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褒められなくていい

僕が人の役に立てる数少ない機能の一つが、人の話を黙って聞ける(もちろんテーマや程度にはよる)ということなんだけど、ある日、県庁職員の方と打ち合わせをしていた時、何かの拍子にスイッチが入って、堰を切ったように止めどない愚痴が溢れてきたことがある。
その時も、「お?お?急にどうした?」とか思いながらも、割りに真剣に、真摯に、黙って話を聞いていた。

一般的な感覚とはズレるかもしれないが、僕はあまり知らない人の愚痴を聞くのが好きだ。知っている人の愚痴を聞くのは、相手のことをすでに知っているから中身が想像できたり、すでに聞いていて「またか」となったりするからあまり望むところではない。知らない人の愚痴というのは、その人の好きなもの、嫌いなもの、置かれている状況、悩んでいることなんかが一度に把握できたりしてお得なのだ。知らないから、単純に「へーそんなふうに思うんだ」とかその人のことをよく知れる。

で、その県庁の人の愚痴というものが、「公務員っていうものは、税金が給与の厳選になっているという仕組み上、会う人全員がお客さんのようなものなんです。そして、基本的に業務の内容はトラブルシューティングが主たるものです。そんな仕事なもんだから、人と話す時に出てくるのは大体が県庁職員や組織への不平不満ばかりなんです。ワシらの血税で食ってるんだからしっかり仕事をしろ、とか。関係ない人たちに当たり前のように嫌なことを言われる仕事なんですよ。
しかし、僕たちの仕事は多くの場合、顕在化した課題や問題にダイレクトにアクセスしてトラブルシューティングしているわけで、それらの業務はつまりは小さな達成であると思うし、それを延々繰り返しているわけです。割に役に立っていることだって無くはないはずなのに、そういうものを褒められることは全くと言っていいほどない。本当にないんです。100点が義務付けられたテストをやらされて、90点をとって怒られるようなものです。満点をとれることなんてあり得ないのに。ぶつぶつ」

というようなものだった気がする。直接対峙するクライアントやお客さんではなく、自分の働きぶりを関係のない人に批評されるのは確かに腹が立つ。僕もそういう仕事をしたりもするからとても気持ちがわかる。

そういうのって、両手両足を縛られどこかに繋がれて、くすぐられるのに似てる気がする(もちろんされたことはないですよ)。身動きは取れないし当然やり返すことも、身を守ることもできない。その上くすぐってるわけだから笑ってしまうんだけど心底腹が立ってる。くすぐられているから怒ったりするのが見当違いな反応のような、そういう居心地の悪い不文律みたいなものがある気もする。ほんとタチの悪いサンドバッグ状態だ。

そういうのが続いて、嫌なモヤモヤがたまってくると僕は村上春樹のエッセイを読むようにする。なんだかそういう感情の機微がだんだんどうでも良いことの様な気がしてくるから。特におすすめなのが『村上ラヂオ』で、その中の『けんかをしない』というエッセイがとてもいいです。

小説家も(書きもしない)色んな人の批評に晒される職業で、村上さんも色々と言われることが多いらしいです。こういう見るからに個人主義な人にいちいち絡んだりできる人のモチベーションの源泉みたいなものが全く知れないんだけれど。で、そういう人に何か言われてもそこまで腹が立たないらしく、なんでだろうと読み進めると、開き直ると失うべきものが何もないから、らしい。

「偽善者だ」と批判されると「言われてみれば偽善的な部分があるかもしれない」と捉え、同じ様な意味合いにおいて、「僕は確かに馬鹿だし、嘘つきだ。自分勝手で、頑固で、それでいて移り気で...(以下省略)。残っているのは、アル中と幼児虐待と靴下フェチくらいのものじゃないか。」という具合に開き直るらしい。靴下フェチ。

そんな風に自分を捉え直すとちょっとした批判なんて、"池に落ちてぐしょ濡れになったところに、誰かからひしゃくで水をかけられても冷たくないのと同じこと"みたいだ。この文面だけ見るとすごく卑屈な人みたいだけど、その後にこんなふうに続く。

かなりの確信を持って思うんだけど、世の中で何がいちばん人を深く損なうかというと、それは見当違いな褒め方をされることだ。そういう褒め方をされて駄目になっていった人をたくさん見てきた。(中略)
だからあなたも、誰かに故のない(あるいは故のある)悪口を言われても傷ついても、「ああよかった。褒められたりしなくて嬉しいなあ、ほくほく」と考える様にするといいです。

ということらしい。こういう気の持ちようって、街頭で配っているポケットティッシュみたくもらってすぐに使えるシロモノではなく、ちょっとした訓練が必要になりそうだけど、素敵で理にかなった考え方ではないだろうか。

県庁の人にもおすすめしたんだけど、読んでくれたかな。

どうでもいいけど、自分が悩みを相談したときに「だったらこれ読むといいよ」とかって、本とか勧めてくる人ってちょっと鬱陶しいですよね。すいません。

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