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女性解放運動。

先日ゲーム「バイオショックインフィニット」の一部切り抜きがTwitterで流れてきた。
その中での一節。

黒人を解放したと讃えられるリンカーン大統領は、彼らを何から解放したというのか。
日々の糧からだ。
額に汗して働くことの尊さからだ。
生涯面倒を見てくれる裕福な白人の庇護からだ。
衣類や雨露を凌ぐための住居からだ。

では、手に入れた自由を使って黒人たちが何をしたか。
それはフィンクトンに足を運べばわかるだろう。
白人を除いて、生まれながらに自由な動物などいない。
そして、我々以外の創造物の世話を焼くことは、白人に課せられた使命なのだ。

バイオショック インフィニットより

このゲームをプレイしたことはないが、かなり差別社会などについて切り込んだ作品らしく、かなり興味を持った。
帰国後、買ってやってみよう。

というのは一旦置いておいて。

この内容を見て僕は自分が凄く恥ずかしくなった。
「女性は男性の庇護下にいればいいじゃないか。」
そう1㎜も思っていなかったというとウソになる。

けれどもそれは傲慢な白人の黒人に対する考えと全く同じだったのだなと気づかされた。

ノーブレスオブリージュ。
力を持つものは、その責務を果たさなければならない。
男性は女性を養う現状で何か問題があるのか。

きっと答えは簡単で、女性が求めているのは「自由」であり「選択肢」だ。
自由に人生を選択できる権利を求めている。
様々な選択肢がある上で男性の庇護下に入るという古典的な家庭を好む人もいるだろう。
ただ、それを好まない女性に、そうでない選択肢を採れるようにする。
好まない女性に押し付ける、といったことを回避する。

男女平等やジェンダーといった、昨今よく議論される話題。
これらにおいて時折、いや往々にして見えなくなる事実。
「社会として選択肢を用意する」。
これが最も重要なのだ。

何も社会全体として決めたある一つの選択肢へと移行しようとしているわけじゃない。
選択肢を増やし、自由に選べるようにすることが目的なんだ。

一人が現状に満足しているからといって選択肢を制限するのは違う。
一人が現状に満足していないからといって新たな選択肢に全員を強制するのも違う。
全員が幸せになれるような選択肢を多数作る。
それが社会として必要な取り組みなんだろうな、と。

ただ、自分が女性を養いたいと思うのも選択肢の一つだ。
そこは間違いだとは思わない。
ただ全ての女性がそうあるべき、という思い違いは正さねばならない。

歴史から学ぶ。
有史以来、人間の悩みだったり抱える問題というのは然したる差はない。
本質的には同じような物事に直面する。
自分の視野が狭窄的となった際に、このような一説に出会ったことは運命だったなと思う。

女性解放運動。
これは現代の”奴隷解放運動”なのだろうな。

自分の傲慢さを戒めるとともに、少しでも同じような人に届けばいいな。


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