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妹は、この宇宙のどこかにいる

おそらく、小学校の低学年の頃に見た夢のことだ。どうしてもそれを忘れられずに私は大人になった。せっかくなので、ここに書き記しておこうと思う。

当時、私はとてもきょうだいが欲しかった。その齢でも「親がどうかすれば下のきょうだいはできる」くらいの知識は持っていたので、私はしょっちゅう親に妹か弟を催促して暮らしていた。

しかし我が家は一人っ子を貫きたい方針にあって、一度だけ「姉(私のおば)の元の夫の連れ子の生い立ちがあまりに不憫だから、引き取って雪と姉妹として育ててはどうか」と母が提案したこともあったらしいけれど、「絶対にそういう関係はいずれこじれるから」と、父が却下したそうだ。まあ、賢明な判断だと思う。

そんなある日、私は夢を見た。夢には、私の妹であるという一人の少女が登場した。顔はちっとも似ていなかったと思う。彼女は年子ほどしか年齢も違わなそうで、ここはいかにも夢!だなあと思うのだけれど、名前を「しかたないわねえ」と言った。もう一度言おう、名前が「しかたないわねえ」なのだ。だもんで私は夢の中で、妹のことを「しかちゃん」と呼んでいた。

さほど長い夢では無かったと思う。ただ私は、その夢の世界の中ではすべてを「現実」だと信じていながらも、どこかで夢の醒める瞬間が来るのを理解していた。明晰夢については、昔からよく見るほうだったと思う。

明晰夢(めいせきむ、英語: Lucid dreaming)とは、睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことである。ーWikipediaより

しばしば明晰夢とは「自分でコントロールできる夢」とされるけれど、私の夢は7割くらいの率でコントロール不可だった。せいぜい怖い夢なんかの終盤に「これは夢!」と念じて強制終了できるとか、それっくらいのコントロールがやっとできる程度だろうか。

私は、せっかく妹のいる世界に存在できているのに、その世界が終わって夢から醒めることを恐れた。しかちゃんも嫌がっていた様に記憶している。

そして、とうとう夢から醒めるという間際—しかちゃんは、宇宙にいた。

今でも覚えている、しかちゃんと共に青い地球が見えたことを。しかちゃんは宇宙の闇と星々の中に浮いていたのか、融けてしまったのか―そうして夢は終わっていった。目覚めてすぐに私を襲った喪失感はすさまじく、私は、妹を失ったことを嘆いた。

しかちゃんという存在は、あの夢の中に「確かに」在ったのだ。

時々私は、あたかも実在しているみたいな街の夢を見る。突飛な設定の無い、ありふれた街だ。坂のある街だったり、多摩モノレールみたいな電車が走っていたり。昭島のモリタウンみたい、という印象の強いショッピングモールが出てきたり。

同じ街に何度か行くこともあるし、違う街だったりもする。けれどもどこも、たとえば「宇宙人がいる」とか「アウストラロピテクスが生活している」とかそういう突飛な設定は無く、普通に人々が暮らし、なんというか、この現実の延長みたいな生活が営まれているのを感じられる。

夢から醒めても、なんとなくはその街のことを忘れずにいる。坂の上の、インド人留学生が多い大学。車を少し走らせたところにある、万代書店的な大きな古着屋。それらはまるで、この日本のどこかに実際に在るものを切り取って来て、私の夢の中に植え付けたみたいにリアルなのだ。

だから私は思う—そもそも私が現実だと思っているコレって、いったい何なのだ?と。

今更ながら私が夢中でプレイしている「とびだせ どうぶつの森」には「夢見の館」というお店が登場する。

ゆめみというバクのお姉さんの開いたサロン「夢見の館」でベッドに横たわる。そうして見た夢の中には(インターネットを介して)他のプレイヤーの作った村が現れて、様々な村を観光することができるのだ。

でもそれはあくまで「夢で見ている」という設定。

実際にはどこかの誰かが現実にプレイして作り上げた村なのに、でもこちらが見ているその村の様子は、夢でしかない。…なんとも興味深い設定だ。

…これってもしかして、私がゲームじゃなくリアルで眠って見ている夢に出てくる街も、この「夢見の館」のからくりだったりしないだろうか?

まさかとは思うけれど、そんな気すらしてくる。

もしかすると、この現実だと思い込んでいるコレこそ、壮大なゲームの一部だったりして。

だから私は、私の知らない次元のどこかに(四次元とか五次元とかそういう類のやつ)、いわゆるパラレルワールドってやつが存在していて、そこに私の妹であるしかちゃんが今も待っている可能性も、無きにしも非ずだと思っている。

小学校の低学年生だったあの夜、私はきっと、次元のはざまみたいなものを垣間見てしまったのだ。そうして「しかちゃんのいる世界」と少しの間、私の今いる世界が交差した。しかちゃんという妹が在るのも、しかちゃんの居ない現実も、どちらもその場の私に用意された設定?分岐?…つまるところ、サウンドノベルとかそういうので選択肢を選ぶやつ、あれのそれこそ「選択肢」だったのだろう。

私は「こっち」でしかちゃんのいないルートを選んでいたはずだった。だからそれにそぐう様、しかちゃんはあすこで退場となった。けれどもしかちゃんは、どこかの世界では本当に私の妹なのだ。だからしかちゃんは、今も私の妹として、あの夜一瞬だけ交わった世界で、私のことを待っていてくれているのかも知れない。

…自分でも書いていてこんがらがってきた。

ただ、すべてがもしも「誰かのゲーム」であったとしたら、私はもう必死で生存ルートを往くのに疲れてしまったし、できれば時間戻しとかのズルをしてでも、もうちょっとラクな方に行きたいなあとか考えてしまう。

しかちゃんは今、どんな女性になっているのだろう。

私が忘却の彼方に彼女のことを遣ってしまわぬ限り、しかちゃんという妹は永遠に、私の人生の中に在り続けるのだ。

それだけは、紛れもない事実なのだと思う。


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