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【短編脚本】間隙(かんげき)

【著】大島恭平

アイツの舞台を観に行った。
相変わらず滑舌悪くて、演技も下手で。
それでも、何でか“面白かった”。
モヤモヤした中、電車で帰る二人の会話劇です。

〇登場人物

・新井
・菅谷

●電車内で二人が座っている。

新井「……」
菅谷「……」
新井「菅谷はさ。」
菅谷「ん?」
新井「正直どうだった?」
菅谷「あー……面白かった、かな?」
新井「あぁ。だよな。面白かったよな。」
菅谷「新井は?」
新井「うん。面白かった。」
菅谷「あんまりいい顔してないけど。」
新井「うーん。面白かった…のかな?」
菅谷「知らんよ。」
新井「だよな。」
菅谷「てか、アイツめっちゃ噛み倒してたな。」
新井「あぁ。そこは絶対に噛んじゃだめだろってとこで噛んでたな。」
菅谷「もうね、一気にスンってなったわ。」
新井「分かる分かる。」
菅谷「まぁ他の役者さんもギリギリだったけど。」
新井「あの眼鏡かけたお兄さん?おっさん?なんか変な間があったよね?」
菅谷「あったっけ?」
新井「ほら、なんかレジ袋から部屋の鍵を取り出してさ。」
菅谷「あーーー池に放り投げるシーンね!あったあった!え?今の間はセリフ忘れたの?ってなったわ。」
新井「結構な時間、みんな固まってたし。」
菅谷「あれ演出かぁ?」
新井「ちょっと怪しいよね。」
菅谷「うんうん。」
新井「……。」
菅谷「……。」
新井「……。」
菅谷「俺たちもさ」
新井「ん?」
菅谷「俺たちも、こんな風に劇を観終わった後に言われてるのかな。」
新井「言われてるだろうね。」
菅谷「だよな。」
新井「まぁ感想言ってくれるだけありがたいと思うけどね。」
菅谷「そりゃそうだ。」
新井「……。」
菅谷「……。」
新井「俺はさ、ぶっちゃけ今回見た劇、分からなかったんだ。」
菅谷「あぁ、俺も正直分からなかったよ?」
新井「俺さっき菅谷に聞いたじゃん?」
菅谷「さっき?」
新井「ほら、劇の感想だよ。」
菅谷「あぁ。面白かったって言ったっけ。」
新井「うん。それに俺も面白かったって返した。」
菅谷「確かにそうだったね。」
新井「それがさ、自分でもよく分からなくて。」
菅谷「ごめん、今新井が言ってる事の方が、よく分からない。」
新井「あー悪い悪い。つまりね、劇のことをほとんど理解してないくせに、咄嗟に出た感想が『面白かった。』だったことが自分でよく分からないんだよ。」
菅谷「それは面白いと思った場面があったからじゃない?」
新井「それもよく思い出せないんだよ。」
菅谷「はぁーなるほどね。いや俺もさ、話自体は正直理解できなかったし、役者も『うわぁー凄い!』って思うほどうまくは無かったよ。でも、なんかこう、特にアイツがさ、生き生き芝居してるように見えてさ、『あぁーなんか楽しそうだなみんな。』って思えて、そういうことで俺は『面白かった。』って言ったよ。」
新井「そっか。うん。確かに生き生きしてたな。アイツ。」
菅谷「役者をやってるとさ。」
新井「おう?」
菅谷「お客さんからの『面白かったです。』っていう言葉が怖く感じる時あるんだよね。」
新井「あぁ。俺もあるわ。」
菅谷「何も言うことがないから『面白かったです。』って言ってる時、結構分かっちゃうんだよ。この前もそうだったからさ…」
新井「結構自分も使っちゃうんだよね、それ。」
菅谷「そう。だから極力言わないように努力はするんだけど。」
新井「でも、なんかよかったわ。」
菅谷「何が?」
新井「少なくとも菅谷の「面白かった。」は、ちゃんとした理由があったってことでしょ?」
菅谷「まぁ、理由になってるのかは正直怪しいけどな。」

●電車が駅に着く

菅谷「じゃあ次会うのは来週かな?」
新井「だね。」
菅谷「うん。じゃあお疲れ様。」
新井「おう。お疲れ様。」

●菅谷、ハケ

新井 「『面白かった。』ね…………アイツに劇の感想送ってみるか。」

END

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