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「醤油差し」の前に、まず“醤油”について勉強してみた話 Soy Sauce Cruet #1

こんにちは、THEの松尾です。

THE SHOP SHIBUYAスタッフとして日々お客様とお話ししながら、noteでも商品についてお話しすることになりました。
今までお伝えしきれなかったTHEの商品の魅力を、より深くお伝えしていきたいと思っています。

THEの商品の中でもトップ5に入る人気商品
絶対に液だれしない「THE 醤油差し」

まずはこの醤油差しについて知ってもらいたい。
そう思ってnoteを書きはじめたのですが、

その前に私、そもそも醤油について詳しく知らないな。商品開発メンバーは醤油の歴史について調べていたけれど、醤油の歴史ってどうなっているんだろう?

ふと浮かんだ疑問から、醤油の歴史について調べることにしました。

日本の調味料といえば醤油。
寿司、すき焼き、肉じゃがなど、様々な料理に欠かせない、みなさんお馴みの調味料ですが、醤油の歴史は意外と知らない方も多いはず。

今回は、人々の生活に沿って変化してきた、醤油の歴史についてお話ししていきます。


醤油誕生のきっかけは、味噌桶の底に汁が溜まったから

みなさんは醤油の歴史についてどれくらいご存知でしょうか。
私は今回自分で調べるまで、どうやって醤油が誕生したのか、想像をしたこともありませんでした。

醤油の原型は諸説ありますが、中国からきた「醤(ジャン)」だといわれています。醤とは「食品の塩漬け」のことを指し、穀物を塩漬けにしたものが原型と考えられているそうです。

醤油が生まれた時期もまた諸説あるのですが、鎌倉時代に僧侶が中国から製法を持ち帰った、径山寺味噌(きんざんじみそ)がきっかけだといわれています。
紀州・湯浅に製法が伝えられ、径山寺味噌を作る際に桶底に溜まった汁、溜(たまり)を舐めると美味しかったため、これを使って食べ物を煮るようになったそうです。
この溜が現在の醤油の大元であるといわれています。

「金山寺味噌」
和歌山県、千葉県、静岡県等で生産されている味噌の一種。なめ味噌の一種。径山寺味噌、徑山寺味噌(きんざんじみそ)とも書く。

溜が調味料として作られるようになり、次第に醤油と呼ばれるようになったのでしょう。
湯浅では、室町時代にあたる1535年に、醸造家の赤桐三郎四郎が100石近い醤油をつくったという記録があるようです。
(1石は100升にあたり、1升は約1.8Lなので、なんと約18,000L!)
これを大阪の漁船に販売を委託したことで、他の醸造家も他国に積み出すようになり、全国に醤油が広がるきっかけとなったと考えられています。

ちなみに「醤油」という文字が文献の中で初めて登場したのは安土桃山時代。
1597年に書かれた『易林本節用集(えきりんぼんせつようしゅう)』という日常用語集に記載されており、この頃にはすでに日常的に使われる調味料として広がっていたようです。

今から約400年前にはもうすでに「醤油」とういう文字が使われていたとは驚きでした。
そして、このあと江戸時代に入ると、醤油はより一層生活に欠かせない調味料になっていきます。


江戸の発展が醤油の発展につながった

江戸時代に入ると本格的に醤油が生産されはじめます。
人々の生活が豊かになるにつれ、醤油は各地で工業的に生産され、町の人たちに向けて販売されるようになります。

大阪では、人形浄瑠璃『曽根崎心中』で醤油商が主人公としてかかれるなど、町衆人にとっても醤油は日常的に使われていたことが伺えます。
江戸の町が栄えはじめると、上方の堺や大阪から文化が取り入れられ、醤油も上方から運ばれてくる「下り醤油」と呼ばれるものが大きな割合を占めていました。

江戸中期を過ぎると文化の中心が関東にうつり、醤油づくりも関東で盛んになっていきます。
下り醤油とは原料を変え、江戸の人々の好みに合わせて味を変化させることで、現在一番多く使われている「濃口醤油」に近いものが作られるようになりました。

こうした江戸での醤油の発展が、私たちに馴染みのある寿司や蕎麦、天ぷら、蒲焼などの江戸料理の発展にもつながっています。
またこの頃にはすでに、陶磁器の醤油差しが作られていたようです。


工業的に醤油がつくられ各地に流通するようになったことで、醤油を入れる容器にも変化が現れます。
より多くの量を遠くまで運べるように、重く割れやすい甕(かめ)から、軽く壊れにくい結樽(ゆいだる)という木樽で運ばれるようになりました。

江戸時代後期には長崎での貿易がはじまり、醤油も海外に輸出されるようになります。
長い航海の間に醤油が劣化してしまうのを防ぐため、木樽よりも密閉製の高い、磁器の瓶が使われるようになりました。

「コンプラ瓶」という波佐見焼でつくられた瓶で、当時オランダ人を相手に商売をしていた、日本の商人をコンプラ商人と呼んだことから、この名前がついたそうです。
(コンプラの語源は、ポルトガル語の「conprador(コンプラドール)」で、「仲買人」を意味します。)
1859年の幕末開港から1890年ごろまで盛んにつくられ輸出されており、今でもヨーロッパのアンティーク小道具屋などで見ることができるそうです。

江戸時代に醤油の原料を変えたことが、現在の私たちの食文化に大きく関わっていたとは、思いもよりませんでした。もし、変えないままだったとしたら、現代に寿司はなかったのかもしれません。
時代の流れとともに、醤油の原料も容器も変わってきましたが、さらに人々の生活が変わっていくことで、醤油の買い方にも変化が現れていきます。


スーパーマーケットの誕生により醤油の買い方が変わった

明治時代に入ると、輸入品の瓶を再利用するなど、ガラス容器が使われることも増え、製瓶機の導入により国内でのガラス瓶を作る技術も発展していきます。

樽詰の醤油の製造数は、大正時代に全盛期を迎えますが、次第に樽詰だけでなく、一升瓶入りの醤油も販売されるようになりました。
戦前までは一般の人々は量り売りで醤油を買うことが多く、一升瓶を持って醤油屋に行き、その場で詰めてもらう光景がよく見られていました。

醤油の買い方が大きく変化したのは1955年、日本で初めてスーパーマーケットが誕生したことがきっかけとなります。
人の手から受け取る買い方から、商品棚に並んだものを自分で選ぶという買い方に変わり、醤油も個包装化されるようになりました。

またこの頃になると、日本食以外の各国の食文化が広まるり、醤油の一世帯あたりの消費量が減少していきます。
それに伴い、人々の間では小容量容器での販売を希望する声が高まっていきました。
その声を受けたキッコーマンは、液だれせず卓上で使える醤油瓶を作ろうと研究に熱を入れ、1961年に「キッコーマンしょうゆ卓上びん」の販売が開始されました。

1961年の誕生以来、今日まで変わらぬデザインが世界中の食卓で親しまれている。工場から出荷された容器をそのまま食卓で使える。切れの良い赤い注ぎ口は黄色のロゴとともに醤油の色と見事に調和し、食卓の風景を変えた。

その後も1977年には醤油の容器として、日本の食品業界で初めてペットボトルが採用されるなど、容器はより軽量で壊れにくいものへと変わっていきます。
(水などの清涼飲料がペットボトルで販売されるようになったのは1982年。清涼飲料よりも早く、ペットボトル入りの醤油が販売されていたのは驚きでした!)
最近では様々なメーカーから、酸化を防ぐために密封ボトルに入ったものが販売されるなど、容器製造の技術も日々進歩しています。


時代にあわせて生まれた醤油差し

こうして醤油の歴史を調べてみると、「THE醤油差し」も時代にあわせて形を変化させたもののひとつだ、という実感がわきました。

あらためてこの醤油差しを手にとってみました。

幅4.7cm、高さ11.3cm、容量は80mlと小ぶりなサイズ感。
サイズを小さくすることで、醤油が新鮮なうちに使いきれるように考えられています。

しょうゆ情報センターの統計データをみると、ここ数年のデータだけでも、一人当たりの一年間の醤油購入量は2014年は1.99Lだったのに対し、2019年には1.58Lと、年々減り続けていることが分かります。

このような時代背景を踏まえて、使う機会が減ったからこそ、醤油をより美味しく楽しみたい。そういった考えも基となり、この醤油差しがつくられたのではないかと感じました。

また、ボトルも蓋も同じ素材、ツルリとした透明のガラスでできた、美しい外観も印象的です。素材を統一することで、様々な料理がならぶ現代の食卓にもなじむデザインとなっています。

そして、この醤油差しの一番の魅力である、液だれしないという機能をガラスだけでつくることができたのは、今まで積み上げてきたメーカーの知見があったからこそでした。

開発メンバーの話によると、この醤油差しを開発した当時「液だれをしない」ということを基準として作られた醤油差しは、スプレー式やシリコン口のものが多く、ガラス製のものはあまりなかったようです。
そんな、今までなかった醤油差しをつくることを可能にしてくれたのが、石塚硝子グループのアデリア株式会社北洋硝子株式会社の職人の方々でした。

ガラス素材の提案や、形状の難しい部分に何度もチャレンジを繰り返し、一つ一つ解決してくださったことで「THE 醤油差し」は生まれたのです。
製造現場の様子はこちらの記事からご覧いただけます。


今回はまず、醤油の歴史について紐解いてみました。
人々の生活に沿って変化する、醤油や容器の話はお楽しみいただけたでしょうか。

次回は、この醤油差しをつくるうえで必要不可欠な、”素材”の話をしていきます。



参考サイト・文献

・醬油本-醬油を見つけて醬油を知り醬油を楽しむ本|高橋 万太郎・黒島 慶子|玄光社
・醬油(ものと人間の文化史 180)|吉田 元|法政大学出版局
・日本の味醬油の歴史(歴史文化ライブラリー 187)|林 玲子|吉川弘文館 

(順不同)


Soy Sauce Cruet #2
『なぜ?と問いかけることでみえてくる「素材」の話』はこちら

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