トラックエルフ ~走行力と強度を保ったままトラックがエルフに転生~ 第3話



 
「オレたちは下請けなんだよぉ。ガキのエルフが森から出てくるタイミングになるとこの森の出口付近で網張っとけって奴隷商のやつらに言われるんだ」
「どうしてそいつらはエルフが出てくることがわかるんだ?」
 ヒューヒューと呼吸が怪しい感じになりつつある男の襟首を持ってガクガクと揺さぶる。
「そ、そこまでは詳しく教えてくれない……。だけど確かな情報筋だって話してた。これまで向こうから指定された日にエルフが現れなかったことはねえ……」
 若者エルフが里を出るのはそれぞれの誕生日だ。記念日のように毎年一定なら風習の日程をサーチされて網を張られていただけということで済んだだろう。
 だが、この件はそうではない。年度によって異なる、その年に十五歳を迎えるエルフの誕生日が逐一奴隷商人に漏れているのだ。
 顧客情報の流出? いや、インターネットなんかこの世界にはないし。
 ……里に内通者がいるっていうのはあまり考えたくない話だな。
「お前らは何年前からここで仕事をしているんだ? 今までにどれくらいの人数のエルフを捕まえて奴隷商に引き渡した?」
「ここ十年はもう何人も捕まえて売り飛ばしてる……」
 なんてこった。それじゃあ俺のドライブに付き合ってくれていたあのお姉さんエルフも奴隷として売っ払われた可能性があるってことじゃねえか。
その他にも狭い里だけあって、知り合いは複数いる。ちょっと考えたくない事態になっているな。
 この数年、帰還率が著しく低下していたのはこうやってならず者どもに攫われていたからだったってことかよ。
 エルフは人と比べて長寿だ。捕まれば人の奴隷よりも長い時間苦しみが続くということになる。これはまずい。すごいまずい。
 俺の手でどうにかなる範囲を超えている。
 だって十年だぞ。その間に里に帰ってきていないエルフの大半が無理やり奴隷になっていると考えたらとてつもない人数になるだろう。
 奴隷として売られたエルフらは恐らく国中に散らばっているはずだ。
中には不幸にも命を落としてしまった者もいるかもしれない。その全員の行方を今から探し当てるなんてどれほど気の遠くなるような難易度だと思っている。
 今すぐに里に帰って報告をしたいが、出立の前に里の大人たちから総掛かりで道を惑わせる魔法をかけられたため一年が経つまでは帰ることができない。
 戻ろうとしても森の中で方向を見失って里まで行きつけないのだ。
 くそ、厄介な決まり事を作りやがって。俺が大人になったらまずはこのガバガバな決まりを変えるとしよう。
「俺を捕まえたら奴隷商と落ち合うつもりだったんだろ? とりあえずその集合場所を教えろ」
 何にしても問題を看過して暢気に旅をするわけにはいかない。俺の後には同世代のエルフたちが控えているのだ。
 輩どもは潰したとはいえ、所詮は末端。また新たな使い走りが雇われてやってくるとも限らない。これ以上の犠牲者を出さないためには本営を叩いておくしかないだろう。
「ぐっ、なんでそこまで話さなきゃ――」
 俺は恐らく折れているだろう輩の肋骨付近をふにふに押した。
 男は悲鳴を上げて脱糞した。
「こ、ここから一番近いニッサンの町ってこと以外は知らねえ……。引き渡しはお頭と幹部だけしか行かないんだっ……! 下っ端なオレは何にも聞かされてねえんだよぉ……」
 先手を取るために頭を最初に潰したのは失敗だったようだ。今後の教訓としておこう。
「頼む……助けてくれ……回復魔法をかけてくれ。エルフならできるだろ?」
 瀕死の輩は救いを求めて俺に手を伸ばす。
「すまん、俺って魔法は面倒くさいから全然呪文を覚えてねえんだよ」
「そ……んな……人で……なし……!」
 俺の言葉を受けた男は悲壮な表情を浮かべ、無念そうに息を引き取った。……いや、意地悪で言ったんじゃなくてマジなんだよ。
 ちょっとした擦り傷を治す初級魔法なら覚えてるんだけど。ここまでズタボロなやつを治せる高位回復は呪文が長くて無理。
「南無三……」
 俺はくたばった輩どもに合掌した。次に生まれ変わるときは真っ当に生きろよ。
 お勧めはトラックになることだ。
 
 
 
 跳ね飛ばした輩どもの亡骸を森の奥へ放り捨てて街道の清掃を済ませた俺は当初の予定通りニッサンの町へ向かうことにした。
 結局、奴隷商がどのような手段を用いてエルフが現れる日にちを把握していたのかは不明なまま。
 どこの商人が輩どもに指示を出していたのかも聞き出せなかった。唯一の手掛かりは取り引きが町で行われるということだけ。
 だが、取り引きのために対象の奴隷商はニッサンの町に潜伏しているのは確実だ。
 町に着いたら聞き込みをして、奴隷商についての情報を探るとしよう。幸いにも俺の次に出立するのは早くても二か月後のシルフィが最短である。その間に解決の糸口が掴めなければ出立の日に迎えに行って安全を確保してやればいい。
 この事態は下手をすればエルフと人との全面戦争に発展する可能性がある。
 もちろんそんなことにならないようには努めたいが……。その辺の問題は里の大人たちと合流してから考えよう。
 兎にも角にも、一年は里に戻れないのだ。
 俺は俺にできる最低限を地道にやって、これ以上の被害者を出さないことに善処するほかない。
 できれば一年を待たずに一人でも多く、早く助けてやれればそれがベストなんだが。
 
 
 
 砂埃を上げて風を切って、元の世界だったら間違いなく切符を切られているスピードで俺は街道を駆け抜けていく。
 広く見通しのいい街道を対向車や前の車を気にせずに突っ走る。
速度制限度外視のドライブは元の世界の常識がいい具合で背徳感を引き起こして格別なスリルと快楽をもたらしてくれた。
途中で追い抜かした馬車の御者が見せた驚きの表情は堪らなく愉快だった。
 仲間がとんでもない目にあっているかもしれないのに俺の走り屋としての性はこんな時でも疼いてしまう。
 エルフになっても根っこの本能は未だに無機物なトラックのままのようだ。
 仲間たちがどうでもいいとは思っていないが、走っているとその楽しさのほうに心が行ってしまう。
 もうトラックをやっていた年数よりエルフをやっているのにな……。いつまでも感情が車寄りなのはトラックの要素を残して転生させてもらった弊害だろうか。
 姿かたちだけ取り繕われても、俺の本質は里の家族や友人たちとは似て非なるものなのかもしれない。
 自分は親しい者たちとは違う。そう考えると少しだけ疎外感を覚えて寂しい気もした。
 
 
 
「なんだあれは……?」
 走行を続けていると、俺は前方に広がっている穏やかではない光景に気が付いた。
 
 
『グガアアァァアァ』
『ギギャァアアアァァ』
『ガアアァァアアッ』
 
「お嬢様を何としても守り抜け! テックアート家の騎士の名にかけて!」
「ぐわぁあぁあぁ――っ!」
「ああ、ダイアーンッ!」
 
 見通しのいい街道で、いかにも高貴な身分の者が好んで乗っていそうな装飾がやたらとゴテゴテした馬車がゴブリンとオークの集団に囲われていた。
 
「くそう、ダイアンが……ダイアンが……」
「諦めろ、デリック。もう手遅れだ……ッ」
 一人の騎士がゴブリンの群れに押し倒され、棍棒でタコ殴りにされて頭をかち割られる。
 どうやら彼らは野生のモンスターの襲撃にあっているようだ。
 鎧を着た騎士たちは四名、先ほど一人やられて現在三名。にも関わらず、ゴブリンとオークは三十匹を超える多勢だった。
「くっ、私を殺すなら殺せ! だがお嬢様には指一本触れさせないぞ!」
 一人の女騎士が背後にドレスの少女を匿いながら、自身の倍は丈のあるオークに剣を向けて対峙していた。
 しかし力強い言葉とは裏腹に彼女の足はガクガクと震え、剣先は乱れまくっていた。
 あれは……くっころというやつだ。
 ご主人の弟が俺の中でスマホを使って見ていたアニメで聞いたことがある。
 今度こそは間違いない。
「ぐっ……デリック、エヴァンジェリン! お嬢様のことを頼んだぞ――ッ!」
 俺がスピードを落としてこっそり接近し、馬車の背後から状況を窺っているとまた一人、巨大なオークに押し潰されて犠牲者が増えた。
「この野郎、隊長をよくも!」
 人間にしてはそこそこ美形な顔をしている金髪の男性騎士は仲間がやられたことに怒り、考えなしにオークに突っ込んだ。

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