見出し画像

標高1500mの山奥でフランス料理と向き合う住所不定・無職女

働いたことがある人なら分かるはず、飲食店のピークって凄まじい。止まらないオーダー、洗っても間に合わない皿とグラス、多様化する支払い方法、キッチンとホールの確執など… 居酒屋、カフェ、バー、ファミレス、ビュッフェレストラン、色んなお店で働いてみた管理人ですが、今回はフレンチレストランでの失敗を書いてみます。

ある年の春。漆黒のITブラック企業を辞めたばかりの私は、PCを触るのも嫌気がさしており、モニター越しではなく生身の人間と顔を合わせたコミュニケーションに飢えていたところでした。

そういえば学生の頃にやった、とんかつ屋のホール楽しかったな…と記憶が蘇り、早速派遣会社に登録し、手続きも滞りなく住み込みで働くことになりました。 勤務開始まで2週間程…借りていた部屋を引き払い、家具・家電も売払い、スーツケースに必要な日用品を詰め込み、住民票を抜く手続きも完了。住所不定・無職の誕生です。

そして移動日当日、電車の車窓から眺める美しい山々に囲まれた長野県の山奥に進むこと1時間。標高1500mまで進むとひっそりと佇むフレンチレストランへ。従業員寮は1km程離れた場所で共同生活になります。こちらも山のど真ん中、周りは森。食材の買い出しは1週間に1度、車で下山して調達するというスケジュールでした。

カタカナ多すぎてゲシュタルト崩壊した初出勤

山奥フレンチ初出勤の日。担当はホールです。制服を合わせたり、テーブル番号覚えたり、同じフロアの人と顔合わせしたり、ここまでは良かったですが…次のステップでかなり手こずることに。

先輩「はい、じゃコレ今週のメニューだから。明日までに全部覚えてね」
私「はい…え?」

・オードブル : モッツアレラチーズと春の彩りレギュームのテリーヌ、オランデーズソース添え
・スープ : 八ヶ岳産ポタージュ・ポテイロン
季節のバゲット、エシレバター
・ポワソン:真鯛のヴァプール、ヴェルモット風味のクリームソース
・ヴィアンド:牛ヒレ肉のポワレとフォアグラのロッシーニ風、春アスパラ添え
・デセール:タルト・オ・シトロン・ムランゲ
コーヒーまたは紅茶

ちょ…全然頭に入ってこねぇ。

普段使う日本語ってカタカナと漢字とひらがなが上手く融合されてますよね。カタカナの比率が増えると脳みそも一瞬バグります。いや、私のフレンチの知識が足りなさ過ぎて、非常に大変です。以下心の声失礼します。

最初にチーズの入った前菜出して、八ヶ岳で取れた何かのスープ出して、バターとパン出して、アスパラが付いた牛肉出して、クリームソースがかかった鯛出して…で?最後なにこれ。何と一緒にコーヒー飲むの?みたいな。

デザートの名前とかセーラームーンの必殺技じゃん。「タルトー!オ・シトロン~ムランゲ!!

先輩が丁寧に1つずつ説明してくれましたけどね、お客様に説明する時にきちんと言えるか心配です。この日は暗記出来るまでメニューをひたすら唱えて終わりました。最後に本日のトドメの一言。

先輩「あ、ちなみにコレ2週間に1回メニュー全部変わるから。その都度覚えてね。
私「…はい…」

手首への負担が多い出勤2日目

ワインと言ったらフレンチ、フレンチと言ったらワイン。この日はグラスワインの注ぎ方を練習します。ちなみに私は半年に1回赤ワインを飲むか飲まないか、酒自体は料理酒使う頻度の方が高いくらいです。

この仕事向いてるんだろうか。

とりあえずやってみよう。実際のワインは使えないので、ワインボトルに水を入れて練習します。

先輩「2つグラスワインを頼まれたら、どの角度から見ても同じ量入ってるようにしてね。お客様にラベルが見えるように注いで。みっともないから、量の調節で注ぎ足ししないように。」
私「はい!」

チョロ…チョボボボボボ…

片手でワインボトル持って注ぐのって結構重くて大変なんですね。手首がプルプルして気を取られてたら、中身の高低差1㎝くらいある不均一なグラスワインが完成しました。すました顔で注ぐにはまだ程遠いです。

次は料理のお皿を一度に3枚運ぶ練習です。

何とか持てましたが、今までに使ったことのない手首の筋肉を刺激したようで、ピクピクしてますけど…キッチンから10m先のテーブルまでちゃんと運べるんでしょうか。

フレンチって結構手首に負担かかってんなぁ…と実感した2日目でした。

運命のディナータイム

3日目、覚えにくいメニューも何とか覚え、いよいよディナータイム。新人の私はレストランに来たお客様の予約を確認し、テーブルまで案内する係を任されます。

ここのレストランは結構広い。ホテルと隣接されているため、団体も入れると60組くらいは座れるようになっています。となると、テーブルも予約人数ごとに細かく割り当てられており、毎日配置が変わるという嬉しくないシステム。

そしてこの日は、よりによって予約満席の日でした。次から次へと予約のお客様が来店し、若干余裕がなくなってきた私。

私「お客様、こちらへどうぞ。」

と、得意げに先頭切ってテーブル席へご案内するはずが…出来立ての牛ヒレ肉のステーキが乗ったお皿を運ぶスタッフが目の前を通り、「うわ、アレめっちゃウマそう…」と食欲に駆られていた一瞬気を取られ、案内する予定とは無意識に別のセクションへ。

このセクションのテーブルはすでに満席で埋まっています。「!!」途中で意識を取り戻し、部屋の半分ほど歩いて間違いに気づいた私。お客様も何だか不思議そうな顔で付いてきます。

(っああああ ミスった!!こっちの部屋じゃなかった!!)

ちょっと焦ってしまい、何か言わないと!!と頭をフル回転させた結果、

私「ご覧の通り、こちらのお部屋は満席でございます。」
お客様「そうですか…」

お腹が空いてるお客様に、わざわざ遠回りして満席の部屋をグルッと歩いて見せて差し上げた上に謎のコメントで対応させていただきました。その後すぐ本来のお席にご案内。大変失礼いたしました。

空飛ぶアスパラガス

さてそれでは、皆様お揃いになったので料理を運んでいきましょう。前菜、スープ、グラスワイン、パンと調子よく出した後は、いよいよメイン料理です。

真鯛のなんちゃら料理を出し、お肉料理が待つキッチンへ。真っ白くて四角いお皿に牛肉らしいものと、手前にアスパラとソースが添えられています。

バックヤードでレシピの名前をチラ見。えーっと、何て名前だったっけ…

牛ヒレ肉のポワレとフォアグラのロッシーニ風、春アスパラ添え

長い…途中で息継ぎが必要だわコレ。一息で言い切れないレシピ名をつけたシェフは罪だ。言い慣れない名前を呪文のようにブツブツ唱えながらお皿を3枚手に持ってテーブルに運ぼうとしたその時。

コロ…コロコロ…
!!!

何と…手前のアスパラが著しく不安定…!

お肉の飾りで添えられているだけなので、運びながら歩いた時の振動でコロコロしてしまうようでした。フレンチなので、牛肉の周りに綺麗なソースが描かれています。アスパラがソースに付いたら、デザインが台無しになります。ここから…私の戦いが始まる!

キッチンからテーブルまでその距離10m、全神経をアスパラに集中させコロコロさせずに無事お客様の元へと運んでいくのが今夜のミッションです。

感覚を研ぎ澄まし、両手に持ったお皿のバランスを整え、一歩ずつ確実に踏み出していきます。このアスパラだけは…転がせない!!

妖気を放ちながら料理を運ぶ私。1枚、2枚とお客様に提供していきます。ああ、良かった。ちゃんと運べた…と最後の一枚を出そうとしたその時。

隣りのテーブルのお客様「あの、すいません」
私「ハイぃ!!」

油断していたところを急に呼び止められ、お皿を持ったまま思い切り振り返りました。すると私の目の前をスローモーションで何かが通っていきます。

これは…長細いもの…?アスパラだ!!!!!

とっさに振り返った勢いで、手元に持っていたお皿からアスパラがドヒューン!と弧を描いて飛んでいき、次の瞬間、矢文のごとく隣のお客様のお腹に突き刺さっていました。

幸い、ナプキンの上からだったのでお客様のお洋服は汚れなかったのですが、急遽キッチンにアスパラを新しく追加してもらったり、双方のお客様に謝罪したり、後で非常に先輩からも注意を受けました。

まさかお客様もアスパラで攻撃されるとは思ってないので、驚いてましたね。私もびっくりでした。そして次の日から、全アスパラが別のソースでお皿に固定されることとなりました。

以上、フレンチ料理レストランでの失敗です。アスパラの部分だけ誰か漫画にしてくれないだろうか。

#創作大賞2023 #エッセイ部門


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?