見出し画像

意味がわからない『保健教師アン・ウニョン』(20)を謎解きする

先に結論。このドラマは難解なのではなく、作り手が下手で説明不足なため、意味深で謎めいて見えるだけ。深読み・裏読みしても何も出てきません。でもポップでファンシーで不思議ちゃんな良いドラマ。続編に期待。

画像12

『保健教師アン・ウニョン』は、シュールで、難解で、不条理で、謎と暗示に満ちていて、カルトっぽい、Netflixオリジナルの全6話の韓国ミニシリーズドラマだ。『エヴァ』のような、デヴィッド・リンチのような、『TENET』のような、深読みと謎解きができるやつか!? と思って、本国での情報と評判を調べてみた。その結果たどり着いたのが上記の結論だ。これもまた韓国ホラーの亜種?と見なし、Kホラー映画のレビューを専らとするこの場でも取り上げてみたい。

 筆者はこのドラマ、嫌いではない。ポップでファンシーで不思議ちゃんな唯一無二の魅力があり、作り手が下手だとは思うが嫌いにはなれない。だが、『エヴァ』やデヴィッド・リンチや『TENET』のような作品ではなかった。深読み・謎解きしようとすれば何か出てきそうな雰囲気を思わせぶりに漂わせてるけど、たぶん何も出てきませんよ?ということを訴えたい。

 このドラマ、原作(チョン・セラン作)があって、邦訳もされている(斎藤真理子訳)。Netflixでドラマ化され9月25日から世界配信された今年は日本語版も出たばかりで(2020/3/19)、Amazonで¥1,760で手に入る。ラノベみたいなライトで平易な小説だ。

画像1

 これを読めば、ドラマの謎の大半は解明される。例えば第1話のあらすじは、原作ではこうだ(警告:1話のオチまで言及。以下ネタバレあり!!)

 舞台は私立高校。クラゲというあだ名のモテモテ女子に、その日、新たにバスケ部の部長がコクろうとしている。クラゲと昔から仲が良く好きでもあった友達男子はその情報を掴み、バスケ部より先にコクって今度こそ彼氏彼女になりたいと、教室にいなかったクラゲを学校中探し回るうちに、何かにチクリと首を刺されて保健室で見てもらう。

 
保健教師アン・ウニョンには霊感があり、見えないものが見える。男子の首には何かのトゲが刺さっており、引き抜くと、それは物質的なものではなく霊的なものだった。傷は悪化しそう。彼女に見えるものは「きなり色のゼリーみたいな」凝集体、「ゼリーのようなぐにゃぐにゃのかたまり」であり、その正体は「一種のエクトプラズム、死者も生者も放っている微細な、まだ立証されていない粒子の凝集体」だが、それとは別にこの学校にはもっと邪悪な何かがいる、と赴任直後から感じていた。今回のトゲはその得体の知れない何かが刺したもの。ウニョンは男子生徒を心配するが、男子はクラゲを探しにさっさと保健室から出て行ってしまい、行き先不明に。

画像4

 ウニョンはその男子の担任の漢文教師インピョ先生に、男子が心配なので探し出してくれと頼む。インピョはこの学校の創立者の孫でいずれは学校経営を継ぐ身。また彼は何故かバリアで体を守護されていて、それがウニョンにだけ見える。亡くなった誰かの愛(祖父?)が強力なバリアになり彼を守っていて「幸運のお守りが歩いているのとほとんど変わらない」。

画像3

 ウニョンは地下に何か良からぬものが巣食っていると見当を付け、立ち入り禁止の地下倉庫に忍び込む。インピョは、地下室の扉が開けっぱなしになっていたため誰かが立ち入ったと知り、その跡を追う。ここは亡き祖父から絶対に誰も立ち入らせてはならないと言われていた。消毒会社も長年同じところに依頼し、決して業者を変えてはならないとも遺言されていた。だがその業者が廃業し、数年前から料金の安い別の業者に変えていた。

 地下室の中でウニョンはゼリーと戦っていた。彼女は霊や生霊が「ゼリー」として見えるだけでなく、それを退散させるエクソシストとしての力も持っていた。その力で彼女がオモチャの剣をふるいトイガンでBB弾を撃てば、魔を祓える。地下室には入り口付近にすでに「卒業生たちが捨てていったらしき邪念が少しあった。暴力や競争心のぐにゃぐにゃしたかたまり。年月を経た反目と、不名誉、羞恥の残滓が暗がりにころがって」いた。オモチャの剣でそれと戦うウニョン。その様を唖然と見守るインピョだが(ゼリーが見えてない)、とにかくウニョンが懸命に、ある物を探すため地下に降りて来たのだと訴え、その説明をインピョも信じ、2人はさらに下を目指す。

画像7

 地下最下層はただならぬ妖気に満ちており、何百年分ものぐにゃぐにゃが蠢いており、その真ん中の地面には「圧池石」という石が置かれていた。かつては〆縄が廻らされていたようだがボロボロに朽ちて床に落ちている(消毒業者を装ったゴーストバスターズが変わったため、除霊の儀式のメンテがされなくなったから?)。この石をインピョが不用意にひっくり返したことから、結界が破られ、巨大な魔物が出現してしまう。

画像8

 18世紀の古文書によると「古くからこの池は恋人を失った若者たちが身を投じた場所であった。最近その数が手の施しようもなく増え、自殺を装った他殺死体が捨てられるなどの弊害が起きている。そのうえ、死体を食べる魚や鬼、とかげなどが肥え太り、すさまじいことになった。そこで官により命令を下し、池を土で埋めたてることとした」とのこと(漢文教師インピョは18世紀の漢文が読める)。この高校、前々から生徒の自殺や事故が多かったが、その邪気に蓋をしていた石をどけてしまったため、魔物本体が今や完全に解き放たれた(男子の首に刺さっていた物もこいつのウロコだった)。これはマズいとウニョンは地下室を出て外の様子を確かめに走る。インピョも跡を追う。

 ウニョンが懸念した通り、一部の生徒たちにもウロコが刺さり(彼らは全員最近失恋を経験したばかりだと後に判明)憑依されて屋上へと駆け上っており、投身自殺しそうな勢いだ。その自殺志願者の群れの中には、探していたあの男子生徒の姿もあった。

画像9

 ウニョンは飛び降りようとフェンスをよじ登る彼らをフェンスから引き剥がしつつ、トイガンで目の前に出現した巨大な魔物を射撃するが、BB弾は22発、オモチャの剣では15分間しか戦えないというウルトラマンルールが存在する。京都のお守りやらヴァチカンの十字架やらでMPとHPを充填すれば最大28発19分までは延長できるが、今、目にしている巨大な怪物には到底足りず、ウニョンはMPとHPを見る見る使い果たしていく。

画像7

 そこに地下からインピョが追いついた。彼は“歩くお守り”なので、手を握ってくれと頼むウニョン。そうするとHPが一気に回復し、さらに50発は撃てるほどMPが充填され、見事ウニョンは大怪物の退治に成功する。

画像13

 インピョ役の俳優ナム・ジュヒョクはインピョのことを「強力なフォースフィールドに包まれていて、他者を再充電できるヒーラーのような存在」と説明しており、ウニョンとインピョは「ケータイと充電器みたいな別れられない関係」だと喩えている。

 この学校は、呪われた池を埋め立てた上に建てられていた。創立者は呪いに校舎で蓋をするためにこの地に学校を建て、それを守っていくよう孫のインピョを後継者にした。強力なバリアを授かった“歩くお守り”インピョと、エクソシストとしての戦闘能力を持つ保健教師アン・ウニョンは、文字通り「手を取り合って」、生徒たちを守るため魔に立ち向かっていくのだった。

画像13

 原作を読むと初めて、以上のようなストーリーだったのだと判る。原作を読まないと、ドラマでもこの通りの展開が描かれてはいるのだが、こういうストーリーだとはまず理解できない。作り手のストーリーテリング能力が弱いからだ。

 小説ならば文章で説明できる。映像ならナレーションやセリフを通じて説明すれば済む。説明ゼリフを避け映像で説明できるならなおスマートだ。このドラマ、それが無い。説明がとにかく足りず不親切なのだ。原作の出来事を映像で再現しつつも、原作にあった説明、ゼリーとは何か?インピョの体を包むオーラは何か?男子の首に刺さった物体は何か?男子はどうして慌てて学校中クラゲを探し回っているのか?等の説明が一切なく、とても解りづらくなってしまっている。1シークェンス、1カットでいい、最悪、説明ゼリフでもいいから、これを解らせるための工夫は必要だったのではないか。

 逆に、余計な脚色は多い。例えばゼリーの描写。原作では前述のように、その正体はエクトプラズムだと明記されていて、「きなり色」で「ぐにゃぐにゃ」していると説明されているが(鼻水みたいなもの?)、これを説明しないどころか、逆に、カラフルで可愛いゼリーにしようと、なぜかそこに監督はこだわって無駄に頑張ってしまった。巨大な怪物がBB弾の渾身の一撃で破裂すると、ゼリーの雨となって屋上に降り注ぐ。

画像10

 ただでさえ説明不足で解りづらいところに、見た目のポップ&可愛さにミスリードまでされ、見ている方はますますワケが分からなくなる。「この世界でのゼリーとは、生者や死者の思念が実体化し浮遊しているエクトプラズムのこと」だと、ドラマだけ見ていてもまず気づかない。ゼリーは何かのメタファーなのだろうと思い、深読みしようという気になるが、おそらくは「単に見た目がポップで可愛いから」という以上の理由はそこには無さそうだ。深読みしても何も出てこない。

 男子生徒の首に刺さる魔物のウロコも、なぜかドラマでは可愛いハート型ゼリーに改変されている。何かの生物のウロコとして描かれていれば、視聴者も「自殺へと誘う巨大な魔物が棲みついている」と察することができるが、ハート型ゼリーが刺さるとなったら、もう意味が分からない。古文書に「古くからこの池は恋人を失った若者たちが身を投じた場所」だとあり、今回の騒動でも自殺しようとしたのは失恋した者に限られていた(とはドラマでは説明されないが)ので、破れた恋心(≒ハート型ゼリー)の集合体が醜いモンスターの形をとっていた?と解釈できなくもないが、作り手からそう説明があるワケではなく、勝手に筆者がたった今、思いついただけである。

ダウンロード (2)

 今、配信開始から2週間が経過し、本国での評も「説明が足らない」「不親切」との声が多いようだ。ワケが分からないので原作を買って読んでみたという声も多く、好意的な声としては「続編があるだろうから(話が完結せず中途半端に終わるので)シーズン2が楽しみだ、そこで謎は解明されるはず」という期待論も数多く聞かれる。

 監督のイ・ギョンミは、NetflixオリジナルIU主演オムニバス『ペルソナ 仮面の下の素顔』の一篇、ガチのテニスバトルを繰り広げるIUとぺ・ドゥナの顔を超どアップで撮影した「ラブセット」を手掛けた女性監督だ。どアップすぎて鼻の穴の中、鼻毛までも写している。事故ではなく故意にやっている。これは韓国で一般的な「アイドルが物を食べる咀嚼音をコンテンツ化する」といったアイドル商品化の極みにして、最終進化形だろう。

 そのイ・ギョンミ監督は本作に関していくつかのインタビュー取材の中で、以下のような発言をしている。

「シーズン1はプリクエルとして作った。原作は女性ヒーローものの要素がすでに全て詰まっていたので、女性ヒーロー誕生のプリクエルを描いたらどうかとNetflixに提案し、採用された。私に与えられた任務は、シリーズものに発展させられるよう、次シーズンを見たくなるように作ることだった。今後展開する要素を仕込んでおいた」
「小説を読まずにドラマを見た人は、その後で小説を読むのもいい。原作には親切な説明があるから。そうしてくれるのが私の望みだ」
「原作を愛する読者が多くて気が重かった。負担と責任が大きかった。監督は原作を再現する仕事ではない。原作者を介して原作からインスピレーションを受け、映像化した(筆者注:原作者は共同脚本も担当している)」
「私の作品は不親切だという反応について、私もたくさん考えさせられる。映画監督として映画ばかり撮ってきたので、映像でどのようにメッセージを伝えればいいか、いつも悩む。1カット1カットに情報を多く詰め込むので、ドラマの表現方法に慣れている人の中には、難しい、不親切だ、と感じる方もいるようだ。私が与えた要素や意味が、様々な反応の中で消費者によって再創造される過程も、作品の一部だと思う」
「映像言語を研究する映画監督として、台詞で全てを説明はしない。ドラマをよく見る人にとっては馴染みのない表現ではないかと心配になった」
「いつも私の作品は好き嫌いが分かれるので、『賛否両論になったらどうしよう』という悩みはなかった。自分の運命を引き受けたアン・ウニョンと同じで、それが私の宿命だと思いながら、与えられた機会を楽しんだ」

画像9

 いささか言い訳がましくも聞こえるのは、筆者の気のせいだろうか…。ただ、とにかく意味さえ解ればいいというものでもない。難解でなくとっても解りやすい説明ゼリフてんこ盛りの駄作や凡作、という映画やドラマなら、履いて捨てるほどあるではないか。本作のように、世界観で、映像で、音楽で、そしてキャラクターで、しばらくは忘れられないような不思議な余韻を見る者に残してくれる作品は、逆に決して多くはない。だから筆者は、このドラマが好きだ。続編が楽しみでもある。こんなところでお世辞を言っても仕方なく、本気でそうも思っている。[終]


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?