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都会は詐欺でいっぱい!〜オペラ『ばらの騎士』

オペラには人をだます設定が多く取り入れられています。そのほとんどは罪の無いものか、ハッピーエンドで終わる内容となっています。
『フィガロの結婚』『コジ・ファン・トゥッテ』『セヴィリアの理髪師』『こうもり』『ファルスタッフ』他にもたくさんありますね。
そうした中でも私が「これは現代的なだましの手口だな」「今なら特殊詐欺とも言えるな」と思える場面がたくさん出てくるオペラ作品があります。

リヒャルト・シュトラウス作曲『ばらの騎士』
18世紀、王朝時代のウィーンを舞台とした作品で、とても華やかな音楽とビジュアルが観客を夢心地にさせてくれる名作です。

ところがここにはいくつもの嘘やだましの場面が散りばめられていて、それがとても現代的だなと感じさせられるのです。
確かに作曲されたのは20世紀初め。設定こそ18世紀ですが、そこに登場する人物たちは私たちと同じ現代人のようにも思えたりして、不思議な魅力を持ったオペラだと言えるでしょう。
今回はこの『ばらの騎士』に描かれた嘘やだましの場面からこのオペラの現代性を見ていきたいと思います。


仮面夫婦と不倫

舞台はハプスブルク帝国華やかなりし頃のウィーン。
愛のない結婚をして既に中年に差し掛かった元帥婦人はその寂しさを青年(というか少年)貴族オクタヴィアンとの逢瀬で晴らしています。
オペラは二人の情熱的な抱擁をリアルに描写した前奏曲で始まります。

音楽の細かいフレーズごとにそれが“ナニ”を表しているかを想像しながら聞くのも面白いかもしれませんよ。

そして迎えた朝、二人は幸福感に満ちた時間を楽しんでいますが、実は元帥婦人は気が付いています。この幸せは偽りのものであり、この先長くは続かないであろうことを。

逆玉の輿

二人の幸せな時間は騒がしい人の気配で打ち破られ、オクタヴィアンは仕方なく寝室にあった小間使いの服で変装します。
そこへ入ってくるのがこのオペラの裏の主役、オックス男爵。彼は田舎の没落貴族で、しかもケチで好色です。
今朝も婚姻契約書作成のための法律家と、婚約に際して新郎から新婦に贈る銀のばらを持参する役目である『ばらの騎士』を紹介してもらおうと、親戚である元帥婦人を訪ねてきたのでした。

男爵の結婚相手はつい最近貴族に列せられたばかりの新興商人、ファニナル氏の一人娘ゾフィ。
男爵はこの家柄の無いファニナル氏と婚姻関係を結ぶことで貴族との血縁を与える見返りに、自家の失った財産を取り戻そうと画策しているのです。

こうした会話の最中にも、お盛んな男爵は小間使いに変装した可愛いオクタヴィアンに手を出そうとしますが、折しも元帥婦人を訪ねてきた来客の群れに阻まれてしまいます。

寄付金詐欺

元帥婦人からの施しを期待して集まった人たちのうち、一番に声を上げたのは戦死した軍人の遺族を名乗る娘たちです。
ただしそれが本当の話かはわかりません。情けを乞う声を張り切り過ぎて母親らしき人にたしなめられてしまいます。

元帥婦人も無下には扱えず少しばかりの金を渡すと、それまで悲しげな顔をしていた喪服軍団は上機嫌で帰っていきました。
現代でも人の情けを餌にしている(ように見える)人たちはいますよね。

ゴシップ記者と似非(えせ)コンサル

来客たちの中には情報屋のヴァルツァッキとアンニーナが紛れ込んでいました。
まずヴァルツァッキが元帥婦人に怪しげなゴシップネタばかり書き連ねた怪文書を売り込みますが、彼女は相手にしません。

そうこうしているうちにドン臭くて金を巻き上げやすそうな田舎者オックス男爵の存在に気付き、彼を次のターゲットとして言い寄ります。
「あなたは今お困りですね?私は何でもお見通しですよ。」
「何なりとお申し付けください。お力になります。」
どうとでも取れる言葉で相手を信用させ、その都度金をせびり取る作戦です。

この手法、詐欺師のやり方とばかりは言えません。
現代にはいろんな「コンサルタント」と称する人たちがいます。ほとんどは真面目に依頼に応える人たちなのでしょうが、詐欺とは言わないまでも結果としてあまり依頼者の役に立っていない人もたくさんいます。

美人局(つつもたせ)

オクタヴィアンは元帥婦人のすすめで『ばらの騎士』としてファニナル邸を訪れます。そして、そこで出会ったゾフィと恋に落ちてしまうのです。
それも仕方ないことだったかもしれません。婿として現れたオックス男爵はイメージとは大違いの下品なおっさんだったからです。

嫌がるゾフィを前にオクタヴィアンは男爵と争いを始めてしまい、剣で怪我をさせてしまいます。
ファニナル邸を追い出されたオクタヴィアンですが、そこで彼は男爵の結婚を破談にする策を思いつきます。それはスケベおやじの正体を世間に晒すというものでした。

そのエサとは、元帥婦人の小間使い“マリアンデル”からの誘いです。
金払いの悪い男爵をヴァルツァッキとアンニーナは早々に見限っています。アンニーナは“マリアンデル”からの誘いの手紙を男爵に届け、男爵はすっかり上機嫌になってしまいます。
この後痛い目に遭うとも知らずに…

このやり取りの場面が『ばらの騎士』で最も有名な音楽「オックス男爵のワルツ」です。
実は18世紀には存在しなかったウィンナ・ワルツで歌われる場面なのですが、それも違和感が無いくらい『ばらの騎士』は現代的なのです。

女装詐欺

街の居酒屋で落ち合うオックス男爵と“マリアンデル”、実は女装したオクタヴィアンです。

女装して男性をだます事件は現代でも時々起きていますね。男性のスケベ心は同性の方が良くわかったりします。見た目だけ上手く化けれたら男性なんか簡単に騙せるような気がします。

余談ですがSNSで男性が女性のフリをすることを「ネカマ」と言い、その数はかなり多いと思われます。
白状しますと私も大昔、興味本位で女性のアカウントを作り、男性と対話してみたことがあります。詐欺行為は働いていませんが、口説こうとしてくるところが愉快でした。

ちなみにアカウント名は「マリアンデル」。名前の由来を相手に謎かけするのですが、それがわかった男性はショックを受けていましたね。
今さらですが、ごめんなさい。

「あなたの子よ」詐欺

悪いことをしている男性が一番恐れる台詞かもしれません。
オックス男爵にとってもそうでした。

“マリアンデル”を口説いていた男爵の前に、アンニーナ扮する謎の女性が彼の子供たちを引き連れて殴り込んできます。
「パパ!」と男爵にまとわりつく子供たち。
そこへファニナルとゾフィが現れ、男爵の醜態を目の当たりにします。

続いて登場するのが元帥婦人。事の一切を理解して、男爵に結婚をあきらめるよう言い渡します。
観念した男爵は下男レオポルト(実は男爵の隠し子)と一緒にその場を逃げ出すのでした。

嘘の応酬の後に歌われる真実の愛

オクタヴィアンの心変わりを悟った元帥婦人は潔く身を引くことにします。それはとうに彼女が覚悟していたことでした。

オクタヴィアンはゾフィに惹かれつつも元帥婦人にも未練があります。そうした関係を察したゾフィも複雑な気持ちでいます。
三人三様の思いを歌う美しい三重唱はこのオペラの山場と言えるでしょう。

18世紀の美しい貴族社会を描くオペラの音楽は、第一次世界大戦直前の爛熟した感性によってかくも煌(きら)びやかに表現されました。そこには現代的な人間の欲と悪知恵が散りばめられています。ですが最後に歌われるのはいつの世にも変わらず存在する真実の愛でした。

最後はこの三重唱と、元帥婦人が去ったあとに残された二人が歌う満天の星空のように美しい二重唱、そして圧倒的な肯定感で終わる幕切れまでを聞いてこの回を終わることにしましょう。
オペラというものがいかに美しく、面白い物語で、人間の真実を描いてさえいる、現代人にも十分に通じる芸術であることを皆さんも感じていただけましたら嬉しく思います。

オペラにとっての台本の重要さ

今回はオペラを語りながら、音楽よりも筋書きの説明が多かったですね。ですがオペラというのは音楽だけが魅力なわけではなく、台本も重要なのです。
歌詞としてと同時に、プロットもオペラの成否を決めると言ってもいいくらい重要な要素だと言えます。

『ばらの騎士』の台本を書いたのは文豪と言われるホフマンスタールでした。モーツァルトの三大オペラの台本を書いたのはダ・ポンテという有能な作家。ヴェルディ晩年の傑作は自身もオペラ作曲家であり台本も書いたボイトによるものです。
彼ら優れた台本作家の存在無くしては傑作オペラの多くは生み出されなかったと思います。オペラ史においては作曲家と台本作家との奇跡のコラボが何度か存在していて、その都度傑作を現代に残してくれているのです。
そのお話はまたいつかさせてもらいますね。

上記の作曲家兼台本作家ボイトは別の記事で紹介していますので、こちらも良かったら読んでみてください。
それではまた!


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