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教える人は「失敗する自由」を与え、教えられる人は「自ら正解をつくりにいく」


子どもの教育に関する書籍、
立て続けに読んでます。

そして読んでいていつも
大人の教育」も同じ、という気づきを得ます。

指導されたり、
指導することもある私としては、

耳が痛い言葉ばかりが並んでいます。

無意識レベルで、
相手の判断を否定してはいないか?

先回りして答えを教えていないか?
自問自答がはじまります。


■子どもは

失敗することで学び、
成長するといわれています。

ところが親は、

子どもが失敗しないように
子どもの一挙手一投足に注目。

「失敗させたくない」

という親の強い思いは、
子どもの心に届いてしまいます。

「失敗=悪いこと」

子どもの潜在意識に埋め込まれた
誤った価値観は、

チャレンジする気持ちを蝕んでいくそうです。

そうならないためにも、
否定しない、気づかせる、考えさせること。

こうあるべきといった
自分勝手な先入観にとらわれれず、

「この子が成長するためにはどうすればいか?」

と自らに問いかけることが大切です。


■上記はすべて

「子どもの教育」

について書かれていた内容ですが、
よくよく考えると

「大人」には当てはまらない、
ということはまったくありません。

今はあまり見なくなりましたが、

部下のアイデアをことごとく否定する
上司を何度も見たことがあります。

当然、失敗も認めません。

仕事で失敗しただけで
人間性を否定するようなひどいケースもあって、

思い出すだけで寒気がします。

第三者がそんな感想を持つくらいなので、
当事者の気持ちはいかに。

想像を絶する苦痛に耐えていたはずです。

そしてその指導が
はたして成長につながるのか。

怒鳴られる恐怖感の中で
仮に成功したとして、

そこに「自力でやった」という
感覚が芽生えるかどうか。

仕事を心から愛せるようになるか。
疑問を感じてしまいます。

叱ったり怒鳴ったりしないまでも、
答えを教える行為は、

人の成長という観点に立てば
おすすめできるものではありません。

なぜなら失敗できないから。

他者の敷いたレールを歩いていて、
独創的なあたらしい道を開拓できることはマレです。

否定せず、気づかせて、自ら考えさせること。

上司は環境を整えて、
失敗する自由を与えて、成長を促すべきです。


■一方で、教わる立場になったとき、

「答え」を求めることがあります。

取り急ぎ結果がほしいがために、
「正解」を探しがち。

テストの成績
で評価される環境で育った日本人は、

正解に敏感です。

ビジネス、人生、子育て、
遊びだって正解が大好き。

必勝本やノウハウ本が
バカ売れするのはそのためでしょう。

答えや正解をもとに成果をあげることが、
生きていく上で大事な局面もあるかもしれません。

受験や昇格試験などは
将来の収入に大きな影響を及ぼします。

ところが

その場しのぎで
ステージをあげたところで、

新しい環境に順応して
さらに大きな成果を得られるでしょうか?

外的要因によってではなく、
内発的動機によって


突き動かさるようにモノゴトに取り組むと、

学習強化因子であるドーパミンの分泌は
もっとも促されると言われています。

そもそも
VUCAと呼ばれる激動の時代に、

過去の経験に基づいた正解が
今の正解であるとは言い切れません。

年配の人が影響力を駆使して
あれこれ口を出すことを「老害」といいますが、

当時の正解を
今の時代はやすやすと受け入れなくなりました。

自ら正解をつかみにいく。
もしくは自ら正解を作りに行く。

成長して大きな成果を手にする人
はそんな気概にあふれているような気がします。

教える立場と教えられる立場。
教育関連本は、自らを見直すいい機会になります。

本稿も自戒を込めて。


今日も最後まで読んでくれて
ありがとうございました。

それではまた明日。
おつかれっした!

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