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first kiss

「この先、私の人生が仮にどんなに波瀾万丈であったとしてもね?」

ブランコから投げ出した足の先には、赤いコンバースのスニーカーが嵌まっている。軽いキャンバス地のそれは彼女にとてもよく似合っていて、ペダルをがんがんに漕いで、籐の籠の付いた白い自転車でちょっと遠くまで買い物に行くのが好きなそんな彼女にとって、最高の相棒と呼ぶに相応しい靴なのだろうと僕は感じた。

「私は、初めてキスをした相手があなたであることを思い出したら、きっとね、ずっと、自分は世界で一番幸せな女の子なんだって思い続けてゆける気がする。」

彼女の乗ったブランコが、夕暮れの空に高く弧を描く。
二人は子どもの様にひたすらにブランコを漕いだ。さっき重ねた唇のことの照れ隠しのつもりで漕いでいたはずが、だんだん、えもいわれぬ不思議な心地よさに包まれていくのがわかった。

「だって私、世界で一番好きな人と、初めてのキスができたんだもん。」

彼女の発した言葉が、途端に世界を全部、淡くてきれいな色に染めてしまったような気がした。

ああ、そうか、僕らは僕らが二人で在ることを、何よりも幸せに感じているんだ。

かりそめの、二人だけの世界。
この小さな公園を一歩出れば住宅街が広がり、角を曲がればコンビニがあって、そこかしこに人々の生活があるというのに。
でも、今だけは、まるで―僕らはこの世界にたった二人きりになったみたいな、そんな気がした。ただただブランコがぎいぎい言う音だけがして、他の何にも邪魔されずに、僕らは二人、望めば夕空まで翔んで行けそうに思った。

否、もしかしたらもう、僕たちはあの空の向こうまで翔べたのかも知れない。

僕たちは永遠を手に入れた。
二人だけの、永遠を。

「私は、あなたが好き。」

彼女が、微笑む。
そうして僕らはその翼を、夕空の下でふるわした。
いつまでもずっと、共に翔び続けられる様に。

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