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次は台湾が危ない~中国の強硬姿勢が止まらない(2/3)

前回(1/3)は、中国による台湾政策が、現実的な政策から強硬策に転じ、台湾を国際場裏から締め出すようになった流れをたどりました。

第二週は、中国がその経済力を背景に、台湾と国交を有する中小国を手なずけ、台湾との断交を迫ってきたこと、さらに「一つの中国」についての台湾に対する要求水準を引き上げ、それがかえって台湾の人々の反中感情を高めることとなった流れを追います。

断交ドミノ

中国は、台湾を国際社会の舞台から執拗に追い出し、その外交力をそぐことに注力してきました。そして、もう一方で、台湾と国交のある国々に接近し、国交を切り替えるよう迫りました。

まず、蔡英文が総統に就任した僅か7か月後、16年12月にアフリカのサントメ・プリンシペが台湾と断交し、中国と国交を結びましだ。次いで、17年6月、中米パナマが中国に国交を切り替えました。

パナマ運河を擁する重要国が中国に取り込まれたことに、台湾は大きなショックを受けました。蔡英文は総統就任翌月の16年6月、最初の外遊先としてパナマを訪問するほどに、パナマとの関係を重視していました。この時、パナマでは、パナマ運河拡張工事の落成を祝う式典が開催され、蔡英文総統はこれに参列しました。

パナマ運河利用の最大の顧客は米国ですが、中国は米国に次ぐ第二の利用国です。この拡張パナマ運河の開通式典では、抽選で当選した中国船が最初の通過船となり、式典会場で見上げる賓客の前を誇らしげに通過していきました。巨大な中国船の威容を拍手で見送る立場となった蔡英文は、どのような心持ちであったでしょう。そして、その1年後、パナマは台湾と断交し、中国と国交を結んだのです。

中国は、パナマにとって、重要な顧客でした。一方で、中国はパナマ運河に依存しすぎることで自らの立場を弱くすると悟り、同じ中米のニカラグア運河の構想や南米の大陸横断鉄道などの構想に積極的に協力し、パナマ運河への依存を相対化する動きをとっていました。そのような動きが、逆にパナマに対する圧力になったものと思います。

しかし、中国による台湾国交国に対する切り崩しはこれにとどまりませんでした。

18年5月、中米のドミニカ共和国とアフリカのブルキナファソが、8月には中米のエルサルバドルが、それぞれ台湾から中国に国交を切り替えました。19年9月には、大洋州において、ソロモン諸島とキリバスがそれぞれ台湾と断交し、中国と国交を結びました。

ソロモン諸島は、中国と国交を結んだ翌日、首都の北東20キロに位置する島を丸ごと中国企業に最長75年間貸し出す契約を結んだと報じられ、軍事拠点化も懸念されています。ソロモン諸島とキリバスに対しては、アメリカとオーストラリアの両国政府が台湾と断交しないよう、水面下で働きかけていたと言われていますが、奏功しなかったようです。(ソロモン諸島で最大の人口を抱えるマライタ州では、その後台湾との断交に反発する動きが広がり、歴史的な独立運動ともあいまって、20年9月には独立投票の計画が浮上しました。)

中国は、巨大経済圏構想「一帯一路」への取り込みとそれにともなう巨額の融資、国連安全保障理事会の非常任理事国選挙などでの支持と引き換えに、これらの国を次々に手中に収めていったのです。

最後の砦、バチカン

中国が外交関係を持つことができないでいる国は、大洋州や中南米に多くあります。そのため、中国は、その巨大経済圏構想「一帯一路」を、シルクロード現代版という本来のコンセプトから大きく逸脱させ、大洋州や中南米にまでこれを拡大し、これらの地域との関係強化を図ってきました。

しかし、このような経済的利益によっては決して落とすことができない重要国があります。それが、バチカンです。バチカンはヨーロッパで唯一中国が外交関係を結ぶことができていない国なのです。

中国とバチカンの関係改善は、中国におけるキリスト教の扱い、より具体的には、バチカンによる中国の司教任命の問題をどのように取り扱うかにかかっています。

50年、中華人民共和国成立の翌年に、中国は自国のキリスト教に対する海外からの影響を排除することを宣言します。そして、翌51年には、バチカンによる司教任命を内政干渉と非難し、バチカン大使を追放、国交を断絶しました。

その後も、バチカンによる中国の司教任命は続き、これを受け入れる中国のカトリック教会は「地下教会」として存続しました。このため、中国のカトリック教会は、中国政府の公認を受ける教会(中国天主教愛国会)とバチカンに忠誠を誓う地下教会とに分かれているのが現状です。


中国政府としては、外交関係を拡大したいという考えとともに、国内でこのように政府の十分なコントロールを受けない巨大組織が、外国の影響を受けて存在している状況を解消したいという思惑があります。また、中国が国交開設をもくろむ中南米諸国にはカトリック教徒が多く存在します。バチカンと国交を回復することで、これらの中南米諸国との国交開設が大きく前進することが見込まれます(さらに、現在のフランシスコ法王が南米アルゼンチン出身であることも後押しになる可能性があります)。

しかし、中国とバチカンの関係は、歴代ローマ法王の方針と中国国家主席の思惑により、関係改善と冷え込みを繰り返してきました。現在の習近平国家主席は、その国際的基盤の強化のためにも、バチカンとの関係強化を特に重視しており、そのため近年は両国の顕著な接近が見られます。

現在のフランシスコ法王は13年3月13日に法王に選出され、習近平国家主席は翌14日に国家主席に選出されました。ほぼ同じタイミングでトップに就任した二人は、互いに祝電を送り合いました。これが両者の関係改善の始まりでした。

14年には、法王が搭乗する航空機の上空通過を中国が歴史上初めて認めており、これを受けて、フランシスコ法王は習近平に親善メッセージを送りました。16年にはフランシスコ法王が初めて中国任命の司教と接見しました。
16年5月に、バチカンの要人が「フランシスコ法王は、中国を訪問する最初の法王になるかもしれない」と発言したと伝えられました。

10月には、フランシスコ法王は「中国とバチカンの関係は修正しなければならない。私たちはこの問題についてゆっくりと話し合っている。ゆっくりと行うことはいつもうまくいくものだ。」と述べ、両者間の協議が着実に進んでいることを示唆しました。

その具体的な成果が公にされたのは18年9月でした。バチカン代表団と中国政府の協議により、バチカンがこれまで承認してこなかった中国任命の司教7人につき、その妥当性を認めたと発表されたのです(うち1名が、19年8月に正式にバチカンにより司教に任命されました)。この18年9月のバチカンによる中国任命司教の容認は、両者間で中国内の司教の任命にかかる文書に署名が行われたことを受けてのものであることが、その後明らかになりました。

合意には2年間の期限が設けられましたが、その内容、つまりどのような条件、段取りで中国内の司教を決定、任命するのかということは公表されていません。ただ、この時の任命方式が今後一般化していくと、まず中国政府が任命した司教を、バチカンが追認するという形で双方のメンツが保たれるともとれます。その場合、中国が任命する前に、中国政府とバチカンとの間で人選につき十分な調整がなされるか否かが焦点となるでしょう。

過去にバチカンがベトナムと合意した方式として、ベトナム側が司教の候補者リストを提示し、その中からバチカンが司教を選んで任命するという方式をとりました。そのような方式も含め、任命にあたって両者が十分に納得する形で調整が行われていくこととなれば、中国・バチカン間の国交回復への重要なステップになるとみられます。

その後、19年4月から北京で開催された「北京国際園芸博覧会」に、バチカンが初めて出展しました。中国側の招待を受けたもので、バチカンの要人も現地を訪問しています。また、20年2月には、バチカンのギャラガー外務長官と中国の王毅外相の間で、両国初の外相会談が開催されました。

さらに、18年の合意が2年の期限を迎えた20年10月、合意の期限を更に2年延長することが発表されました。まさに、「ゆっくりと」ですが、しかし着実に関係改善のプロセスが継続、進展していることを伺わせています(一方で、中国政府による地下教会信者に対する弾圧が強化されているとして批判が高まっています。ポンペイオ米国務長官は20年10月、「合意を更新すればバチカンの道徳的権威は危うくなる」と批判しました)。


「一中各表」から「一国二制度」へ

外交戦における中国側の圧倒的な優位の中、習近平主席は台湾に対する要求水準をますます引き上げています。中華人民共和国建国70周年を迎えた19年1月、習近平は初めて台湾に関する包括的な演説を行いました。

この中で、習近平は、中国と台湾の平和統一の実現、「一国二制度」の適用、「一つの中国」原則の堅持、中台の融合・発展、統一意識の増進を訴えたのです。特に「一国二制度」の適用については、従来より、台湾は国民党も含め強く反発しているものです。

「92年コンセンサス」が「一中各表」(「『一つの中国』という共通理解と、各々がその意味内容を表現する」)を意味するのであれば、その考え方は、「一つの中国」に「二つの制度」という「一国二制度」と矛盾しないようにもとれます。しかし、「一国二制度」は香港やマカオに適用されているものであり、その流れを前提とすれば、中華人民共和国のもとに統一されることを含意することは明らかです。

習近平主席は、演説の中で、「一国二制度」の「台湾版」を検討するという言い方をしましたが、これはバージョンの違い、つまり「二制度」のあり方に香港・マカオとの違いを認めるものであり、「一国」が中華人民共和国であるとの意味合いを変えるように受け取ることはできません。したがって、それまでの「92年コンセンサス」の受け入れ要求より、さらに要求水準を上げたものなのです。

これに対し、蔡英文総統は、「中華民国・台湾が存在するという事実」「台湾の民主体制」を台湾の二つの核心的利益と位置づけ、習近平主席の演説はこれと衝突するものであり、台湾人として絶対に受け入れられないと強く批判しました。元来、蔡英文総統の大陸政策は、穏健な「現状維持」です。しかし、その「現状維持」を守るために、中国の強硬姿勢には強く対抗していかなければならなくなったのです。

前述のとおり、「92年コンセンサス」は明示的な文書の形で存在していないため、その意味内容も時と場合によって異なって表現されてきています。習近平主席は、近年、「一中各表」の「一中」の部分にしか言及しないことが多く、これまでも台湾に対する要求水準を高めてきていることが伺えました。この演説でも、「中台は共に一つの中国に属し,共同で国家統一を目指す努力をするという『92年コンセンサス』」という形で言及し、台湾側にとって重要な「各表」の部分を無視しています。

習近平は、「92年コンセンサス」の受け入れを「一つの中国」原則の受け入れへと変質させ、さらにそれを「一国二制度」の台湾版へと高めようとしているのです。この演説では、さらに、「台湾問題は中国の内政問題であり、中国の核心的利益と中国人民の民族感情にかかわることだ。」「外部勢力の干渉とごく少数の台湾独立・分裂主義者に対処するため」「武力行使を放棄することは承諾しない」とし、武力行使をも辞さない姿勢を強調しました。

台湾の人々の反発と蔡英文の再選


このような中国の強硬な姿勢は、かえって蔡英文総統に対する台湾内での支持率を高めることになりました。特に、「一国二制度」が適用されている香港において、3月以降、容疑者の中国本土への引き渡しを可能にする条例改正に対するデモの発生と治安当局との衝突が繰り返され、中国がこれに介入する素振りを見せると、台湾内においても「一国二制度」への反発がさらに強まり、蔡英文総統に対する支持を押し上げることとなりました。

蔡英文総統に対する支持率は、主に内政面での支持喪失から18年末には20%台まで低迷していましたが、19年1月の習近平国家主席の強硬な演説と香港情勢の展開により、40%台にまで回復したのです。

このような中、20年1月の総統選挙を前に、19年11月、中国政府は台湾の企業や個人に対する新たな優遇策を発表しました。中国政府は、蔡英文政権に対する締め付けとともに、中国本土で活動しようとする台湾の企業や個人に対する優遇策を進めてきており、18年2月にも優遇策を発表していました。これは、台湾の企業や個人に対し、「親中姿勢をとれば良いことがある」と思わせ、台湾における親中派、就中国民党を後押しするものと見ることができます。

18年には、台湾企業に対する税制面での優遇や公共事業や政府調達への参加、「中国製造2025」への参加などを認めるとともに、個人に対しては、中国の資格試験の開放や中国文化行事への参加拡大、医師や教員の資格の認定などを行いました。

これに続いて、19年11月には、台湾企業による中国の次世代通信規格「5G」の技術開発への参加を認め、また、航空貨物分野やテーマパークへの台湾からの投資を認めました。個人に対しては、中国人と同じ条件で住宅を購入できることとし、中国での進学条件も緩和されました。また、台湾人を中国の在外公館にて保護することも定められました。

このような優遇策に台湾側は警戒を強めています。台湾の企業や個人が便益を受けることを拒否する理由はありませんが、台湾政府の頭越しに台湾市民や企業を手なずけ、中国本土の個人や企業との同化を進めるものととれるからです。在外公館における保護は、国際的にも「自国民」を対象に行われることとなっており、中国公館による台湾人の保護は「一国二制度」の具体化ともとれます。

しかし、このような中国の懐柔策は奏功しませんでした。香港における混乱は年を越えても続き、台湾市民は強い対中警戒感を維持したまま、20年1月の総統選で投票することになりました。

その結果、蔡英文総統が57.1%の票を得て圧勝し、民進党政権が継続することとなりました。内政面で支持を失っていた蔡英文を、中国の強硬姿勢が救うという、中国にとっては皮肉な結果となったのです。

(これに加えて好調な経済による支持率上昇もあると思われます。台湾の国家発展委員会の20年1月21日の発表によれば、18年末から19年初にかけて、台湾経済は年率換算で1%台の成長まで落ち込んでいましたが、その後急速に回復し、19年末には3.38%にまで達しました。この時期に対米輸出が急増しており(前年比17.2%増)、米中貿易対立による漁夫の利を得た可能性も指摘されています。)

(次週(3/3)は、コロナ禍の中で、中国の台湾に対する圧力が軍事的側面でも強化され、軍事的衝突の可能性がでてきたこと、その中で、私たちリベラル民主主義の国々としてとるべき対応について考えたいと思います。)

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