「邦(くに)から遠い」(3) staatsfern(シュターツ・フェアン)(3)

 「ドイツ第一放送」は、後に全国放送番組部分を呼ぶために名付けられたもので、本来は、組織自体をARD(アー・エア・デー)という。これは、実は非常に長い名称の略語で、この長い名称を日本語訳にすると、「ドイツ連邦共和国の公法的放送公共諸施設の作業共同体」となる。ARDの「D」は、直ぐにドイツから来ていると推察が付くであろう。「R」は、die Rundfunkanstaltディー rルントフンク・アンシュタルトという女性複合名詞から取ってある。Anstaltとは、非特定多数の公衆が利用する、公共の用に益する施設を一般的に指し、プール施設、特定の病院、更には、刑務所までもがドイツ語のこの言葉で呼称されることがある。Rundfunkは、直訳的に訳すと、「一円全方位通信」と訳せる言葉で、ラジオ・テレビを含めた「放送局」を意味する。

 そして、ARDの「A」が、die Arbeitsgemeinschaftディー アrルバイツ・ゲマインシャフトという女性複合名詞から来ている。「アルバイト」というと、日本語では、「学生アルバイト」的に、一時的な非正規雇用により金を稼ぐ活動を指すが、ドイツ語では、「仕事、勉強」などの意味になり、ここでは、「作業」と訳してみた。また、「ゲマインシャフト」も、利益社会に対してペアとなる社会学の用語として日本語でも通用している言葉であろう。

 それでは、ARDが、なぜ公共放送体の「作業共同体」かと言うと、それは、前の投稿で述べてあるように、ARDが基本的に州レベルの公共放送局が土台となり、これらの州公共放送局が寄り集まって連邦全体向けの放送番組を協働で作成して、それを全国レベルで放送するからである。

 ARDの全国版の番組の試験放送が始まったのが、1950年で、その時には西ドイツにあった六つの州放送局が寄り集まっていた。その後は、既存の北ドイツの放送局が分割されたり、戦後フランスに管理されていた現ザールラント州が西ドイツに戻ってきたり、また、東西ドイツ再統一後の1992年にドイツ東部州に二つの州放送局が出来たことなどにより、2024年現在では、九つの州放送局が、ドイツの海外向け放送局Deutsche Welleドイチェ・ヴェレと共に、ARDを構成している。ARDを構成している各放送局が持っている放送番組を数え挙げると、ウィキペディアによると、11のテレビ放送番組、55のラジオ番組となり、世界30ヵ所に合計100名に及ぶ特派員を送っている。また、音楽関連では、16の放送局所属のオーケストラ、八つの合唱団を保持しており、ドイツの音楽文化を支えているのである。

 ARDの組織と協働作業の在り方は、1950年以来存在する定款によって取り決められており、各州放送局の組織に対応する形で、ARDは組織されている。まず、各放送局には、劇場の総支配人のように、Intendantインテンダントがおり、これらの放送局局長が集まる会議が定例主要会議として開催される。この会議で、年度初めに、ARDの活動の業務執行を代表として執り行う放送局が持ち回りで決められ、その放送局の局長がARD会長となる。会長職は二期、二年までが連続で可能である。また、この局長会議に、年三回であるが、更に、各放送局の放送協議会議長、経営協議会議長が加わる拡大主要会議が存在する。一方、年に十回程度であるが、放送局局長が参加しない、各放送局の放送協議会議長及び経営協議会議長のみが集まって協議する協議会議長会議も存在する。

 2006年にはARD会長の下で業務する事務総局が首都ベルリンに設けられ、それを統括する事務総局長が五年を任期として置かれている。この事務総局長が、ほぼ二年毎に替わるARD会長を支える形で、ARDの戦略的なポジショニング、対外的なARDの利益代表、広報活動の責務を担う。

 それでは、ARDの番組編成はどうであろうか。このためには、番組編成担当部長がおり、ARDの全国版のテレビ放送「Das Erste第一」の番組を、各州放送局局長と共に決めていき、また、各州放送局が全国放送向けに制作する番組をコーディネートして、放送日程に合わせて時間通りに制作がなされるように調整していくなどの仕事をこなす。この番組編成担当部長は、上述の各州放送局局長が集まる主要会議で、参加者の3分の2以上の賛成を以って最低二年以上の任期で選出される。尚、番組編成担当部長には、その諮問機関として「番組参事会」を付けることも場合によっては可能である。

 ARDの主要テレビ放送番組は、「Das Erste第一」であるが、その本部は、バイエルン放送局の本部があるドイツ南部のミュンヘンに置かれており、バイエルン放送局が技術的サポートをしている。一方、番組のフォーマットとして「ARDアクチュアル」というニュース番組があるが、これは、今度は、北ドイツ放送局の本部があるハンブルクで制作されているものである。ARD自体が共同の施設として首都ベルリンに「ARD首都スタジオ」を設けているが、その技術的サポートは、地理的条件により、ベルリン・ブランデンブルク放送局が行なっており、この放送局の本部は、ベルリン近郊にある文化都市Potsdamポツダム市に置かれている。

 以上、見てきたように、ドイツには公共放送として全国版がARDとZDFの二本あるだけではなく、ARDの組織編成の在り方から分かる通り、州公共放送局が基本であることから、州の「地元の」放送局自体が独自の、言わば「第三チャンネル」を持っており、ドイツでは少なくも三本の公共放送チャンネルが見られる訳である。日本のNHK総合テレビでは、本部で番組編成の大枠が決めれれ、地方放送局が制作した分がローカル放送的に挿入されるのとは異なっていることもここでは注意したい。ここにも連邦制に基づく地方分権が生かされていると言えるし、地元のニュースを全面的に取り上げる「第三チャンネル」が存在することにより、インターネット化に対抗するテレビ放送の存在意義もまたここに見出せるのである。

 しかも、ARDは、「総合テレビ」として「Das Erste第一」テレビだけではなく、NHK教育テレビに似た教育放送番組「ARD alpha」や、青少年層向けの娯楽番組「One」を、また、ニュース・情報専門で、24時間提供のチャンネル「tagesschau24」も持っている。「tagesschauターゲス・シャウ」とは、メインで毎日20時から15分間放送されるARDの主要ニュース番組である。「tagesschau24」というチャンネル名称は、これにあやかっている訳である。尚、ZDFがメインで毎日19時から20分間流すニュース番組は、「heuteホイテ」といい、heute、つまり「今日」のニュースをまとめたものである。「ターゲスシャウ」と「ホイテ」と見比べて、その編集の在り方の違いを見ることは、メディア情報の読解能力を視聴者として高める上でも、「一興」であろう。

 ARDのチャンネルはこれだけではない。ZDFと共同で、児童向けの番組「KiKA」も提供しており、さらには、同じくZDFと共同で、隣国フランスの放送組織Arte Franceと協力して、独・仏語の二カ国語放送番組「Arte」も行なっており、このような国外メディアと協力して制作するフォーマットとしては、ドイツ語圏向けのチャンネル「3satドrライ・ザット」も、オーストリア及びスイスのドイツ語圏の公共放送局と提携して提供している。

 以上、ドイツの全国レベルの公共放送局としてのARDの組織と番組編成を見てきた訳であるが、表題の「staatsfern邦(くに)からの遠い」という問題がドイツの公共放送局で如何に確保されているかは、ARDを構成している各州公共放送局の組織自体を見ないと分からない訳で、この点については、次回の投稿で述べることにし、本稿を終えるに当たり、今度は、日本のNHKに当たるZDFの組織の在り方に触れておきたい。

 ZDF、つまり「第二ドイツ・テレビ放送」には、もちろん、「定款」があるが、その土台として、連邦にある各州が締結した「州締結契約書」なるものが存在し、この「契約書」によると、ZDFには、三つの上部組織機関が設けられている。即ち、「テレビ視聴協議会」、「経営協議会」、そして、「ZDF会長」である。「ZDF会長」は、NHKとの比較で、意図的に「会長」と命名してあるが、ドイツ語では、Intendantであり、各州公共放送局の「局長」と同じ名称である。この「ZDF会長」は、NHK会長とは異なり、「経営協議会」から選ばれて選出される訳ではなく、「テレビ視聴協議会」から5分の3の多数決で、五年の任期で選ばれる。この「会長」が、「テレビ視聴協議会」が決定した方針に沿って、対外的にZDFを代表し、ZDFの業務を遂行するのであるが、それでは、「経営協議会」はどんな役割を演じるかと言うと、番組編成内容には原則的に関わらずに、基本的に財務面でのチェックを行なう「監査委員会」と考えていいのである。

 以上の関係を日本の国政に当てはめると、「テレビ視聴協議会」が国会に、「ZDF会長」が、首相に、「経営協議会」が財務省・会計検査院に、大雑把に言って、それぞれ当たると言えよう。「首相」と比較された「ZDF会長」は、その「内閣」の構成員たる「大臣」を「経営協議会」の承認を得て、指名するが、その下には、ZDFの組織が言わば「官僚組織」のように機能して、「国会」に当たる「テレビ視聴協議会」の議決案を実行に移すという関係である。その「大臣」に当たる存在が、「番組編成部長」、「ニュース担当編集長」、そして「業務執行部長」である。

 これに対し、「経営協議会」は、NHKの「経営委員会」と奇しくも同数の12名で構成されている。四名は、16の州の州首相が出来るだけ全会一致で選んだ州の利益を代表する人物である。残りの八名は、「テレビ視聴協議会」で5分の3の多数で選ばれた人物で、「会長」と同様にその任期は五年である。こうして構成された「経営協議会」は、「テレビ視聴協議会」で選ばれた「会長」との雇用契約を結び、その業務を監督する。また、「会長」が策定したZDFの年次予算と年次報告を、「テレビ視聴協議会」での承認に先駆けて、協議する権能を有する。という訳で、「テレビ視聴協議会」こそが、ZDFの「国権の最高機関」であり、ここに選ばれてくる「議員」選出の在り方が、民主主義国家における民主主義的公共放送機関の在り様を決めていると言える。

 「テレビ視聴協議会」は、最高60名で構成される協議体である。そして、その第一の役割は、ZDFの放送番組編成における基本方針を議決し、「会長」がその方針に沿って具体的に編成した番組内容を監督することである。

 それでは、この協議体の構成員はどのように選ばれてくるのであろうか。端的に言えば、ドイツ社会を構成する様々な階級、階層、職能団体、公益社団法人などから四年を任期として選ばれた代表者がこの協議体を構成する。但し、村から連邦のレベルに至る政治・政策の決定に関わる人間を除いた代表者である。ここに既に、表題に挙げた「邦(くに)からの遠さ」が出ているであろう。

 まず、州政府の政権には関わらないが、その州の利害を代表する代表者16名が「テレビ視聴協議会」の構成員となる。同時に各州からはその州に割り当てられた16の分野、例えば、ハンブルク州からは音楽分野の代表一名という具合に代表者が選ばれて構成員になる。政治の分野からは、更に、連邦政府の代表者二名や全国市町村会議の代表一名がこれに加わる。職能別に見ると、各種労働組合関係者と経営者諸団体から、それぞれ四名の代表者が送られてくる。また、ドイツはキリスト教国家であるので、当然にキリスト教団体からの代表者、カトリック派、プロテスタント派の代表者がそれぞれ二名、さらに、宗教界からはユダヤ教組織の代表者が一名これに加わって、「テレビ視聴協議会」に出席する。残り12名は、様々な公益社団法人連盟から送られた代表者で、社会福祉団体から四名が、環境保護団体から三名が、その他に、新聞社連盟、ジャーナリスト連盟、LGBTIQ連盟からもそれぞれ一名が、「テレビ視聴協議会」に送られてくるが、ある連盟が代表者を送るか送らないかは、その連盟の決定に任されており、その連盟が送らないということになれば、そこは欠員となる規定である。故に、「テレビ視聴協議会」は最大60名という人数である。

 こうして構成された「テレビ視聴協議会」は、三ヶ月毎に定例協議会が執り行われ、構成員の五分の一の要求があれば、臨時協議会が開催される。また、「テレビ視聴協議会」には、各種委員会が設けられており、ZDFの放送番組編成に関わる問題が様々に、そして、個別に議論され、定例・臨時協議会の議事内容と同様に、委員会での議論もその内容の要諦が公表されることが原則である。

 以上、同じ公共放送体であり、同じく「受信料」によって賄われているZDFは、日本のNHKと較べて、少なくとも連邦レベルでは、限りなく国家権力から「遠い」存在であることが理解できたであろう。翻って、日本の状況を鑑みるに、日本のある批判的知識人がNHKのことを次のように揶揄していたことが、思い出される。彼は、「NHK」を「日本報国協会」の略であると言ってのけたのである。

 確かに、それだけが唯一の評価価値基準ではないであろうが、「国境なき記者団」が毎年発表する「世界報道自由度ランキング」は、メディアと政治権力の関係を考える上で、一つの目安になるであろう。最近出た2024年度のランキングでは、ドイツは前年の21位から一挙に11位上げて10位を獲得した。カナダが今回14位であったので、ドイツは、G7の所謂「先進国」の内でランキング上、最も「成績」がよい「優等生」となった。一方、一応G7国の一つに数えられている日本は、前年より2位下げて、今回は70位となった。これは、G7内では最下位の数字であり、今回67位のハンガリーよりも更に悪い数字である。因みに、ハンガリーは、現政権下で国家主義的乃至は権威主義的な政策が行なわれており、EU内でその民主主義的法治国家としての評価が危ぶまれている国であることをここで言い添えておこう。

 それでは、次回は各州の州放送局の組織的体制と、州放送局が如何に「邦(くに)から遠く」あるための方策が採られているのかを見てみようと思う。

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