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主体性を失わずに生きていくには|TOI Magazine 003|Preface

人はときに、想像しえないような波乱に巻き込まれることがある。
どんなに平凡な生活を送っていても、突然それは起こる。

そんなとき、どう判断し、行動するかによって、波乱から立ち直ることができるのか、あるいはそのまま呑み込まれてしまうのかが決まる。
人生にマニュアルはない。誰しも自分で考え、行動し、自力で答えを見つけ出さなくてはならない。

つまり、主体性が必要となる。
しかし、これが得てして失われやすいことも、また事実である。

●人はどんなときに主体性を失うのか

もう少し、具体的に考えてみよう。
たとえばこんなことが実際に起こったら、あなたはどうするだろうか。

筆者の知るある人(仮にAさんとする)は、真剣に考え、提案した渾身の企画が、まともに検討されることなく却下されるという不条理な目に遭った。

頑張った分、ショックは大きい。自分の努力は、熱意は、いったいなんだったのか。こんなに惨めな思いをするぐらいなら、企画案など出さないほうがよかったんじゃないか。

そうだ。今後いっさい、企画案など出すものか。
Aさんはそう固く心に決めたという。

想像するだけでげんなりするような出来事だ。
わたしだってこんな目に遭ったら、やる気を失ってふてくされてしまうことだろう。

でも、Aさんのその後の人生で、こうしたことが再び、時と場所を変えて起こらないとも限らない。
もし、そのたびに「だったら行動しない」と選択し続けたとしたら、Aさんはやがて身動きがとれなくなってしまうだろう。

では、どうすればいいのか。
不条理な目に遭ってもなお、主体性を失わず、めげずに行動し続けるためには、何が必要なのだろうか。

わたしはそれが、「自己肯定」ではないかと考えている。

●困難な状況でも人を主体的にさせる力

わたしたちは普段、誰かの「いいね!」を求めて行動したり、他人の評価基準で自分の価値を決めたりしがちだ。SNSのことはもはや語るまでもない。「他者から評価されなければ自分の価値を認められない」という環境に、いつしか置かれ、生きている。

すなわち、自分を自分で肯定することが難しい時代を生きているのだ。

しかし、波乱多きわたしたちの人生に必要な能力こそ、自己肯定だとわたしは思う。
そしてそれは、Aさんにとっても例外ではない。

考えてみれば、Aさんは当初、自ら企画を考え、提案をした。少なくともその時点では、Aさんはれっきとした主体性を有していたはずだ。それが、企画を却下されたことで失われてしまった。

企画を却下されるというのは、見方を変えれば他者から適切な評価がなされないということでもある。Aさんはそれを不本意に思い、自ら企画を考えることを放棄した。

けれどもし、他者からの評価がどうであれ「企画を考えたこと、提案したこと自体に価値があるのだ」と思えたなら、Aさんは気を取り直して、いつかまたトライしてみようと思えるのではないだろうか。

自己肯定とは、そういうことだとわたしは考えている。
自分自身や自分の行為を、自分で肯定する力。
それが、困難な状況にあっても主体性を失わず生きていくことを可能にする。

他者からの評価を求めるのではなく、どんな自分も認められる自分になること。
誰からも評価される「完璧な自分」を目指すのではなく、ダメだったときの自分も受け入れる自分を目指すこと。
「失敗しない自分」ではなく、失敗しても、行動を起こしたこと自体を肯定できる自分になること。

そうしていつか失敗を乗り越えられたとき、それは本当の自信となり、かんたんには失われない主体性とともに、行動を起こし続けられるのではないのだろうか。

●安心できる場所をつくり続ける

とはいえ、自己肯定は難しい。とりわけ、他者からの評価に囲まれて生きていかざるを得ないこの時代においては。
いきなり、「さあ今から自分を肯定して生きてください」と言われても、ほとんどの人は当惑してしまうと思う。

そこで、自己肯定を小さく練習する方法として、哲学対話のような「対話のワークショップ」をおすすめしたい。

わたしは仕事柄、さまざまなバックグラウンドをもつ人々が参加するグループワーク講座を受け持つことがある。
講座では、答えのない問題に対して、参加者全員で対話をしながら考えていく。
自分とは異なる価値観をもつ他者とともに、お互い意見を出し合い、思考を深めていく。

ここで大切なのは、「何を言っても否定されない」ということだ。
人は、否定されることを恐れていては、のびのびと自由に発想することができない。参加者同士の理解も浅く、単なる意見交換に終わってしまいがちだ。
だから、「相手の言うことは否定しない」というルールだけは、毎回かならず共有するようにしている。

この「何を言ってもいい」という安心感があると、参加者の人たちはみな、自由に発言できるようになる。活発に対話が行われるようになる。
単なる意見交換ではなく、お互いの言葉がお互いを刺激し、新しい考えを生んでいく。
自分でも驚くほど、発想の広がりを感じることができる。自分は、こんなふうに考えることができたのか。
その驚きが、小さな自己肯定となる。

実際には、うまくいかないことも多い。
それでも、Aさんのような人が、主体性を失わずに行動し、挑戦し続けられるような社会に少しでも近づけたらという一心で、日々試行錯誤している。

「人は、どうすれば主体性を失わずに生きていくことができるだろうか?」
答えのないこの問いを、これからも考え続けていきたいと思う。

(text by nakada)

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