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病院とさよなら

2019年にゼロステージの乳がんの告知をされ、手術を勧める医師に、自分はクリスチャンなので癒しの力を信じていること、薬膳で治したいと言って、1年経過観察をし、2020年に、医師にもうこれ以上検査はしないことを告げて病院を離れた。

その後、1年に一度の人間ドッグで、乳房の超音波の検査はしていたが、2年間は特に再検査にもならず、乳がんは癒やされたと思っていた。

しかし、2022年11月末の人間ドックで、3cm大の乳がんのシコリが見つかり、その頃、髪の毛がごっそりと抜けたので、がんが転移しているのではないかと心配になった。ただ、今病院に行ったら確実に手術されてしまうと思い、6ヶ月間、養生をして良くなってから病院の検査を受けることにした。

そして毎日、乳製品を完全に排除、がんの薬膳、タンポポ茶、クマザサエキス、スギナ茶、レッドクローバーティー、ドクダミ茶、セイタカアワダチソウ茶などの野草茶、生姜湿布、里芋湿布、シコリのマッサージ、最低8時間の睡眠、薬草風呂、お灸、適度な運動、444khzの癒しの音楽、毎日の感謝とお祈りなど、徹底的に養生をし、触った感触ではシコリはなくなっていた。

5/30に以前通っていた病院に紹介状と人間ドックの画像を持って行ったところ、すぐにでも手術の準備をされそうになったが、その前に針生検をお願いした。しかし、超音波検査で針生検の場所が特定できないほど、シコリが消えていた。医師も驚き、翌週、さらに高精細エコーの検査を受けたが、病理変化はなく、4か月後に経過観察となった。

4か月後の経過観察は、主治医ではなく、若手医師だった。今までの経過もあり、わざわざ忙しい主治医が診る必要はないということか。

超音波の検査は、サラッと終わり、特に変化なしということだった。医師から、これからどうしたいのか聞かれ、私はもう少し詳しく検査結果の説明をしてほしいとお願いした。医師は、乳腺の状態としては、健康な乳腺に比べるとモヤがかかっていて、2019年と変わらないゼロステージだという。そこが浸潤しているかどうかは、針生検で場所を特定できないと分からないのと、針生検で浸潤していなくても浸潤がんが隠れてる可能性もあるので、その部分全体を手術をして組織を調べないと、浸潤しているかどうかは分からないとのことだった。

私は、若手医師に前回の3cmのシコリが消えたことについて聞いてみた。若手医師は、そのことを知らず、人間ドックの紹介状も画像も書面であったため、私のカルテデータには、スキャンもされておらず、保存もされていなかったようで、分からないとのことだった。

私は、今後も手術するつもりはなく、自然療法を続ける意向を伝えた。医師は、病院の標準治療としては、乳がんはゼロステージでも手術することになっているので、それ以外のオプションはないとのことだった。

4か月後に経過観察するか聞かれたが、私は、2ヶ月後に人間ドックの予約を入れていることもあり、1年に一度の人間ドックで良いと伝えると、医師は、「どうせ人間ドックでもひっかかりますよ」と言った。しかし、私がこの2年間、人間ドックで乳がん検査をしていたが何もなかったと伝えると、医師は返す言葉がなかった。

この4年間、ゼロステージの乳がんは、祈りと薬膳、養生生活によって、変化はなく、乳製品を再開したことで、一旦シコリが3cmになったが、再度養生の徹底でシコリは6ヶ月で消えた。この体験を通して、乳がんは自然療法で治ることが証明されたし、自分でも養生で何をすべきか良く分かった。これからは、人間ドックの検査で問題なければ、完治ということだ。

医師から主治医に会うか聞かれ、せっかくなのでお会いした。主治医は、私の意向は良く知っているので、「あなたの癌は、進行がゆっくりな大人しい癌なのかも知れないですね。(医師はあくまでも、癌が自然療法で癒やされるということは認めない)また何か気になることがあればいつでも来てください。お待ちしています!」と言った。

医師が「また、お待ちしています!」とは、まるでビジネスのセリフのようだと笑いそうになった。そういえば、2019年の初診で病院は1日20人、年間800人手術していると医師が言っていたのを思い出した。

私が晴れやかな顔で診察室を出ると、沢山の女性達が待合室にいた。待合室は、読書コーナーがなくなり、さらに拡張されていた。

病院とはこれでさよならだ。

帰りは、散歩がてら2駅前で電車を降り、和食の定食ランチを食べて帰った。歩きながら身体が喜ぶのを感じた。

2019年、乳がん告知をされた時の私は、駅から病院の距離を歩くのも疲れを感じ、ランチはカフェでパンやパスタのランチを食べていた。

4年後の私は、今までで最も健康的な生活を送り、健康になっていた。

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