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突発的とか偶発的とか幸福とか

「突発的なアンラッキーがあんねやったら、突発的なラッキーがあってもええんちゃうんかい!!」

セトウツミ 4巻

この言葉を引用するのは二回目で。

昨日、お客さんと話してる時にも出てきた言葉です。

「思わず口角が上がってしまって」

この間、楽しみにしていたライブの前に来てくれた常連さんが、こんな事を言っていたのです。

この言葉を聞いた時、僕は思わず口角が上がるような事はあっただろうかと思うと、無くて。

「初デートの時も、多分そんな状態にはなってない」

そんな事をふと思ったので、そんな事を言ってみて。

「予定通りだと楽しくないんですかね」

こんな言葉が返ってきて。

「そうか、そうかもしれない」

と、なんとなく腹落ちしたのです。

その時に思い出したのが、冒頭の引用した言葉で。

これにグッときてしまったのは、突発的なという部分だったんだと、理解が深まりました。

35歳でこんな事を言うと、諸先輩方に怒られるのかもしれませんが、35年如きでも、新鮮な体験は減っていきます。

映画でも、小説でも、現実でも。

このパターンかだったり、この話かだったり、この悩みかだったり。

デティールは違うけど、大枠は一緒な事が多いです。

そこに出不精で、人見知りで、フッ重な性格が相俟って、僕が出来ていて。

そりゃ、無いか。

何かが楽しみで、口角が上がる日なんて。

でも、お店というものは、突発的が比較的起きやすい場所だと思っていて。

思いがけない人だったり、思いがけない言葉だったりと。

僕の予定でお客さんが来てくれてる訳ではないので、この部分が楽しみで、日々お店に立っているのかもしれません。

何かが楽しみでという訳ではなく、何かが起きたらいいなと。

予定通りではなく、偶発的な何かがあると、僕は楽しいのです。

お客さんの中には、もしかしたら同じような人がいるかもしれなくて。

そんな人には、突発的なラッキーを起こせればと思ってます。

自分の口角が上がるよりも、相手の口角が上がってくれる日々のほうが、僕は幸せなので。

そんな日は、寝る前に良い日だった思えますし。

思ったよりも美味しいラテなのか、期待以上の空間なのか、予期せぬ言葉なのか。

何かしらで、その日一日の一部分が幸福になったらいいなと。

いい人すぎるな。

そんな体験を提供出来れば、また通ってくれるでしょうしね。

すると、お店もちゃりんちゃりんと。

僕の財布もぱんぱんに。

そんな人生も良いと思える。のかな?

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