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漱石・ミーツ・ホームズ「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」(島田荘司:著)

夜な夜な下宿先に出てくる亡霊に悩まされていたロンドン留学中の夏目漱石は、ベーカー街に住むシャークスピア学者のクレイグ博士に相談する。
クレイグ博士から、これはこの街に住む「あの男」向きだと、漱石はとある人物を紹介される。その人物とは誰あろう、ベーカー街の変人(注:漱石視点)、シャーロック・ホームズだった。

かくて、漱石とホームズが、男が一夜にしてミイラ化してしまうという前代未聞の事件の謎に挑む、日本の代表的ホームズ贋作ミステリー。

Hello world,はーぼです。
日本の本格ミステリ界の大御所、島田荘司の作品群のなかでは、ボクはデビューした年代である1980年代の作品がとりわけ好きで、それ以降の作品になると、純粋なミステリー以外の要素がどうもなじめず敬遠していまうところがあります。

この「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」は1984年発表の、ボクの好きな年代の島田荘司作品です。
歴史ミステリー+ホームズ贋作ミステリー+ユーモアミステリー+不可能犯罪ミステリーという盛沢山な魅力を持った作品です。

もっとも、発表当時は某推理評論家からは「こんなに笑えないユーモアミステリーは初めてだ」と酷評されたようですが。

また直木賞候補になるのですが、選考委員の中では、積極的に推していたのは井上ひさし氏ぐらいだったようで、その井上ひさし氏も、漱石とホームズが共演するミステリーは、すでに山田風太郎が短編で書いているということや、小説の中に一部史実と異なる箇所があるということで、いくらかトーンダウンしてしまい、結局、受賞は逃してしまいます。

賞には恵まれませんでしたが、漱石とワトソンが交互に一人称で事件を描くという意表をついた構成で、ホームズ像が極端に変わってしまう面白さはこの作品のオリジナリティではないでしょうか。

不可解な謎を大技・力技で解いていくのが80年代の島田荘司氏の魅力でもありましたが、この作品のトリックのタネはそこまで(十分あるといわれそうですが)島田荘司色が強くなく、むしろコナン・ドイルのホームズ譚に出てきても違和感のないものです。
ホームズ物が好きな方には、あらたなホームズの物語として(夏目漱石サイドの描写には寛容さが求められますが)、おすすめかもしれません。

80年代の多彩な、だけどコアは純本格ミステリーな島田荘司ワールド、その扉にふさわしい作品だと思います。

この作品の後、島田荘司氏の短編「ギリシャの犬」を読むと、かの名探偵、御手洗潔がホームズにみえ、あたかも80年代の日本によみがえった、テムズ川ならぬ隅田川を舞台にしたホームズとワトソンの活劇譚にさえ見えてきます。

ともあれ、笑えて、そして見事に騙される快楽と読後感の良さ、ボクがお勧めする島田荘司ミステリーのひとつです。


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