会計士の視点で見た”Dappi”運営企業①
はじめまして。「地方の会計屋」ことMeisou_AKです。
一応、公認会計士・税理士です。
最近Twitterでフォロー頂いた方はご存じないと思われますが、10年以上前は某ブログをこまめに更新していた時期もありました。
これもいつか再編集して当noteに掲載しようと思いますが、かつて小沢一郎氏の「4億円記載漏れ事件」でメディアが日夜大騒ぎしたとき、小沢氏の資金管理団体「陸山会」の政治資金収支報告書の記載内容を分析して大きな反響をいただいたこともあります。手前味噌ですが、のちに明らかになった真相は最初の推測に概ね沿った内容だったと自負しています。
少し遅くなりましたが、野党への攻撃を繰り返していた「デマアカウント」”Dappi”の正体が都内のある「法人」と分かりネット上では大きなニュースとなりました。
しかも、その「法人」の情報も色々と明るみになるにつれ、職業病が色々とうずくものもあり、こうして再び記事を書いてみようと思い立ちました。
基本は以前のツイートに基づいた内容ですが、何回かに分けて考察したいと思います。
Dappi運営企業は一体何者なのか
まず、こちらの公告をご覧ください。(筆者により一部加工)
官報決算データベース(https://catr.jp/ ) に公開されていた、Dappiの運営企業(以下A社とします。既に社名も広く知れ渡っていますが、ここについて掘り下げるのは今回は割愛します)がある他企業を買収したものを知らしめる内容です。
余談ですが、株主・銀行・取引先など会社の利害関係者が「え!? そんなの聞いてないよ」「勝手なことされちゃ困るよ!」といったようなトラブルを未然に防ぐため、合併や分割など会社の形態や存続にかかわる重大な決定をするときには、一定の手続きが会社法で義務付けられています。
この公告も、その一つです。
Dappi運営企業の貸借対照表の分析
話を戻しますと、画像の中央がA社の貸借対照表です。
貸借対照表とは、その企業にお金や債権や設備(以上をまとめて「資産」)、さらに債務(取引先にまだ払っていない支払、銀行からの借入)などの「負債」、企業自身の持ち分(会社を設立したり増資したりした時の出資、今までの利益の蓄積)を表す「純資産」を表すものです。
英語でBalance Sheetと言うので、B/S(ビーエス)と省略して呼ぶこともあります。
再度、A社の貸借対照表を見てみましょう。
この貸借対照表を見た瞬間、「どれだけ儲かっている会社なんだ!」と直感的に私は思いました。
あくまで皮膚感覚のものに過ぎませんが、実際に様々な中小・零細企業をお客様として関わらせている身としては、お客様が羨むことは間違いないほどでしょう。
まず、1行目の「流動資産」をご覧ください。
流動資産とは現預金のほか、在庫や仕掛品などの棚卸資産、商品も引き渡して請求はしたけどまだ入金されていない売掛金あるいは代金として受け入れた期日未到来の手形など、お金あるいは短期間でお金に変わることが想定されている資産のことを言います。
A社のようなウェブ広告会社であれば、未完成のウェブコンテンツに係る制作費が仕掛品として計上されることも考えられますが、大企業やインフラの基幹システムのような大掛かりなものでもない限り、多額の制作費が長期にわたって計上されるのはあまり現実的とは思えません。
まして販売業や製造業・建設業でもない限り、商品や材料などの在庫が多額に存在することはないでしょう。
売掛金も同様で、建設業などプロジェクトが長期にわたるケースだとサイトも長期になったり、期日が60~90日ぐらいの手形を受け取ったりすることもありますが、そうでもない限りは1~2ヶ月で入金されるのが一般的です。
A社の売上高はおよそ2億円だそうなので、売掛金の平均サイトが2ヶ月だとしても、売掛金やそれ以外の形式の債権を含めた営業債権も、2億円×2÷12≒3千万円程度のはずです。
もちろん、令和元年9月の決算のタイミングで偶然大型プロジェクトが進行中だったこともあり得るわけですが、仕掛品を含めた棚卸資産が3百万円~2千万円だと仮定しても、A社の口座には最低でも3千万円、最大で6千万円ぐらいの残高があると推測されます。
なお、直前に銀行から多額の借入をしたときに預金の残高も大きくなることもありますが、固定負債(弁済が1年を超える負債)の残高が1千2百万円しかないことから見ても、その可能性は低そうです。
A社にはお金がたくさんある?
では、3千万円~6千万円という資金ですが、これは多いのかでしょうか? それとも少ないのでしょうか?
その判断は、その会社の規模や業務形態によりますし、あるいは財務上の数値をもとに比較する方法もあります。
まず、銀行などでもよく用いられる「流動比率」を見てみます。
流動比率とは流動資産の数値を流動負債の数値で割った比率で、数値が高いほど資金に余裕があり、短期的な資金繰りに問題も生じにくく経営が安定しているとされます。
実際には流動資産・負債の合計だけでなく、それを構成する科目を用いて様々な数値を出したりもするのですが、今回は合計までしか分からないのでやむをえません。
また念のためですが、流動比率の良しあしだけで評価するのではなく、実務上はそれ以外のいろいろな指標を基に、総合的にその会社を評価していますので、悪しからずご了承ください。
さて、A社の流動比率ですが、
流動資産75,922千円÷流動負債18,102千円=419%
流動負債の、なんと4倍以上の流動資産です。
優良とされる基準値はおおむね100%なので、これだけでも相当資金に恵まれていることが窺い知れます。
続いて、別の切り口で考えてみましょう。
どちらか言うと会計そのものより企業経営に立った考えですが、「運転資金」という概念があります。
いうまでもありませんが、従業員への給与、仕入先への支払、更には家賃やリースや借入の返済といった、経営するにあたって必ず発生する支出があります。
これらを最低限賄うための資金を運転資金と言い、今手許に残っている資金は、これらの支出の何ヶ月分かということが、経営の安定性、言い換えればどれだけ資金に余裕があるかを示すことになります。
本来は損益計算書(売上から原価や経費などを引いて最終的な利益を算出する財務書類。貸借対照表に対してP/Lとも呼ぶ)の数値をもとに算出するものですが、これも明らかになっていないため、一般論に基づく推測とならざるを得ないことをご容赦ください。
A社はウェブ制作会社なので、支出の大部分は人件費と考えられます。それ以外で大きな経費と言えば、業務に使用しているソフトウェアやシステムのリース料や使用料と本社の賃料、あとは外注費でしょう。
A社の従業員は15名とのことなので、役員2名が月額1百万円ずつ、残りの13名が少し多めに平均して40万円と仮定すると、
1ヶ月の給与合計=1,000,000×2+400,000×13=7,200,000円
さらに社会保険料の会社負担分ですが、実務上は概ね15%ぐらいですので、これを加味すると
7,200,000×(1+15%)=8,280,000円
となります。
続いて、人件費が支出全体の6割だとすると、
8,280,000÷60%=13,800,000円
以上より、上記の仮定に基づけば、A社の毎月あたりの支出は概ね1,200万円~1,600万円ぐらいと推測されます。
前段でA社の預金残高を3千万円~6千万円と見積もりましたが、最低でも毎月の支出の2ヶ月分、最大で5ヶ月分以上という計算となり、運転資金の点から見ても非常に資金の豊富な企業であると言えそうです。
人件費も敢えてやや多めに見積もりましたので、現実にはこれよりも少ない給与の場合、当然ながら運転資金の月数はさらに伸びます。
ちなみに実務上は、3ヶ月以上だと経営が安定すると言われており、コンサルタントによっては6ヶ月分以上必要だと指導することもあります。
これらの点で見てみても、A社が資金面で非常に恵まれた会社であることは間違いなさそうです。
やっぱりA社は儲かっている?
では資金が多いのはなぜでしょうか。
「そりゃずっと儲かってお金が貯まっているからでしょ」と答えが返ってくるのは重々承知ですが、そこは会計士なので…
再々の登場ですが、A社の貸借対照表のうち、「純資産」のみをトリミングしたものです。
負債が「他人のお金」(取引先への買掛金、銀行からの借入など)であるのに対して、純資産は「会社自身のお金」(≒株主のお金)です。
純資産はその性質上、会社を設立するときや増資するときの「元金(資本金)」と、会社の事業活動による「利益の蓄積(利益剰余金)」の2種類から成り、会計処理上も両者は明確に区分されることが求めらています。株主に対して配当を払うときも、原則として後者の利益剰余金から支払うとされています。
つまり、A社は設立してから令和元年に至るまでの期間(令和元年9月期で第18期なので、おおむね18年)をかけて、配当を差し引けば4,278万円を稼いで蓄えてきたということを意味します。
もっとも、この4,278万円を18年間で毎年コツコツ稼いで蓄えてきたのか、それとも直近になって一気に業績が伸びたのかのは、さすがにこれだけでは分かりません。
(「当期純利益が6百万円」も気になるところですが、こちらは機会を改めることにします)
ですがいずれにしても、経営者の手腕であれ偶然運がよかったのであれ、利益を多く残せたことで結果的に手許にも多額の資金が残るようになったことは間違いないでしょう。
ここでもう一つの指標として「自己資本比率」を用いてみましょう。
資産全体のうち自己資本(純資産)の占める割合を示すもので、新聞記事などでもよく登場するポピュラーな指標です。数値が高ければ高いほどお金を銀行などの外部に頼っておらず、リーマンショックや昨今のコロナ禍のような不測の事態で売上が大幅に減少しても経営の基盤が揺らぎにくいと言われています。
A社の自己資本比率=52,787千円÷83,477千円≒63.2%
経営の問題のない上場企業でさえ20%を切る企業が珍しくないので、非常に筋肉質で安定性の高い企業であることが、改めて分かるでしょう。
ただ、A社のホームページは私も見てみましたが、業界に疎いとは言え何か他社にない飛び抜けて特別な技術やサービスがあるようにも見受けられません
何がA社をここまで利益を出すことを可能にしたのかは、気になるところです。
何が問題なのか
以上、A社が利益の蓄積が非常に厚い企業であることを述べていましたが、それがDappiアカウントによる工作によるものだと結論付けるのも早計です。
各メディアを通してA社が自民党と経済的に深い関係にあることが指摘されていますが、必ずしもA社自身が自民党や自民党の議員に大きく依存しているとは言えません。
ホームページ上には自民党以外の一般企業との取引も掲載されており、また今までに明らかになった財務情報や信用情報だけでは、A社の売上割合までは明らかになっていません。
週刊文春10月28日号では、自民党からA社に合計759万円を支払ったという記事がありますが、そのうち565万円は6年間かけて支払われたもの。当時の売上が現在の半分だとしても、単年で見ると極端に多額というわけではありません。
また、民法・商法の観点に限って言えば、自民党とA社との取引それ自体が違法というわけでもありません。
では、何が問題なのでしょうか。
一つ目は、税金や党員からの会費が、政敵の攻撃に利用されたということです。
政党に充てられる政党交付金は言うまでもなく税金が原資ですので、それを元手に匿名アカウントでデマを拡散するなどのネガティブキャンペーンを行うことは、民主政治の根幹を揺るがしかねない問題です。
たとえ敵対する相手でも、互いを尊重しフェアに意見をぶつけ合う精神なくして、民主政治は成り立ちません。
政党交付金が無くても党費や政治献金はあるので、本来であれば自民党員や献金する支持者こそ、重く受け止めるべき問題ではないでしょうか。
二つ目は、政治資金規正法上の問題です。
専門外なので詳細までは踏み込みませんが、対価を払って相手を攻撃させること自体が民主政治に対する最大の冒涜です。これは依頼者や攻撃の対象が何者であっても変わりません。
A社に対する追及を言論弾圧だという声もありますが、果たしてそうでしょうか?
A社あるいはA社に勤務する誰かが個人的な趣味でツイートするのと、A社が法人の業務として行うのとでは、やっていることが同じでも意味は全く異なります。
まして、筋の通った論評や批判ならまだしも、虚実織り交ぜた内容を継続的に発信し続けていたのです。
それが「事業」として成り立つことに、空恐ろしさを私は感じずにいられません。
お詫び
ケアレスミスを一つ。
「Dappi運営企業の貸借対照表の分析」で、以下の個所が間違っていました。
正しくは、3千万円です。
大変失礼いたしました。
ちなみに、本稿の結論には影響はありません。
A社の売上高はおよそ2億円だそうなので、売掛金の平均サイトが2ヶ月だとしても、売掛金やそれ以外の形式の債権を含めた営業債権も、2億円×2÷12≒1千6万円程度のはずです。
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