広島の生物多様性：地域戦略・保全利用を考える

2020年4月5日 19:09

瀬戸内海に面した地域は温暖で降水量が少なく、内陸の山地は日本海側気候で多雪なので、広島県内には気候勾配があます。また、地質も多様です。このような多様な環境が、広島の生物多様性を形作っています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まるにでしょう。このような意図から、日本の地方自治体（47都道府県）の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、生広島県の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト（保全カードシステム）と連動させて情報提供しています。生物多様性の様々な地図情報（レイヤー）を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください。

広島県の生物多様性を特徴づける環境条件

広島県は瀬戸内海に面し、県北部には中国山地、中北部には吉備高原（帝釈台や世羅台地などを含む）が東西に走っている山地の多い地域です。

中国山地の中部（広島県北東部）には、道後山（1271m）、比婆山連峰の立烏帽子山 (1299 m) 、大万木山（1218m）などがあり、それらの源をもつ河川は合流して江の川となり、三次盆地をぬけて、島根県にいたり日本海に注いでます。

県北中部から西部にかけては阿佐山（1218m）、大佐山（1069m）、恐羅漢山（1346m）、冠山（1339m）が連なり、それらに源流を持つ太田川が広島平野をぬけて、厳島や能見島が浮かぶ広島湾（瀬戸内海）に注いでいます。

東広島には、吉備高原の鷹ノ巣山（992m）に源流をもつ沼田川が流れ、因島などが浮かぶ瀬戸内海に注いでます。また、吉備高原や世羅台地からは芦田川が流れ出て、福山平野をぬけて、備讃諸島の浮かぶ瀬戸内海に注いでいます。

地質的には、福岡の平尾台や山口の秋吉台から伸びる古生代の石灰岩層があり、帝釈台のような石灰岩台地が分布しいます。また、県北東部の中国山地（道後山など）には蛇紋岩も分布しています。県南西部の吉備高原の山麓から低地にかけては花崗岩が広域的に分布し、花崗岩が風化した真砂土が覆っています。

広島の瀬戸内海沿岸は温暖で降水量が少なく、内陸の山地は日本海側気候で多雪なので、県内には気候勾配があり、地質的な異質性もあり、生物にとって多様な生息環境があります。

それでは、広島県の生物多様性（植物・動物の種数）の地図を見てみましょう。

生物多様性の可視化：種数地図

生物種の分布予測を元にして、種数を１kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種数が豊かな地域は、中国山地の道後山、比婆山連峰、大万木山などに源流をもつ江の川流域、三次盆地、あるいは太田川流域から広島平野にかけてです。また、県東部の吉備高原や世羅台地なども植物の種数が豊かです。

名称未設定

土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については、以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。

哺乳類の種数が豊かな地域は、県北部の中国山地の道後山、立烏帽子山、大万木山など、県西部の阿佐山や大佐山から恐羅漢山や冠山にかけての山腹です。また、太田川や江の川の流域も哺乳類の種数が豊かです。

名称未設定

鳥類の種数が豊かな地域は、瀬戸内海沿岸、広島平野と太田川の流域、福山平野と芦田川流域、三次盆地の河川流域などです。

名称未設定

爬虫類の種数が豊かな地域は、広島平野と三次盆地、福山平野を含む低地です。

名称未設定

両生類の種数が豊かな地域は、県北部の中国山地や三次盆地、県西部の阿佐山や大佐山、恐羅漢山や冠山の山腹、太田川流域などです。

名称未設定

淡水魚類の種数が豊かな地域は、広島平野と太田川の流域、福山平野と芦田川流域、三次盆地の河川（江の川）流域、などです。

名称未設定

生物多様性の保全重要地域を特定する方法

生物多様性の保全重要地域はどこですか？と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考えるポイントがあります。

生き物のレア度：希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物（固有な生物種）がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな＝希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物：絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。広島県は1995年「広島県の絶滅のおそれのある野生生物ーレッドデータブックひろしまー」を公表し、その後も生物分類群ごとにレッドリスト種を改訂しています。

生物の機能：人間社会にとっての生物の価値（生態系サービス）

生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、広島県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、広島県内の１km x １km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか？を探索することができます。

具体的には、広島県を１km x １kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

広島県の生物多様性の保全重要地域

植維管束植物（木本・草本・シダ植物）と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、広島県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注）土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

広島県の生物多様性の保全重要地は、広島平野と太田川流域とその源流の恐羅漢山や冠山などの山腹、福山平野と吉備高原や世羅台地にいたる芦田川流域、三次盆地の河川流域、中国山地の道後山、比婆山連峰、大万木山などです。また、瀬戸内海沿岸にも保全重要地域がパッチ状に分布しています。

名称未設定

以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を見てみましょう。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、広島平野と太田川流域とその源流の恐羅漢山や冠山などの山腹、福山平野と芦田川流域、吉備高原や世羅台地の一部などです。

名称未設定

哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、県西部の恐羅漢山や冠山、阿佐山、それらの山地からの流れる太田川の流域、県北部の中国山地の道後山や吉備高原の一部などです。

名称未設定

鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、瀬戸内海沿岸、広島平野と太田川の流域、福山平野と芦田川流域などです。また、三次盆地の河川流域の一部も保全重要地域です。

名称未設定

爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、広島平野と三次盆地、福山平野の一部、三次盆地の一部などです。

名称未設定

両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、県西部の阿佐山や大佐山の山腹と太田川流域、県北部の中国山地や三次盆地の一部などです。県レベルで見ると、北部の中国山地の保全重要度が高くなります。

名称未設定

淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、広島平野と太田川の流域、福山平野と芦田川流域、三次盆地の江の川流域です。

名称未設定

広島県レッドデータブック（RDB）事業の検証

生物分布データを用いて、広島県RDBにリストされている種の希少性を分析した。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数（面積）を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

以下の維管束植物と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）のRDBランクを見ると、RDBランクが高いほど（横軸の左ほど）、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があり、希少性評価がとてもよくできていることがわかります。ただし、現RDB「指定なし」にも（横軸の右端のランクに）分布面積の小さいな希少種が含まれていることがわかります。

スクリーンショット 2020-01-21 09.30.59