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時間に追われるということ。ノルウェーから帰ってきて。

どうも、くまはんです。
枕詞が無くなってしまい物悲しい冒頭です。
”東大在学中の”とか付けようか迷ったんですけど、なんかお調子者感が前面に出過ぎてるのでやめました。
これ言っちゃったら意味ないか…

日本に帰国してから一週間。
様々な友人とご飯に行ったり、学業の方でも忙しかったりとあっという間でした。
人生あっと言う間と言えることが最大の幸福なんでしょうね。

ただそんな中でストレスなのが一つ。
「時間」です。

これは都会と田舎の違いなのかもしれませんね。
兎に角、都会は時間に縛られる。
何時開始だから逆算すると何時の電車、何時の起床。
一日が時間で区切られる。
案外これが嫌。

のんびりとした田舎町だと教会の鐘が鳴って時間を感じることもしばしば。
なんだかそれが人間本来の生活なのかもな、なんて思ったり。

直線時間と円環時間

でもよくある話ですよね。
所謂「直線時間」「円環時間」ってやつです。
時間って二通りの捉え方があるってやつですね。

直線時間はそのまま時間を直線的に捉えること。
数直線のように真っすぐ時間軸がどこまでも続いていて、常に未来というプラスの方向へ続いていく。
西暦なんかがそうですよね。
2024年の次は2025年。2026、2027…と数が増えていく。
デジタル時計なんかも常に数が増えていく様子が可視化されている直線時間の具体例。

一方で円環時間は時間を円環、つまり循環する円のように捉える。
アナログ時計なんかがそうで、ぐるぐると回っていく。
毎日12時で短針と長針が重なり針の追っかけっこが延々と続いていく。
一年を春夏秋冬の連続として捉えるのも円環時間ですね。

ざっくり分けると都会は直線時間、田舎は円環時間なんだと思うんです。
都会の一日は数直線上にあって、何時に起きて何時に家を出て何時に寝る。
そういった時間に目盛りを付けることで管理する。
これが都会流直線時間。

田舎は逆に円環時間。
日の出とともに起き、日没とともに活動を終える。
農業を生業としていれば春夏秋冬に合わせて活動も変化する。
毎日ぐるぐると循環する円の中で生活をする。

ノルウェーでの生活は円環時間でした。
時間に縛られず好きなことを好きな時にする。
それが幸せの秘訣なのかな、とも。
残り僅かな学生生活は限りなく円環時間に寄せて生活していこうかなと思います。


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