山口の生物多様性：地域戦略・保全利用を考える

2020年4月1日 07:11

山口は瀬戸内海と日本海の影響のため、降水量や気温が地域で異なります。さらに、地形や立地も複雑なため、生物にとって多様な生息環境があります。このような環境が山口の生物多様性の分布を特徴付けています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まるでしょう。このような意図から、日本の地方自治体（47都道府県）の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、山口県の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト（保全カードシステム）と連動させて情報提供しています。生物多様性の様々な地図情報（レイヤー）を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください。

山口県の生物多様性を特徴づける環境条件

山口県は本州の西端に位置し、瀬戸内海（室津半島を境にした周防灘と安芸灘）、日本海、響灘に囲まれ、関門海峡を隔てて九州と面しています。

山口県は山地が多いので、沿岸低地に大きな平野は少ないです。そのため、山地の合間を流れる河川流域に、谷底平野が分布しています。

さらに山口県には古生代以降の様々な地質が分布しており、標高1000mくらいの山地（隆起準平原）と盆地が連なった複雑な地形です。

県東部の島根県境には、山口県で最も標高の高い寂地山（1337m）があり、羅漢山（1109m）や小五郎山（1162m）などの冠山山地（中国山地の西端）が連なっています。

また、県中央の内陸には、古生代後期の地層からなる秋吉帯があり、石灰岩台地（カルスト地形）の秋吉台があります。

周南市と防府市の北部には、周防山地があり、佐波川や錦川や椹野川が流れでています。佐波川は南西に流れて周防灘に、錦川は平家ヶ岳（1066m）の西側山麓を南東に流れて岩国市を経て、安芸灘に注いでいます。また、椹野川は山口盆地を抜けて周防灘（山口湾）に注いでいます。秋吉台からは、厚東川が流れて、宇部市を経て周防灘に注いでいます。

広島県境には、中国山地の西部に源を発する小瀬川が、羅漢山の東山麓を流れて、広島湾に注いでいます。山口県の北部には、萩市を流れる阿武川や田万川が日本海に注いでいます。

以上のように、山口県は地理的に瀬戸内海と日本海の両方の影響を受けるので、降水量や気温が地域で異なり、地形や立地も複雑なため、生物にとって多様な生息環境があります。このような環境が山口県の生物多様性の分布を特徴付けていると考えられます。

それでは、山口県の生物多様性（植物・動物の種数）の地図を見てみましょう。

生物多様性の可視化：種数地図

生物種の分布予測を元にして、種数を１kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種数が豊かな地域は、中国山地西端の冠山山地に源流を持って安芸灘に注いでいる錦川流域、山口盆地や椹野川流域と周防灘の沿岸域、秋吉台の周辺地域などです。

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土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。

哺乳類の種数が豊かな場所は、内陸の山地にパッチ状に分布しています。特に、寂地山、小五郎山、平家ヶ岳の山腹、秋吉台周辺、山口盆地、阿武の山地域などは、哺乳類の種数が豊かです。

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鳥類の種数が豊かな地域は、瀬戸内海沿岸や山口盆地や椹野川流域、響灘沿岸の一部、日本海沿岸の向津具半島や青海島の周辺、阿武川の下流域（萩市）などです。また、羅漢山の山腹も鳥類の種数が豊かです。

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爬虫類の種数が豊かな地域は、海岸沿いの低地や河川流域です。山口盆地や秋吉台周辺や錦川下流域、萩市の阿武川流域から田万川流域の山地にかけても爬虫類の種数が豊かです。

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両生類の種数が豊かな地域は、海岸沿いの低地や河川流域です。山口盆地や秋吉台周辺や錦川の下流域、萩市の田万川流域から阿武の山地かけても、両生類の種数が豊かです。

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淡水魚類の種数が豊かな地域は、周防灘や安芸灘の沿岸沿いの低地や盆地を流れる河川流域です。周防灘あるいは安芸灘に注ぐ佐波川や錦川の流域、山口盆地と山口市を抜けて山口湾に注ぐ椹野川の流域、秋吉台からの厚東川流域、日本海側の萩市の阿武川や田万川の流域も、淡水魚類の種数が豊かです。

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生物多様性の保全重要地域を特定する方法

生物多様性の保全重要地域はどこですか？と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考えるポイントがあります。

生き物のレア度：希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物（固有な生物種）がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな＝希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物：絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。山口県は「レッドデータブックやまぐち」を2002年に編纂して、その後も生物分類群ごとにレッドリスト種を改訂しています。

生物の機能：人間社会にとっての生物の価値（生態系サービス）

生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、山口県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、山口県内の１km x １km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか？を探索することができます。

具体的には、山口県を１km x １kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

山口県の生物多様性の保全重要地域

維管束植物（木本・草本・シダ植物）と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、山口県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注）土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

山口県の生物多様性の保全重要地域は、瀬戸内海沿岸の低地、山口盆地を流れる椹野川流域、佐波川・錦川・厚東川などの流域、中国山地西端の冠山山地（寂地山、小五郎山、平家ヶ岳）、秋吉台周辺などです。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を見てみましょう。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、山口盆地を流れる椹野川流域、冠山山地や平家ヶ岳から錦川の下流域などです。また、室津半島などの瀬戸内海沿岸も植物多様性の保全重要地域です。

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哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、冠山山地（寂地山、小五郎山、平家ヶ岳の山腹）や錦川流域、秋吉台周辺、山口盆地、日本海側の阿武川流域や山地などです。

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鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、瀬戸内海と日本海の沿岸、山口盆地を流れる椹野川流域、平家ヶ岳の山腹などです。

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爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、海岸沿いの低地や、山口盆地や秋吉台周辺や錦川下流域などです。

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両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、日本海側の萩の阿武川流域、冠山山地（寂地山、小五郎山、平家ヶ岳の山腹）の北側から田万川流域にかけて、山口盆地を流れる椹野川流域、錦川下流域などです。

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淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、山口盆地と山口市を抜けて山口湾に注ぐ椹野川の流域、佐波川や錦川の流域、秋吉台からの厚東川流域、日本海側の河川下流域などです。

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山口県レッドデータブック（RDB）事業の検証

生物分布データを用いて、山口県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数（面積）を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

維管束植物を見ると、RDBランクが高いほど（横軸の左のランク、絶滅危惧ⅠA類　CR、絶滅危惧ⅠB類　EN、絶滅危惧Ⅱ類　VU、準絶滅危惧　NT）、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。植物種の希少性をとてもよく反映したランク付けになっています。ただし、現RDB「指定なし」にも（横軸の右端のランクに）希少種が含まれていることがわかります。

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