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子どもの可能性を信じるために。教員や大人はどうあるべきか?【対談】

これまでの日本の教育は「学んだことをきちんと理解しているか」という知識・技能の評価が大きなウエイトを占める均一的なものでしたが、現代では求められる日本の教育のあり方も変わってきています。

VUCA時代と呼ばれる先の予測が困難な現代において、正解のない課題に対応していく力が求められる”これからの教育”。教員が主体となって教える「ティーチング」から、学生の気づきを促す「コーチング」の関わりが注目されています。

知識や技能を習得するだけではなく、それをもとに自分で考え、表現し、実際の社会で役立てる力を学校教育や子育ての中でどう育んでいくのか? そしてそのためには私たち大人はどうあるべきか?

今回は、神山まるごと高専・事務局長の松坂孝紀さん、軽井沢風越学園教員・プロコーチの木村彰宏さんをお招きし、学生と関わる上で大切にしていることや、これからの教育に必要なことを伺いました。

※こちらのnoteは、2023年7月21日(金)に開催された神山まるごと高専、軽井沢風越学園 とのコラボイベントの内容の一部を再編集したものです。

◼︎神山まるごと高専
徳島県神山町に2023年4月2日に開校した全寮制の学校です。通う期間は、15歳から20歳までの5年間。テクノロジー、デザイン、起業家精神の3つを学びながら「モノをつくる力で、コトを起こす人」を育てる新しい学校として注目を集めています。神山まるごと高専の文化醸成として、THE COACH™
も教員の皆さんに向けたコーチング研修やイベントなどさまざまな形で関わってきました。特に、開校後4月〜7月までの間で実施した、学生たちへのコーチングセッションの提供は、教育現場では前例を見ない取り組みです。
https://kamiyama.ac.jp/

◼︎軽井沢風越学園
2020年4月に開校した幼稚園と義務教育学校(小中学校)が混ざった3歳から15歳まで12年間の学びの場です。「大人も子どもも、つくり手である」ことを軸にして、学校やクラスというコミュニティ、学び、自分、未来を自分たちでゼロからつくることを大切にした、独自のプログラムが特徴です。「マイプロジェクト」「テーマプロジェクト」などの授業では、教員が伴走役となって子どもたちに関わっており、各スタッフの判断で必要に応じて、子どもたち一人ひとりとの1on1なども実施しています。
https://kazakoshi.ed.jp/


「答え」ではなく「問い」が必要な時代

——神山まるごと高専も風越学園も、どちらも大人も子どもも一緒に学びの場をつくっていく姿勢が共通しているように感じました。まずは、学生と関わる上で教員・大人が大切にしていることを教えてください。

松坂さん:神山では「ここは小さな社会、あなたは大人」という言葉があり、まずは学生たちを子ども扱いしないというのが大前提になります。では、大人とはどんなあり方を指すかというと、自ら考え行動できる状態です。

しかし、いざ考えようといっても、どうしたらいいかよくわかりませんよね。「自ら考える」ためには、まず「問い」を立てることが必要です。

学生が問いを立てる前に、教員が答えを言ってしまうことは本当によくあることです。それは、答えを持っている者が持っていない者に教える、いわゆる「ティーチング」の関わりが教育現場において習慣になってしまっているということ。つまり、学生自らが答えを見つけられる可能性を信じきれていないわけです。その意識改革はかなり重要だと思っています。

——答えを教えるのではなく、問いを立てること。そのことを教員たちが意識できるように、何か工夫していることはありますか?

松坂さん:教員自らが問いを立て、教員同士でよく対話をすることです。対話を通して、「学生自らが答えを見つけられる可能性を信じられているか?」という視点を持ち続けられるようになっていると思います。実際、神山には最初「学生支援チーム」という教員のチームがあったのですが、数ヶ月経って「学生応援チーム」という名称に変更しました。「支援」という言葉にどこか、学生は支える必要がある、学生は一人では立てない、というニュアンスが含まれているよねと。

支援や指導は必要な時だけでよくて、基本は「応援」にあるよねと教員同士で話し合いました。リアルタイムで学生への向き合い方をアップデートしている最中ですし、それはずっとつづいていくことなのかなと感じています。

木村さん:まさに、風越でも教員同士の対話の時間をたくさん設けるようにしていて、互いの価値観や願いを尊重し合うような文化が、育ってきているのかなあと肌感覚として感じています。その一方で、いくら制度的に対話の時間を設けたとしても、意見の違いを認め合えずうまくいかない時ももちろんあります。

そんなときに、良い対話のあり方のヒントをくれるのが子どもたちなんです。時折意見をぶつからせながらも、対話を通じて課題を乗り越えていく。子どもたちが見せてくれる姿から学べることがたくさんあるように感じます。


教員だけで考えるのではなく、子どもたちたちと一緒に考える

——神山まるごと高専では開校1年目の前期の間、全校生へ月に一度、THE COACH™のコーチ陣と学生がペアを組みコーチングセッションを実施しました。教育現場におけるコーチングの可能性をどんなところに感じていますか?

松坂さん:正解のない時代といわれるように、誰も答えを持っていない問いに向き合わなければいけない時代において、考える力を育むことがすごく大切だと思っています。コーチングは考える力を養う方法の1つだなと。

あとは、好奇心に火がつくと学生たちも結構忙しくなってくるんですよね。あれもやりたい、これもやりたいとどんどん膨らんでいくなかで、優先順位をつけたり、ブレーキをかけたりする方法を知らない学生は多い気がします。

月に一度コーチングセッションを受けることで、現在地を確かめたり、内省する時間をとれることは、自分の好奇心を見つけ直すいい機会になるのではないかと思っています。

これまで神山まるごと高専とTHE COACH™は、学生さん向けのコーチングセッションの提供、教職員向けのコーチング研修、トークイベントなどを実施してきました

——風越学園とは別で、木村さんはプロコーチとして教員へのコーチングも実施されていますが、教員の皆さんの様子を見てどんなことを感じますか?

木村さん:コーチングをしていてよく感じるのが、先生たちの悩みに対して「それ、子どもたちにそのまま聞いてみたらどうですか?」と提案すると、結構ハッとされる方が多いんです。「自分で考えてばかりで、全然子どもたちの意見を聞けていなかった」と気づかれる方もいます。

一般的な公立の学校では、1人で1クラス30人前後をみなくてはいけませんし、過密なスケジュールもこなさなければなりません。そのため「児童・生徒の意見を聴く」という発想自体が抜けてしまうほどに、余裕のない状況もあるのだと思います。

「コーチング」という名前であっても、そうでなくても、「子どもたちのことを信じて委ねてみよう」「教員だけで考えるのではなく、子どもたちたちと一緒に考えよう」というあり方が少しでも広まってくれたらうれしいです。


まずは大人が「問いを立てて行動する」を実践する

——子どもの可能性を信じて、問いをかけてみる。そして、自ら答えを見つけるまで待ってみる。そういったコーチング的な関わりを実践する上で、どんなところに難しさを感じますか?

木村さん:きれい事だけ語っているように思われるかもしれないので、ここは正直にお伝えしておきます(笑)学校では本当に毎日いろんなことが起きるので、常にコーチング的な関わりができているかといえば、そんなことはありません。

自分の教育観や価値観を子どもに押し付けてしまったなと反省する瞬間はたくさんあります。教員自身が自分の課題にぶつかりながら、その度に反省し考えて次の行動を起こす。その繰り返しなのではないかなと。

松坂さん:コーチングを学ぶと、大人側が自分の振る舞いを反省するようになりますよね(笑)

あとは、学生自身がコーチング的な関わりに慣れていないことでしょうか。「夏休みどう過ごしたの?」と聞かれることには慣れていても、自分の未来のことや価値観について聞かれたり、考えたりすること自体がきっとすごく少ないんだろうなと想像します。

教員がそもそもいい問いを投げられていない場合もありますし、「答えられないだろうな」と教員が決めつけてしまうことで、考える機会を奪ってしまっていることも多々ありますよね。コーチング的な関わりに慣れていない学生に対しては、教員側にも相当なスキルが必要なように感じます。

木村さん:コーチング的な関わりに慣れていないのは、教員も同じなのではないかなと。「自ら問いを立てて考え行動する」というプロセスに慣れていない人が多いですよね。

子どもたちの主体性を信じたいと思っても、自分がそういう教育を受けてきていないからやり方がわからなかったり、その重要性を管理職や教育委員会に理解してもらえなかったり。

旧来的な教育を変えていくためには、大人自身が「自ら問いを立てて考え行動する」ことを実践し、その重要性を体感することも必要になってくると感じています。


対話をはじめる前に、安心安全な場をつくれているか

——木村さんは教員の方へコーチングセッションを実施する際、心がけていることはありますか?

木村さん:僕のセッションを受けてくれる方の中には、うまく自分の感情や思いを出せないという方もいらっしゃいます。そういう場合は、セッションをはじめる前の安心安全な環境設計を一番意識していますね。

ここでの話は絶対にどこかに漏れることはないし、面接や面談でもないから、僕を喜ばせる必要もない。あなたのための時間であり、自分にとって一番いい時間にしましょうとお伝えしています。

それは子どもに対しても変わりません。風越の子どもたちとも年に数回1on1を実施していますが、まずは自分が一番リラックスできる場所でやろうと、実施場所を子どもたちに指定してもらっています。同じく守秘義務に関しても約束事として伝えた上で、自分にとって一番うれしい時間にしようね、と。

そうすると、中には小学校高学年でも涙を流して話す子もいるんです。「本当はこうなってほしいんだけど、お母さんにも言えなくて...」という話が出てくるんですよね。当然のことではありますが、子どもたち一人ひとりに感情や願いがあるんです。


これからの教育に必要なことは、至ってシンプルなことかもしれない

——今後の教育に必要なこととは?

松坂さん:とにかく「子どもの可能性を信じる」という大人側のマインドセットが非常に重要なのではないかと思います。教育の世界では、子どもが失敗しないように転ばぬ先の杖を用意することが習慣になってしまっています。

例えば、髪色を制限する校則。学校側からしたら、明るい色にすることで悪い友達ができることを防ぐ目的なのかもしれません。でも、その子は明るい色にすることで起こるリスクも理解した上で、それでも「自分は金髪が好きなんだ!こっちの方が自分らしくいられるんだ!」と自ら選んでいるのかもしれませんよね。

もちろん学校は事件になるようなことは防がなければいけませんが、子どもも自分の選択や行動に責任が取れる「大人」として意思が尊重されるべきであると、私は思っています。

木村さん:本当にそうですね。「これからの時代は〇〇教育が必要」と、時代に応じてあらゆることが言われていますけど、本質的には「一人ひとりを大切にする」ということに尽きるような気がします。

一人ひとりの願いや感情、価値観を大切にする。それは、コーチングという名でなくても、すでに取り組まれてきた素晴らしい先生方もいますから、本当に必要なことはある種いつの時代も変わらずシンプルなことなのかなあと感じますね。

神山まるごと高専 事務局長 松坂孝紀
東京都生まれ。東京大学教育学部を卒業後、人材教育会社に入社。マーケティング、人事、経営企画などを担当した後、2017年に子会社として人事コンサルティング会社を起業。自社の経営を行いながら、コンサルタントとしても活動し、企業や地方自治体の人づくり・組織づくりプロジェクトを多数推進する。2021年より神山まるごと高専の立ち上げに参画。学校教育に新風を吹かせるべく、経営メンバーとして学校づくりに邁進中。
X(旧:Twitter):@matsuzaka01

軽井沢風越学園 / プロコーチ 木村彰宏
復興支援NPO職員、小学校の教師というキャリアの後、株式会社LITALICOに入社、子どもたちの発達支援や、教育や福祉に興味関心ある学生や社会人のキャリア支援に従事する。2020年4月からは、コーチングを通じて起業家や経営者をサポートする株式会社コーチェットにジョインし、トレーナー兼コーチとして活動。2021年4月から現職。その他、複業として、プロコーチとしての業務、研修・WS設計、ファシリテーション業務、キャリア教育、教員の伴走支援など多様な活動を行っている。 国家資格公認心理師/国際コーチング連盟(ICF)認定 プロフェッショナル・サーティファイド・コーチ(PCC)/LEGO® SERIOUS PLAY® メソッドファシリテーター
X(旧:Twitter):@1130Kimura