前世が魔王だったことを思い出して最強の力を得たけど、そんなことより充実した高校生活を送りたい 八話

「本当は一人でいるところを狙いたかったが、人通りの少ない場所はこの先にはないのでな」
 風魔先輩は俺たちに歩み寄りながら不穏な発言をする。
 狙うって何!? またストーカーなの!? 都会ってストーカー多いね!
「風魔先輩? どういうことなんですか? こいつに何か用なんですか?」
 結城優紗が訝しむように訊ねた。
「なに、大した用事ではないさ。ただ、そこにいる魔の者を滅却しようと思ってな」
「滅却……? え、待って下さい、こいつはそのアレな存在ではありますけど……消さなきゃいけないような悪いやつじゃないですよ!」
 おお、結城優紗が俺を擁護している。
 これは本格的に和睦が成立したと見てよさそうだ。
 平和な学園生活に一歩近づいた達成感で心がぴょんぴょんする。
「ふむ……彼を庇うということは、君は魔の者に魅入られてしまったのだな? ちょうどいい、ここで一緒に魔の瘴気を祓って救い出してやろう」
 一方、新たなストーカーである風魔先輩は会話が通じていない。
 結城優紗の説得が逆効果となって余計に使命感が刺激されてしまった様子。
 というかさ、なんなの。その恐らく俺のことを言っているであろうそれは。
「マの者ってなんですか?」
「とぼけるな!」
 ふえん、一喝された。理不尽だ。
「貴様は魔の気配を随分と巧妙に隠していたようだが……私にはわかるのだ! 貴様の肌に触れた瞬間、全身が震えるようなおぞましい力の波動を感じたのだ!」
 力の波動? それって結城優紗が俺を見つけた魔力の波形ってやつか?
 じゃあ、この人も勇者なのか?
「風魔先輩、こいつの魔力がわかるって先輩も勇者だったんですか?」
 俺が抱いた疑問を結城優紗も感じたらしい。先んじて訊いてくれた。
「勇者? 何の話だ? 私は対魔の力を受け継いだ古の一族……対魔人(たいまにん)だ!」
「た、対魔人だって!?」
 俺は大声を上げて後ずさる。そんな……勇者じゃなくて対魔人だなんて!
「あんた、知ってるの?」
「いや、知らないけど」
「紛らわしいわね!」
 だって、驚く場面かなって。そういう空気読むところかもしれないなって思って。
「白々しい! 魔の者ならば我らを知らぬはずがあるまい! 何百年にも渡って互いに殺し合ってきた宿命の敵同士なのだから!」
 その対魔人? とかいうのが先輩の虚言や妄想じゃなかったとして。
 俺は別に魔の者ではない。だからそんな宿命は知らぬのだ。
「先輩は俺が魔の者だって確実に言えるんですか? 魔の者に会ったことがあって、それと俺が同じだって間違いなく言えるんですか?」
「ふむ、確かに近年は魔の者もすっかり衰退し、実際に私が魔の者を見たのは随分と昔に一度きりしかないが――」
 ほらやっぱり。不確かな記憶しかないんじゃないか! 
 それでは俺がそうだと言い切れるわけがない。
「先程も言っただろう? 私は貴様に触れて力を感じたのだ。あの禍々しい力の波動は魔の者以外あり得ない」
 恐らく、風魔先輩は魔力やそれに類似する力を察知する能力があるのだろう。
 だから俺に流れる魔族の魔力を感知することができた。
 けど、風魔先輩が魔の者とかいうやつらに会ったのは一度だけらしいから、きっと魔族の魔力とそいつらの力の区別がつかなくて間違えているに違いない。
「我らは魔の者を祓い、人々を守ることが使命の一族だ。邪なる力を持つ者よ、観念して対魔の力で浄化されるがいい」
 勘違いをどうやって正そうかと思いつつ。現代日本にもこういう人たちいたんだなぁ……と俺は少し感動していた。
 要するに風魔先輩って陰陽師とかエクソシストとか、そういう系統の人だよね? 宇宙人も実在したし、空想の産物もあながちバカにできないな。
 心霊特集って嘘っぽくて下らないと思ってたけど、本物がいるならこれからはもっと楽しく見れそうな気がする。
「奥義を習得してからは一回も会えたことがなかったからな……。これでようやく修行の成果を発揮することができる」
「…………」
 風魔先輩は喜色に満ちた表情を浮かべていた。
 あれ? この人、自分の力を試したいだけでは?

 風魔先輩はポケットから10センチほどの棒を取り出した。
 それは伸縮式の指示棒だったようで、先輩が引っ張ると60センチほどの長さに伸びた。
「いざ、参る」
 風魔先輩は指示棒をまるで剣のように片手で握り、鋭く一振りしてから下段に構えた。
 あーよくやったなー。その辺の棒を拾って剣みたいに振って遊ぶやつ。
 これが伝説の剣だ! とか言ってたっけ。
 風魔先輩、大人っぽい雰囲気なのに未だにそういう遊びやるんだ。なんて思っていたら。
「ふぁ……!?」
 棒の形状がグニャリと変化して日本刀の形に――いや、日本刀そのものになった。
 俺の驚いた反応を見て、風魔先輩はニヤリと不敵に笑った。
「退歎刀(たいたんとう)……人々の歎きを退けるための刀だ。お前たち魔の者にとっては因縁深い武器だろう?」
 自慢げに言われるけど、魔の者じゃないのでそんなん見たことないわい。
「えっ? どうなってるのよ? ただの細い棒が日本刀になっちゃった? 風魔先輩は魔法が使えるの? 勇者じゃないなら転生者ってこと?」
「テンセイシャ……? これは風魔家に伝わる秘術だ。いつ、いかなるときでも速やかに魔の者を狩ることができるように……不測の事態でも常に剣を持って戦えるようにと編み出された対魔の奥義。私が剣を連想できるものならすべてのものが退歎刀になり得る」
 結城優紗の疑問に淡々と答える風魔先輩。
 地球には魔法ではない特異な力が存在するみたいだ。
 15年近く生きてきてそんなの全然知らなかったよ。
「魔の者よ、この退歎刀の錆となるがいい」
 風魔先輩は威風堂々と、ゆったり歩きながら間合いを詰めてきた。そして、
「おりゃあああああ!」
 声を上げて、刀の切っ先を俺に思い切り突き刺してきた。
「ちょっ……風魔先輩、マズいですって!」
 結城優紗が叫んで焦る姿を尻目に、俺は異空間から一本の剣を取り出して握った。
 ガキィンッ! 風魔先輩の刀を剣で受け止める。
 俺の抜いた剣は目映いほどの輝きを放ち、周囲が一瞬だけ真昼のような明るさになった。
「ぐっ! なんだこの光は!?」
 風魔先輩は目が眩むほどの光に反応して素早く後方に跳躍する。
 おお、何気に脚力すごいな……。
 3、4メートルくらいをひとっ飛びだったぞ。ギネスいけるんじゃね?
「ちょっと! それ……!」
 結城優紗がわなわなと震えている。俺を指差して何かを伝えようとしてるようだ。
「ああ、どこから取り出したってことか? これは次元魔法で――」
「それ、あたしの聖剣じゃない! トランセンドキャリバー! 何であんたが持ってんの!?」
 ランドセルカバー? 待って、何の話だ?
「だから、その剣! あたしが異世界で使ってた聖剣なの! 魔王城で負けた後はどうなったんだろうって思ってたらあんたがパクってたのね!」
「これ、お前のだったの? 勇者の誰かが城に落としてったのは覚えてたんだけど。でも、もう俺のでいいでしょ? 遺失物法とかそんなやつだ」
「いいわけないでしょ! あんたに倒されたせいで落としたんだから! そんなの強盗と一緒よ! 返しなさい! せっかく少し見直しかけてたのに!」
 ワーワーとやかましい。
 こいつの気性的にさらに強い力を持たせるのは危険だから一生返さないでおこう。
「凄まじい聖なる気……どういうことだ……」
 風魔先輩が信じられないものを見たような顔になっていた。

「馬鹿なッ! なぜ魔の者がこれほどまでに聖なる気を放つ武器を扱えるのだ! 魔の者が聖なる気に触れれば身を焼き焦して姿を保てなくなるはずだ!」
 ほう、風魔先輩は俺の魔力と聖剣の放つ光属性の魔力の違いがわかるらしい。これは思ったよりも確かな異能を持っているようだ。でも、魔力を『気』とか言ってるのでやっぱり似たようで別の力と勘違いしてるのだと思う。
「俺が魔の者じゃないからってことで納得できませんか?」
「できるわけがない! 私は貴様に触れたときに魔の波動を感じたのだ! そこの彼女とも歩きながら魔がどうとか王がなんたらと話していたではないか! 貴様は魔の者の王だろう!?」
 結城優紗との会話を聞かれていたらしい。盗み聞きとは感心せんですなぁ。
「だから、俺は魔王であっても魔の者の王じゃないんで」
「たとえ規格外の能力を持った魔の者であっても負けてなるものか……。私の対魔人としての誇り、そして人としての尊厳のためにも……貴様ら魔の者だけには決して負けない!」
 話通じねえ。
 結城優紗もそうだったけど。
 敵を倒す系の正義に目覚めた人間はどうして思い込みが強くて変なところが頑ななのか。俺は仕方なく肉体言語で対話して説得することにした。


「くっ、負けた……」
 数分後、風魔先輩は地面に片膝を着いてうなだれていた。大雑把で力強い打ち込みを彼女の刀であえて防がせ、腕力の差をわからせるようにしてやったらみるみるうちに心を折ることができましたよ。
 重い一撃を連打して気力を削いで勝てないと身体に教え込む戦法である。
 激しい剣の応酬を演じて、それなりに形作りをしてあげてもよかったんだけどね。
 彼女のプライドは無視で手短に片付けた。ほら、聖剣の光で目立っちゃったし?
 人が集まって来ないうちに終わらせないとって思ったからさ。
 ただ、後で風魔先輩に聞いた話によると、道の一定区画に人払いの護符を貼っていたからそういう心配をする必要はあまりなかったらしい。
 敗北を認めた風魔先輩は俺をまっすぐに見据えて高らかに叫んだ。
「私はお前に勝てなかった! 不浄の穴でもなんでも好きにしろ!」
「いや、あんたは何言ってるんですか……?」
 この人、とんでもないこと言わなかった!? 穴ってなんすか穴って。
「ん? 魔の者は乙女の不浄の穴を常日頃から狙っているのだろう? そこを苗床にしたがるんだろう? 負けたからには潔く捧げてやると言っているんだ……ッ」
 どこで得た知識だよ……。勝手に決めつけて捧げてくるな。
「ねえ、ふじょーのあな? ってなに……?」
 結城優紗が辿々しい口調で訊いてくる。
「ケツの穴だろ」
「は? け、けっ!? ヘ、ヘンタイ! バカバカっ!」
 ペチペチと俺の肩を叩いてくる結城優紗。なぜ俺を叩く……。
「さあ、自由にするがいいさ! だが、私はいくら貴様らに後孔を嬲られても絶対に……絶対に屈したりしないッ!」
 風魔先輩は歯を食いしばり、スカートの袖を強く握りしめて睨んでくる。
 腹を括って辱めを受けてやろうという気概が伝わってくる。
 いや、待って? 一人でいきなり18禁モードに突入しててドン引きなんですけど。
 この人、偏ったメディアから間違った情報を仕入れて脳内が汚染されてるよ……。
「あのですね、確かに俺は前世で魔王と呼ばれる存在でしたが、今は普通に人間です」
「前世……? 生まれ変わりというやつか?」
「そうです、そういうやつです。で、先輩が俺に感じたのは前世から引き継いだ魔力って力だと思うんです。人間離れしたことはいろいろできますけど、別に悪い力じゃないんですよ。ほら、あの光る剣……聖剣だって使えてたでしょう?」
 ぶっちゃけ、聖剣が使えたのは俺も想定外だったが。俺が扱えたのは転生して肉体が人間になったからだと思う。魔力は魔族由来のままなのにね。
 聖剣は魔力じゃなくて肉体で判断してるってことなのかな?
 考えるの面倒臭いんでどうでもいいけど。
「では、君は魔の者ではないのか?」
「ないですよ」
「なら、不浄の穴にも興味は……」
「ねえよ!」
 そもそも魔の者じゃないし!
「そっか、興味ないのか……」
 風魔先輩は消沈したように俯いた。
「ちょっと、なんか残念そうにしてないですか……?」
「し、していないッ! 全然、期待なんてしてなかった! これっぽっちも!」
 顔を真っ赤にして早口で否定されると怪しさが余計に増すんだが。

「その魔の気は前世の力を受け継いでいるだけだということはわかった」
 敗北した風魔先輩は俺を狩ろうとするのを諦めてくれた。
 誤解も解けて万事解決――と思ったのだが。
「現在の君が魔の者ではないことは信じよう。だが、魔の者であった頃の記憶がある以上は油断できない。君がいつ前世の性質を取り戻して、乙女の不浄の穴を狙う存在になるかわからないからな」
 前世だって別に興味はなかったんですけど!? 
 前世はそうだったみたいな決めつけやめてくれません?
 あと、魔の者じゃなくて魔族な! 誤解、解けてない!
「君も彼の近くにいるつもりなら気をつけておきたまえ。魔の者は気が強い女子の穴を特に好むと聞く」
 風魔先輩が結城優紗に視線を送って忠告した。何言ってくれちゃってるんだコイツ。
 結城優紗、真に受けるなよ?
 なんか深刻そうに頷いてるけど。
 風魔先輩の中で『魔=不浄の穴を狙う存在』という図式は確定しているらしい。
 それ、そもそも本当に正しい情報なんすかね……。
 ソースどこよ。とても疑わしい。
「俺の前世は地球に住む魔の者とは別種だと思うんですが……」
異世界の種族だし。
 極端な話だけど、魔族って寿命とか平均魔力量が違うだけの人間ですぜ。
「ふむ……言われてみれば少し違ったかもしれない。だが、禍々しさを感じたのは同じだ。日本米とタイ米くらいの違いでしかない」
 その例えは何なの……。
「あの腕力で屈服させるような戦い方は実に『らしさ』を感じる要素だったぞ……はふぅ……」
「…………」
 結局、風魔先輩は俺を敵視することはやめてくれたが『魔の者』と完全に無関係だとは認めてくれなかった。
 おまけに連絡先の交換を迫られ、魔の者としての衝動が抑えられなくなっていないか定期的に確認させてくれと頼んできた。
 もし衝動が抑えきれなくなったら真っ先に知らせて欲しいとも言われた。
 それはもう非常に熱心に……。
「やれやれ、風魔先輩も困った人だったな」
「ええ、そうね……」
 風魔先輩が去り、二人になった後で話しかけると結城優紗の態度はなぜかぎこちなかった。
 なんか、不自然に身体の正面しか俺に向けてこないような……?

「結城、おはよう」
「ひっ! し、新庄、おはよう……」
 それからしばらく。結城優紗は俺と会うと、警戒したように尻を押さえて後退りするようになった。
 だから興味ねえって言ってるだろ!
 魔の者とかいう輩共のせいでとんでもない風評被害だ……!
 もしそいつらを見つけたら絶対に一発殴ってやる。俺は心に決めたのだった。

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