男子生徒に声をかけた。

「そういうお前は……鳥谷ィ! うおおおおおおおっ!」

 男子生徒も手を振り返し、なぜかこっちに駆け寄ってくる。

「イェイ!」

「イェイ!」

「「イェーイ!」」

 鳥谷先輩と男子生徒はリズミカルに数回のハイタッチを交わし、片足でターン。

 指先を頭上に掲げるサタデーナイトフィーバーっぽいポーズで仲良くフィニッシュした。

 うーん、息ピッタリ! 以心伝心の具現化だ。

「二年生でボクシング部の酒井先輩だよ……」

 謎パフォーマンスに圧倒されながらも紹介を成し遂げた丸出さん。真面目な子だなぁ。

「オレは酒井だ! よろしくな!」

 文芸部の江入さんとは対照的に友好的な態度で迎えてくれた酒井先輩。

 彼から差し出された手を握り返してシェイクハンド。

「えーと、鳥谷先輩と酒井先輩は知り合いだったんですか?」

 あまりにバッチグーなコンビネーションだったので思わず訊いてしまった。

「おう、鳥谷とは一年のときクラスが同じだったんだ!」

 酒井先輩が明快に答える。

「じゃあ、仲が良かったんですね?」

 細かいことを考えてなさそうなところとか声がデカいところとか。

 いろいろそっくりだし。さぞ気が合っていたのだろう……と、思いきや――

「いや、喋ったことは全然なかったな!」

 酒井先輩が言うと、鳥谷先輩も頷いて、

「二学期の半ば頃に酒井から『シャー芯を一本くれ』って頼まれたのが唯一の会話だっけ?」

「そういやそうか? でも、あれ、本当は鳥谷の後ろの席のやつに言ったんだぜ?」

「それ本当か? あはは! やってしまったぞ!」

 大して交流もなかったのに、竹馬の友のようなテンションはなんだったのか……。

 あんまり深く考えないほうがいいのだろう。


◇◇◇◇◇


 将棋ボクシング文芸部を見学に行った次の日。

 俺は今日も教室で星屑ロンリーぼっちネスだった。

 丸出さんは遠くから俺を心配そうに窺っているが話しかけてくることはない。

 彼女には教室では俺と関わってこないようにと言い含めてあるのだ。

 今の俺と話すと彼女も奇異の目で見られてしまう。

 順調な高校生活を送っている丸出さんに迷惑をかけたくない。

 だけど、いつかは彼女と教室で堂々と会話できる、そんな綺麗な身体になりたいものだ。



 昼休み。

「ねえ、ちょっといい?」

 弁当を食べ終えた俺が机に伏せっていると、何者かが目の前に立ちはだかった。

 やべーやつと言われている今の俺に話しかけてくるなんてどこのどいつだ? 

 声の高さだと女子っぽい感じだが……。

 顔を上げると、そこには赤茶色の髪をした美少女がいた。

「あれってA組の結城優紗(ゆうき ゆさ)さん?」

「なんでうちのクラスに?」「やっぱ可愛いなぁ……」

「足なげー」「顔小せえー」「モデルみてー」

 ………………。

 結城優紗。その名前は聞いたことがある。

 確か、他クラス合同でやった体育の時間に男子たちが遠目に噂していた人物だ。

 曰く――

 学年一の美少女ともっぱらの評判で、入学してまだ一ヶ月だというのに同学年・先輩問わず様々なイケメン男子たちから次々と告白をされて、それらをすべて容赦なく断っている高嶺の花だとか。ちなみに特定の恋人はいないらしい。

 須藤は『オレ、フリーならマジで結城さん狙っちゃうぜ!』と鼻息荒く語っていた。もちろん俺に語ってきたわけではない。彼がクラスの他の友人に話しているのを聞いただけだ。鳥谷先輩の加護で花園一派に絡まれる心配はなくなったものの、須藤とのコミュニケーションは未だに復活していないのである。

 まあ、コミュニケーションができていないのは彼に限った話ではないが……。

 悲しいことだね。

「あなたが新庄怜央よね? 少し顔を貸しなさいよ?」

 結城優紗とやらが腕を組みながら言ってきた。何か威圧的だなぁ……。

 高飛車ってこういう女の子のことを言うのだろうか? 

 顔つきもキッとしていておっかない。

 整っていて美人ではあると思うんだけど。

「うーんと、何か用?」

 俺に話しかけてくれる同級生は今のところ貴重な存在なので若干の喜びはある。だが、彼女からは敵意めいたものを感じるといいますか。

 ぶっちゃけ、仲良くしましょうって態度には見えないんだよね。

 俺が躊躇していると、結城優紗は耳元まで顔を近づけてきた。

「いいから来なさい、魔王サイズオン」

「…………!?」

 そっと小声で囁かれたキーワード。それって俺の前世の名前じゃないすか……?

 どうしてこいつが知ってんの?

「ここじゃなんだから、違う場所に行くわよ?」

「…………」

 仕方がない。俺は黙って着いていくことにした。

 結城優紗の金魚の糞になって、ノロノロと教室を出ていく。

 振り返ると、丸出さんと目が合った。彼女はとても心配そうな表情していた。

 なあに、取って食われるわけじゃあるまいさ。

 俺は安心させるようにサムズアップで応じた。



 廊下に出ると、教室から声がワァッと聞こえてきた。

「結城さんが新庄と出て行ったぞ!? どうしてあいつと……?」

「金、暴力、女……とんでもない人……ッ!」

「これは憧れの美少女がDQNに寝取られる展開……ふぅ……」

 金……? 女? 寝取られ……? 身に覚えのない要素が新たに加わっている。

 俺は彼らの想像のなかで、またさらにとんでもないモンスターに格上げされてしまったのかもしれない。

 というか、寝取られって、結城優紗はお前の恋人なのか? 彼女に恋人はいないはずだ。それはただの失恋と呼ぶのでは……?



 俺は結城優紗に連れられて校舎裏にいた。

「で、俺が魔王って何の話? そういう設定で遊びたいなら他を当たってくれる?」

 まずは初手。すっとぼける作戦で行ってみる。これで引いてくれないだろうか?

「惚けるんじゃないわよ!」

「…………」

 甲高い声で怒鳴られた。ダメだった。

 ここまで自信満々ということは何か確信できる要素を彼女は持っているのか?

 俺の容姿は昔と全然違うはずだけど。

「その魔力の波形は間違いなく魔王サイズオンのものだわ! 上手く姿を変えて人間に擬態していたみたいだったけど、残念だったわね! あたしは魔力の探知や識別にものすごく長けてるのよ!」

 魔力の波形……? ああっ、その断定方法があったか!

 こんなことなら腕力だけでなく魔力を抑えるアイテムもつけておくべきだった。

 これじゃシラを切るのは難しそうだ。

「お前は何者だ? 魔力の概念や俺の正体を知ってるってことはあっちの世界の関係者か?」

「え……? あんた、勇者だったあたしにトドメを刺すために異世界から追いかけてきたんじゃないの? あたしに近づくために高校に潜入してたんじゃないの?」

 俺が訊くと、結城優紗はポカンとした顔になる。

 やっぱり勇者だったか。

 勇者とはニアミスしてもどうせ気づかれず終わると思ってたんだがな……。

 それにしても、彼女は噴飯ものの勘違いをしているようだ。

「どうして俺がわざわざお前を追いかけなきゃいけないんだ? 俺は転生して人間に生まれ変わって、中学を卒業したから高校に入学しただけだぞ。お前がいるとか知らんわい。もっと言えば忘れてたってーの」

 ちなみに最後の部分は少し嘘だ。忘れてたと過去形っぽく言ったが、ぶっちゃけまだ思い出せていなかった。現在進行形で忘れているのである。

 魔力の扱いが上手い勇者で赤茶髪な女の勇者で……。

 ダメだな、やっぱり思い出せない。

 まったく、俺にとっては追い払った勇者のうちの一人に過ぎないというのに。

 自分を追いかけてきたと考えるなんて思い上がりも甚だしい。

 相手が自分のことを気に懸けてると思い込む。

 それはちょっと自意識過剰なんじゃない?

「え、え……? そうなの? じゃあ、あたしの覚悟は一体……」

 どうやら彼女は彼女でいろいろな決意をしたうえで俺と対峙しにきていたらしい。

 無駄な気苦労、お疲れ様である。

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