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天然に対する疑問と、養殖の価値

雨が続いていて。

暇な日が続いていて。

そんな時に来てくれるのは常連さんが多く。

いつもなら、次のお客さんが来て入れ替わっていくのですが、次のお客さんが来ないとなると、長話になる事もあり。

たまに少し踏み込んだ話をする事があります。

「天然の優しさに憧れる」

こんな話を聞いて。

「そんな人にはなれないし、勝てない」

と。

この話を聞いた時、多分だいぶ前に書いた気もするんですが、養殖の話を思い出したんです。

そう、牡蠣の養殖の話。

違うな。

まだ、ふざけるには早い。

天然に対して養殖という言葉を使いたかっただけで、正確に言うと後天的に手に入れた能力の話です。

でも、僕は疑問に思う事もあって。

『天然の優しさ aka 先天的な優しさ』

生まれながらにして、そんな能力が備わってる事ってあるのかな?

ポケモンで言う個体値みたいな事が。

僕が思うに、その人と出会う前の様々な経験によって、優しさを手に入れたんじゃないかと思うんです。

優しくされて、それが嬉しくて、自分も誰かに。

こんな感じで。

他にも色々ありそうだけど、あくまでも一例ね。

だから、天然で優しいというのは、違うかもしれないと思っていて。

誰しもが養殖であり、誰しもが後天的で。

天然の優しさという言葉は、その人の過去を評価してない事になってしまう。

イチローが血の滲む努力をしたにも関わらず、天才という言葉で片付けられてしまうような。

きっと本人は納得しないでしょ?。

「私にだって色々あったんだから」

こんな言葉が返ってきてもおかしくない。

要するに、天然の優しさなんてない。

それは、憧れという言葉を使いつつ、嫉妬だったり、努力不足だったりと、そうはなれない自分に対して、正当化しているだけなんだ!

こんな事を思うけど、いるよな。

努力では埋められない優しさを持ち合わせている人って。

僕が出会ってきた人の中にも数人いて。

そんな人にはなれないし、勝てないとも思いました。

でも、僕は諦めてもいて。

なぜ、自分がその位置にいけると思ってるんだろうかと。

烏滸がましい&自惚れるな。

その人の特徴がそうなだけで、これは足が速いとかと同じで。

誰もが努力してもウサイン・ボルトにはなれないのと一緒。

これは理解出来るのに、なぜ優しさならいけると思うんだろうかと。

まあ、真似が出来るからか。

フォーマットというか、指南書も売ってるもんな。

でも、それを実践して真似した所で、敵わない人には敵わない。

じゃあ、何が出来るのか。

こっちが大切で。

苦手なまま放置するのか、少しでも真似るのか。

ボルトがいるから走るのをやめるのか、勝てないと分かってても走り続けるのか。

なんか、話がよく分からなくなってきたぞ。

養殖の良い所はね、あたらない牡蠣を作れるんですよ。

天然には出来ない事で、養殖ならではの付加価値があって。

結局、牡蠣の話!

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