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ケンタッキーはいつもあたたかい

郵便局に行ったら、持ち込んだ品物がちょっと多かったせいか、窓口のおばさんがすこぶるたいげそうだった。

「たいげ」というのは三河弁とかで「大儀」から派生した言葉とされているらしい。つまり「億劫」とか「面倒」とかそういったニュアンスだ。でもこれ、三河の方で使われている言葉らしい割に、私の地元・北海道でもうちの親世代によく使われていた。開拓使辺りが広めたのだろうか。

おまけにコード支払いにしたら尚更たいげそうにされたので、ああなんかすみません、と思った。これが立川とかだったら普通に「はい、ピッ!」って感じなのだろう。立川は若かりし日の私の庭みたいな街だったのだ。

あんなにたいげそうにされるとさすがにへこむ。しょんぼりとしながら、夫の待つ車に戻った。

だが、今夜の夕飯はケンタッキーフライドチキンにすると決めていたのだ。

それを心の支えにし、車をケンタッキーのある某ショッピングモールに走らせる。

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子どもの頃、うちの両親はよく、仕事で小樽まで行っていた。小樽といえば、幼い私にとっては大都会だった。高校は小樽に進学したので、それこそその頃には小樽はすっかり庭と化すのだが。

両親は、小樽まで行くと大概、留守番していた私にケンタッキーを買ってきてくれた。そして必ず、ビスケットを二つ三つ買ってくる。当時はまだ、真ん中に穴が開いていない仕様だったのを覚えている。

そうして翌日の朝食に、パンの代わりにビスケットが出るのだ。

メープルシロップというものがそこいらのスーパーには売っていない時代だった…と言ったら、今の若者は驚くだろうか。でもマジでそうだった。ケンタッキーのビスケットに付いてくるメープルシロップを、私は「はちみつ」と呼んでいた。そしてその「はちみつ」は前述のとおり希少なものだったから、ケンタッキーを買ってきてもらった時にしか、手に入らない代物だったのだ。

「はちみつ」を全部使ってしまうのが惜しくって、私はビスケットを何層にも分けて丁寧に、剥がす様に割って、そこに薄く、でもしっかりと「はちみつ」を塗った。それはまるで伝統工芸師か油絵を描く画家の技か、というほどに真剣な作業だった。そして私はいかに「はちみつ」を余らすかに情熱をかけていたので、長方形の細長いアルミパックの中に余っている「はちみつ」の量をじっと確かめ、そして最後にそれをチュウチュウと吸っては悦に浸った。

まだ父も癌にはなっていなくって、仕事もどうにか順調な、幸せな頃だった。

両親が買ってきてくれるケンタッキーは、私の幸せの象徴じみていたところがある。

勿体なくって冷蔵庫の中にいつまでも保存されていた「はちみつ」の、当時の白いパッケージに描かれていたハチの絵を、私は今でも脳裏に思い描くことができる—きっと賞味期限が切れていても、私はそれに気づかなかった。それくらい、幼い日々のことだったのだ。

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いまケンタッキーでは期間限定で「1000円パック」をやっている。とりあえず、いつもより安いのだ。それを注文し、夫はチキンフィレサンドと骨なしチキンを一つずつ、私は「今日はビスケットも頼むんだ!」と意気揚々としていた。

ので「あと、ビスケットをひとつ」とレジのお姉さんに告げたところ、お姉さんは「あと70円プラスすれば、ビスケットの二個セットが買えますがいかがなさいますか?」と応えた。…300円でビスケットが二個買える、ということか。

「じゃ、じゃあ二個セットで!」と私がやや挙動不審気味に答えると、お姉さんは「かしこまりました」とほほ笑んだ。マクドナルドもびっくりの素敵な笑顔。…そういえばケンタッキーのお店というのは、いつも接客スキルが異様に高い。いつ来ても、嫌な体験をしたことが無いのだ。

下手をすると自分の娘くらいの年齢のお姉さんが、さっきの郵便局のおばさんの「たいげ」な態度とはえらく違った姿勢で出迎えてくれたことが、なんだか随分と嬉しく感じられた。

ビスケットには「はちみつ」が付いている。もう、メープルシロップなんておてがるに手に入れられる。そして小樽からうんと離れた場所で、私は、自分の力でケンタッキーを注文している。レジには自分の娘くらいかも知れない年齢のお姉さんがいて—ああ、でも私はいつになってもやっぱり、ケンタッキーが好きなんだなあ。ケンタッキーを食べている時は、幸せなんだよなあ。

そんなことを思いながら、私はビスケットを食んだ。ビスケットはいつになっても変わらず絶対的に、懐かしい味をさせていた。


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