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イランによるイスラエルへのミサイル・ドローン攻撃

4月13日夜、イランの革命防衛隊はイスラエル本土に向けてミサイル・ドローンを用いた直接攻撃を実施した。14日朝のイスラエル国防軍(IDF)の発表によると、イランはドローン170機、巡航ミサイル30発、弾道ミサイル120発の計300発超による複合的な攻撃を実施したものの、イスラエルは弾道ミサイル数発を除いて領域外にて迎撃することに成功、被害はイスラエル南部のネヴァティム空軍基地の施設に軽微な損害が出たのみとしている。現在までにイランの攻撃による直接的な人的被害は確認されておらず、ミサイル・ドローンを迎撃した際の破片により南部の街で子供1人が重傷を負ったことのみが報告されている。

IDFの発表では、攻撃はイラン本土から実施された他、一部はイラク、イエメンからも発射されたとしている。米国防総省の発表ではイラク、イエメンに加えてシリアからも攻撃があったとしている。イラン側の発表では、イランから数十発の攻撃を実施したと説明するのみで、第三国からの攻撃については言及されていない。なお、レバノンから数十発のロケット弾が発射されたことも確認されているが、これはイランの革命防衛隊が直接実施したものではないと整理されており、上記の300発超の攻撃には含まれていない。

被害はほとんど出ていないもののイランによる攻撃は軍事施設が主な標的であり、市街地や民間施設は標的から外されていた模様である。イランのバーゲリー参謀総長は、今回の攻撃は、4月1日にイスラエルがシリアのイラン領事館を攻撃した際(後述)に戦闘機の発進基地だったネヴァティム空軍基地と、攻撃目標に関する情報を提供したゴラン高原のジャバル・シャイフ(ヘルモン山)にある情報センターを標的にしたものであり(下図参照)、イスラエルの人々や経済施設は標的から外したと述べている。これが事実であれば、ゴラン高原のジャバル・シャイフはイスラエルがシリアから占領している地域、ネヴァティム基地は砂漠地帯にあり、イスラエルの中心部への攻撃は意図的に避けられたことになる。

出所:筆者作成

イランによるイスラエル攻撃の背景

攻撃の実施後、革命防衛隊は声明を発出し、今回の攻撃は4月1日にイスラエルがシリアのイラン領事館を空爆し革命防衛隊の幹部を含む16人を殺害したことを始めとする、シオニスト政権による無数の犯罪行為に対しての懲罰の一環だと表明した。4月1日のイスラエルによる攻撃の被害では革命防衛隊の中で対外特殊工作を担うゴドス(Quds)部隊のシリア・レバノン方面司令官のモハンマドレザー・ザーヘディー准将が含まれており、2020年に米軍にゴドス部隊司令官のソレイマーニー少将を殺害されて以来もっともハイレベルの人物が暗殺されたことになる。

ザーヘディー司令官を含む革命防衛隊員の葬儀に参列するハーメネイー最高指導者
出所:ハーメネイー最高指導者事務所公式HP

革命防衛隊の幹部が殺害されたことに加え、戦時においても保護の対象となる外交施設への空爆が実施されたことに対し、イラン国内ではイスラエルへの報復が叫ばれていた。ハーメネイー最高指導者は、これはイランの領土への攻撃と見なされると述べ、イスラエル本土への直接攻撃が報復の適切な対価であることを示唆していた。イスラエル、そして米国のインテリジェンス機関もイランが実際に報復攻撃を実施する可能性が高いと認識しており、4月5日には翌週にもイランによる報復が行われる可能性が高いとの情報が米政府高官から明かされている。実際のところ、イランはスイス経由で米国に対してイスラエルへの攻撃を実施することを通告しており、米国に介入しないよう警告を発していたことが明らかになっている

今後の展望

イランがイスラエル本土への直接攻撃に踏み切ったことは、これまでの民兵を介した代理戦争や、第三国での軍事的応酬、そして相手国においては暗殺等の特殊工作のみに手段を限っていたことに鑑みると、これまでの一線を大きく越える措置だったと言える。イスラエルとイランの対立は「Shadow War(影の戦争)」と呼ばれてきたが、Economist誌は「Shadow Warが公然化した」と表現し、事態が新たな次元に発展していると論じている。

一方で、今後エスカレーションが加速的に進んでいくかは留保が必要である。

第一に、外交施設を攻撃され自国の軍司令官を殺害されたイランは、激しい怒りを表明しながらも、イスラエルに人的・軍事的な被害を出すことに拘らなかった。これは2020年のソレイマーニー司令官殺害の報復として、イラクの米軍基地を弾道ミサイルで攻撃したときと同様の対応であると言えよう。イランのアブドゥルラヒヤーン外相によると、今回イランは米国にイスラエルへの攻撃は限定的かつ自衛的なものに留まると伝えており、地域諸国には72時間前に攻撃計画を伝えていたと明らかにしている。イランとしては攻撃を実施する意図を明確にし、イスラエル・米国に防衛上の危機意識を最大限高めさせた上で、軍事施設への攻撃を実行したことになる。Wall Street Journal紙は4月12日時点で今後24-48時間以内にイスラエル北部か南部への攻撃が実施される可能性が高いとの想定で米国とイスラエルが対応していると報じており、イラン側にイスラエルへの人的・軍事的な被害を出す意図があったならば、事前に通告したり迎撃可能な攻撃手法を取ったりしなかっただろう。2020年の事例同様、イランは自国の軍司令官が殺害されたことに対して象徴的な報復攻撃を実施せねばならない一方、イスラエル・米国との対立が軍事的にエスカレートしていくことを避けたい思惑があったと考えられる。バーゲリー参謀総長は、今回の攻撃は「期待以上の成功だった」と述べており、イラン側の論理としては十分な成果を挙げたことになっている。イスラエルがイランを再度攻撃するようなことがあれば今回の十倍以上の規模の攻撃を実施する能力がイランにはあると誇示したものの、今回の軍事作戦は既に完了していて更なる攻撃がないことは明言されている。

そしてイスラエル側の被害が軽微であったことは、事前に懸念されていたイスラエルによるイランへの報復が難しくなったことを意味している。イランがイスラエル本土を攻撃したことは、イスラエルにイラン本土を攻撃する正当性を付与しかねない事態であり、イスラエル政府もイランへの報復を示唆している。しかし、先にイスラエルがイランの外交施設を攻撃して人的被害を出したのに対し、今回イスラエル側に人的な被害が出なかったことで、被害の大きさのバランスとしては依然としてイラン側の方に傾いている。米国はイスラエルの防衛に関与を継続していくことを表明しており、実際に米軍はイランからイスラエルに向けて発射されたミサイル・ドローン数十発を迎撃しているが、同時にイスラエルによるイラン攻撃は牽制するべく動いている。バイデン大統領はネタニヤフ首相との電話会談において、イスラエルは防衛に成功し「勝利」したため、イランへの報復は不要だとの考えを示した。オースティン米国防長官とガラント国防相との電話会談においても、米国はイスラエルの「防衛」を支援すると強調し、イスラエルによるイラン攻撃からは距離を置く姿勢を示している。

イスラエルがイランへの攻撃を抑制できるかは現時点で不明だが、ガザ情勢の影響でイスラエル非難一色になりつつあった国際社会がイスラエルを「被害者」として扱い出すことは、イスラエルにとって外交的な利益を見出せる展開である。イランへの報復を何らかのかたちで実行に移すとしても、これまでのShadow Warの文脈で実施してきた措置に留まるならば、事態は4月1日以前の状況に戻る可能性は低くないだろう。

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