「あのランドスケープ・アーキテクト」にはなれないことを受け入れられてきた

4年前、20代後半で感じた、一流の「あのランドスケープ・アーキテクト」になれないのにこれからもランドスケープ業界で働いていく絶望を吐き出したことがあった。今思うとあれは完全にクォーターライフクライシスで、現在も継続中である。とはいえ、この数年で少しずつその絶望を受け入れられるようになってきたので、30代前半のできごとと、今の考えを記録しておこうと思う。絶望していることに変わりはないが、時間とともに腹を括れてきた気がする。

建設コンサルタント会社の退職

数年前に、新卒から約5年間勤めた建設コンサルタント会社を退職した。技術士の資格を取得してこれから管理技術者として主力になるタイミングでの転職で、恩を仇で返すことになってしまい、また他社に必要だと思ってもらえるようになるまで育ててくれた前職には感謝している。
前職では、都市公園の基本構想・基本計画・基本設計・実施設計業務や、官民連携での公園整備の官民両側の立場での支援業務、自治体単位のパークマネジメントプラン策定業務、グリーンインフラ関係の調査業務など、ランドスケープ担当としては幅広い業務を担当させてもらった。ただの設計屋ではなく、様々なスケールでランドスケープのあり方を考える計画屋としてキャリアをスタートできたことは、今振り返れば幸運だった。この手の直接形にならない業務をやりたがる若手社員が他にいなかったため、個人的に関心が高い業務を回してもらえたという事情もあった。(そのおかげで体験なこともあったけど)
業務を面白いと感じる一方で、ずっとこの業界で働き続けていくことにはいくつかの不安を感じていた。

成長の鈍化

最も大きな不安は、自分の成長速度が鈍化していることだった。これは非常に感覚的な話ではあるが、仕事の能力を100点満点で評価するとして、自分の新卒時の能力を1(文章もまともに書けない)とすると、5年目の能力は70点くらい(専門外の分野は人に相談しながら、特殊すぎない業務は主力として回せるくらい)だと自己評価していた。そこから見ると、尊敬できる上司は95点くらいあるが、それでもこの会社にいては自分の能力があと20年かけて30~40%程度しか向上しないように思えた。もちろんこれは非常に感覚的かつ主観的で、自己評価も甘く、また自分からは見えない他人の価値もあるが、それでも、都市公園に関する公共事業を受託して納品するという一般的な業務においては、このように感じてしまっていた。

よそものとして関わり方

入社して5年間で、多少なりとも自分が手を動かしたプロジェクトは25件程度で、さまざまなプロジェクトに関わっていた。(名前だけ体制に入っていた業務を除く。うち主担当は8件程度)一方で、企画から竣工、供用開始まで関わり続けたプロジェクトはひとつもなかった。事業主体は自治体やデベロッパーであり、また特に公共は単年度で発注される業務がほとんどであるため、この関わり方は建設コンサルとしての一般的な事業への関わり方であり、嘆くことではない。ただ、ランドスケープのコンセプトでは市民との協働や植物の生長を謳うことも多いのに、そこに関わることはほとんどできず、また、関わったプロジェクトが事業的に失敗しても、なんの痛手もないことに疑問を感じてしまっていた。やはり、ランドスケープを仕事とする人間としては、10年程度のスパンでその場所やプロジェクトに継続的に関わり続けて行きたいという思いが年々強まっていた。

自分の働きへの評価

建設コンサルタントの業務の大半は公共事業であり、公共事業の発注額の大半は、省庁や業界団体が公表している「歩掛」という基準に基づいている。これはかなり安いと思うし、さらにその金額から何割かの値引きをする場合がほとんどである。仕事の単価を自分で決められないし、時間をかけていいものを作ってもそれが業務価格では評価されないということだ。会社にとって最もわかりやすいバリューである売上をあげるには、こなせる業務の数を増やすことが最も効果的となる。この自分の仕事にレバレッジが効かず、回転数を上げ続けることでしか評価を上げていくことしかできない状況で働き続けていく自信がなかった。

デベロッパー的な会社への転職

転職のきっかけ

先述のように、建設コンサルタントに将来的な不安を抱えていたものの、すぐに辞めたいわけではなかった。ただ、なんとなく、建設業界ではない会社でランドスケープの仕事をしたいと考えていた。資格も取ったし、一度建設業界を離れても、35歳までなら戻ってこれるだろうという何となくの感覚もあった。3年くらいのスパンで転職先を探していこうと、1年目に登録していた転職サイトの経歴をメンテナンスしたところ、2週間ほどして、ローカルなデベロッパー的な会社から選考を受けてみないかという連絡があり、ダメ元で面接を受けたところ採用となった。
この時にオファーをくれたマネージャーが、「ゴリゴリのデザイナーじゃないランドスケープの人間が欲しい」といっているのを聞いて、「あのランドスケープ・アーキテクト」になれなかった自分のキャリアが少し報われた気がした。
このあたりのランドスケープのデザイナー以外の就職やキャリアについての考え方は、いつか紹介しようと思う。

デベロッパー的な会社での働き方

前職とはプロジェクトへの関わり方が大きく変わった。ざっくりいうと、社内調整を行いながら企画を考え、設計事務所に伝達し、検討してもらった内容を一緒にブラッシュアップし、社内での合意を取りに行く、という感じ。用地取得・企画→計画設計→施工→維持管理運営、という開発系の事業の一連の流れでいうと、計画設計だけだった前職よりは、企画や施工などの前後の段階まで少し手を伸ばせているという状況だ。
もちろん想像通りでないこともある。例えば、専門外の人には植栽の重要性がなかなか伝わらない。都市公園では緑化をすることに深い理由が求められることは少なかったが、民間企業では一部の人にとって、植栽はコストでしかなく、隙あらば植物を減らし、フェイクグリーンに変更しようとしている。もちろん維持管理費やリスクを最小化するという立場としては当然の考え方だと思うし、その重要性をこれまで明確に説明できていなかった業界全体の責任でもある。各種基準や他事例などを交えながらていねいに説明すればわかってもらえることも多いが、このマイナスとなっている前提をゼロに持っていくことはなかなか骨が折れる。
やりたいことが全部できているわけではないが、建設コンサルで働いていた時のように単純作業で消耗することも減り、プロジェクトに幅広く関われていると思う。ただ裁量や業務量的にはちょっと物足りなさもある。

今後について

会社を移ったところで、すべての不安が解消されるわけではないし、新たな不安が生まれる。正直、今回の転職は仕事内容としてかなり期待が大きかっただけに、希望をひとつ潰してしまった感覚もある。ただ、この希望が潰えたことで、現実を受け止めて腹を括れるようになった。いつまでも青い鳥を追いかけていられる身分ではなく、しばらくはここで踏ん張りながら、希望を探していく。
幸い現職は副業可能なため、この春から個人で建設コンサルタントの業務委託を受けていく予定なので、その仕事で心境に変化があればまたここに記録しようと思う。

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