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凍結資産解除と米・イラン囚人交換がもたらすイラン核交渉への影響

9月18日、米国とイランはそれぞれ自国内で拘束していた相手国の国民5人を釈放した。さらに米国政府は、囚人交換に先立って、イランが韓国に持つ資産60億ドルの凍結解除を承認している。これらの動きはカタールとオマーンが仲介役を果たしており、昨年9月以降停滞が続いている核交渉の再開に向けた新たな機運になると期待する声が上がっている。

もっとも、6月25日付の記事「イラン核交渉再開に向けた様々な取り組み」でも指摘したように、これらはあくまで交渉再開に向けた前向きな空気の醸成に過ぎず、仮に交渉が再開した場合の合意実現のハードルを下げるものではない。

イラン核問題をめぐる環境も好転しているとは言い難く、9月13日にはIAEA理事会において、2019年に未申告の核物質がイラン国内で発見された問題について、イランに十分な説明と協力を改めて要請するとの決議が採択された。また、2015年10月18日に発効したイラン核合意は、その8年後となる今年10月18日に「移行の日(Transition Day)」を迎え、米国・EUは弾道ミサイルや核関連の対イラン制裁を解除することが定められているが、9月14日、英仏独はイランが核合意を履行していないことを理由に、10月18日以降もイランに対する制裁を継続する方針であることを発表した

イランは米英仏独主導によるIAEAでの非難決議の採択と制裁の継続に反発を表明し、9月16日にはIAEAの査察官のうち3分の1の受け入れを拒否する旨を通告した。9月20日にライーシー大統領は「査察には何の問題もないが、問題は一部の査察官だ」と述べ、西側諸国による不公正な声明に対応した措置として対応を正当化した。特定の査察官による査察を拒否することは受入国の権利として認められているが、これほど多くの査察官の受け入れを拒否することは前例がなく一方的な措置だとして、IAEAは非難声明を出している
国連総会のサイドラインとして、9月20日22日にイランの核交渉責任者であるバーゲリーキャニー副外相はEUの担当者とそれぞれ会合しているが、特に進展はなく、それぞれの立場を主張して終わったようである。また、国連総会に出席したライーシー大統領も、会談した「西側諸国」の指導者は日本の岸田首相のみであり、外交における大きなブレイクスルーは見られなかった。

イランとしては、事態の打開に向けて核合意を急いで再建する動機が弱くなりつつあるのかもしれない。ライーシー大統領は国連総会での演説にて非欧米的な国際秩序への「パラダイム・シフト」が起きていると述べたが、イランは新たな秩序の中で影響力を発揮できるとの自信を深めているように見える。8月末にBRICSへの正式加盟が認められたことは、イランの国際的な地位を高めた。米中間の競合は徐々に明確な対立関係に変化しつつあり、中国は米国の意向を無視してイラン産原油の輸入を増やすことに躊躇しなくなっている。イランが受けている金融制裁も、中国を中心に脱ドル化した経済圏が誕生すれば制裁の影響を軽減できることから、持久戦が自国の有利に働くと判断している可能性は高い。

むしろ核合意の再建を急ぐ理由があるのは大統領選を控えるバイデン政権の方であろう。6月のイラクに続いて今回韓国国内の凍結資産解除に踏み切ったことからも、「飴」と「鞭」でイランの反応を引き出そうとしている様子が見て取れる。もっとも、過度にイランに弱腰の姿勢を見せることは共和党に攻撃材料として使われることから、硬軟織り交ぜた対応に終始せざるを得ず、結果として中途半端な対応ぶりになっていると考えられる。

第78回国連総会で演説するライーシー大統領
出所:イラン大統領府

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