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Sir András Schiff

2020年3月17日

※の注釈は記事の末尾に掲載

おそらくこの日のコンサートは僕の人生の中でも最も印象深いものの一つとなるだろう。

僕は元々、この日のために兵庫県立芸術文化センター※1大ホールで予定されていた”マルタ・アルゲリッチ&ギドン・クレーメル”のリサイタルに行く予定だった。僕はヴァイオリンを愛して止まないから、特にギドン・クレーメル※2を聞き逃すわけにはいかなかった。しかも、伴奏ピアニストは生ける伝説マルタ・アルゲリッチ。
しかし、チケットは早々に入手していたものの、日本では今年2月から新型コロナウイルスの脅威の影が日に日にその大きさを増していき、案の定”奇跡の一夜”は幻となった。

実は、アルゲリッチ&クレーメルと同日に大阪のいずみホール※3で大御所ピアニストのリサイタルが組まれていた。
それが僕が昨夜足を運んだハンガリーが生んだスーパーピアニスト、”アンドラーシュ・シフ”のソロリサイタル。シフは僕が中学一年生の頃、どこの誰かともわからないけどTVの前で釘付けになって観ていたピアニスト。
アルゲリッチ&クレーメルのリサイタルはクラシックとしては異常事態と呼んで過言ではないほど、僕が確認できた時点では公演の2か月前にはチケット完売していたが(文化の違いによるものか、東京ではクラシックのコンサートが完売になることがよくあるが、その他地方、大阪でさえもクラシックで完売になることはあまりない印象を受ける)、シフのリサイタルも騒動が大きくなる前の段階では完売していた。
昨夜、兵庫と大阪で同日に組まれていたクラシック界のスーパースターたちのリサイタルの主催者(KAJIMOTO※4)はどちらも同じ事務所ながら、前述の通り兵庫は中止、大阪は決行。
「天才的ヴァイオリニスト、ギドン・クレーメルのリサイタルが同じ日でなければ…。」ずっとそう思っていた矢先のこの運がいいのか悪いのかわからない風の吹き回し。しかもシフのリサイタルは完売であったにも関わらず、この状況が故に払い戻しが多数発生しており、当日引き換えチケットを入手することが出来た。
僕と同じ状況の人がいるだろうなと考えながらいずみホールに向かう途中、「今日はアルゲリッチのチケット取ってたんだけどな…。」という男性の声を耳にした。

ここまでが昨夜のシフのリサイタルを聴きに行くことになった経緯だが、今日の記事はとてつもなく頭を悩ませる。
それは、パンデミック(ある感染症の世界的な大流行)のなかで行われる大物アーティストのコンサートは大変重い社会的な問題を孕(はら)んでいるから。
「ああ、今日のコンサートは感動的だった」では済まされない。

だから今回はパンデミックが引き起こす重大な社会問題に目を凝らしながら、慎重に書き進めていこうと思う。
少々長くなると思うから、お忙しい方はこの後の記事はお時間のあるときに読んでいただきたい。(引用も含めて約7800文字の記事です…。)


人は社会で暮らしていく以上、一人一人が何らかの責任をもたなければならない。
その責任の大小を比べることは容易ではないが、社会的地位や影響力の大きい人物ほど、責任は大きくなってくるだろう。
たとえば、一人の少年が出来心で駄菓子を万引きをするのと、同じくことを一国の首相がするのとでは、その社会的責任と影響力の差異は火を見るよりも明らかだ。

今日の世界の状況下では、ライブやコンサートを行うことも全くそのような様相を呈している。

日本において僕が最初に知った限りでは、まずこの問題について言及した大物ミュージシャンはX JAPANのYOSHIKI※5さん。
3月1日の時点で彼はツイッターでこのように発信している。

BAND仲間、そしてそのファンのみんなへ、自分は決して人の模範になれるような人ではないけど、こういう時の判断は間違わない。苦渋の決断を伴うかもしれないけど、今このタイミングで、コンサートを行う行為、及び参加は、危険な行為だと思う...全ての人々に対して。
みんなの安全を祈っています

続けて同月3日には

今このタイミングで、日本でのコンサートを開催、及び参加しているみんなへ、自己責任っていう問題じゃないと思うよ。批判じゃないよ、批判してる時間なんかない。戦っているのは、対人じゃ無くて、対ウイルス。今からでも、自分も含めて、冷静な判断のもとにそれぞれができることをしよう。
"命があればいつかは失ったものを取り戻せる。
でも亡くなってしまった人は、もう帰ってこない...”
今後みんなで助け合う方法を考えようよ。

また彼は、同月11日にYouTubeの生放送にて、旧知の仲だという2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授と対談を行い、更に以下のように言及している。

今は私たちがウイルスに試されている状況。これは個人ではなく、社会の問題。社会全体の脅威になる。みんなで我慢し最初の一撃が通り過ぎるのを待つ時期だと思っている。
Don’t be penny wise and pound foolish(一文惜しみの百失い)
将来的な大きなものを失わないでほしい、自粛により感染の速度を遅らせて、1日も早く解決策を見つけることが、将来的にも経済的にも回復を早めるのでは。ただし、自粛中の経済的なサポートは必要だと思う。
自分もコンサートを開催する側の同業者であるので、尊敬するアーティストや偉大な表現者の方々にこういった発言をするのはつらい。自分で自分の首を絞めるとわかっていたけど、それでも何もしないのは良心が許さず、マネージメントからの抑制があったが発信することにした。

また山中教授は自身が専門家ではないことを前置きしたうえで、こう述べた。

大切なのは早く対策をすること。人類が初めて経験するものだから、エビデンス※6がなくて当然。今は大袈裟なくらいの対策をして、エビデンスが集積してから少しずつ緩めていけばいい。ライブ活動やジムのインストラクターなどで生計を立てている方々の経済的問題があるが、その保障や支援策も1日も早く進めるべき。
人が集まる場所、換気が悪い場所、声を発したり息遣いが荒くなる場所が危険、と国から発表されたが、厳密なガイドラインは無く、極力集まることを抑えるしかない。リーダーたちはエビデンスもない中で、苦しい決断を迫られている。批判も出てくるが、今は我慢をするべきだ。
自分のことよりも今は他の人にうつさない、社会を脅威にさらさないことが重要。若い人は重篤症状になる可能性が低いぶん、周りの人にうつさないよう意識して行動してほしい。政府も我慢している人たちに対して、ちゃんと生活面や収入の保障をしてあげてほしい。

僕は芸術に親しむ一庶民として、YOSHIKIさんの主張に対してほぼ完全に意見を一(いつ)にする。


また、苦渋の選択を強いられつつも、できる限りの対策を施したうえでライブを決行した大物アーティストとして先陣を切ったのは、やはり椎名林檎さん※7率いる再結成された東京事変だろう。
東京事変は2月29日と3月1日に東京国際フォーラム※8でライブを行い、両日で延べ約1万人を動員したとされる。
当然ながら、このライブは称賛の声と批判の声で大きく割れた。
このツアーは4月9日まで全国各地で予定されており、最初に行った前述の2公演の後、東京事変は再度協議を行い、現時点(3月18日現在)で3月21日までの公演をすべて中止としている。
カリスマ的人気を誇る東京事変は2008年2月29日に解散しており、今回の再結成も思い入れのある閏日に行うと固く決意していたのだろうと推測する。
決行も勇気、中止も勇気。本当に苦渋の決断を迫られたと思う。
考えれば考えるほど難しい問題だと思う。一庶民が軽率に深く言及できることではない。

そして、ここまできて言うまでもないがクラシック界において先陣を切ったのが”サー・アンドラーシュ・シフ”
ちなみに、Sir(サー)という呼称は主にヨーロッパのキリスト教国家において勲章の授与に伴い王室または教皇から授与される”ナイト爵”に贈られるもので、シフは2001年にイギリスの市民権を取得し、2014年にイギリスでナイト爵を授与されている。

迷った。かなり迷った。

クラシックのコンサートというものは、”生音(なまおと)”に対して実に厳しい文化が育まれているので、声や咳を出すことはもちろん、皆かなりの緊張感を持って静寂を守っているから、交響曲や協奏曲の楽章間に、演奏中に微動だにさせていなかった身体を動かして服がかすれる音や軽い咳払いが一斉に聞こえてくるのも最早クラシックコンサートの風物詩。
演奏中に事前に配られたチラシでも落としたものなら四方八方から睨まれる。そんな環境なのでクラシックのコンサートは他の様々なイベントのなかでも最大級に安全なものだと思われる。

そして、主催者のKAJIMOTOがとった対策は以下の通り。

・入場時、チケットの半券は切り取らず、スタッフが目視で確認
・ホール玄関口など全てのドアの開閉はスタッフが行う
・各階ロビー、各階お化粧室にアルコール消毒液を用意
・「バーコーナーの営業」を中止
・「CD販売」「プログラム販売」「チラシ等の配布」を中止
・「サイン会」の実施はなし
・「クロークサービス」※9を中止

というようにほぼ完全にでき得る限り人と人との接触を避ける対策を立てている。また、KAJIMOTOは以下のような案内動画も制作しています。

それでも迷う!! 僕だけの問題ではないから…。

最終的に僕が”行く”という決意を固めたのは彼がまず最初の公演を3月12日に東京オペラシティコンサートホール※10で行ってから後の3月14日に特別に生配信された演奏とトークの動画を観たこと。まだ観れるので興味のある方はどうぞ。
シフのご婦人であるヴァイオリニストの塩川悠子さんも、非常におおらかで奥行きのある方なので、ぜひ着目してみてほしい。

”希望をもつということ”
”この機会に大切なことを学ぶべきだということ”

特に感銘を受けたのは”人生にとって大切なこと、音楽というのはエンターテインメントでありながらもっと深いものをもっている”といったニュアンスの発言。これは僕が日頃から、しばしば訴えていることで、エンターテインメントとアートについては機会をみて改めて綴ることにする。

皆さんも常日頃感じておられると思うが、他人と心の底から通じ合うこと、偉大で究極的な何かを共有するということは極めて困難なこと。
その分、それが成された瞬間というのは、他の何物にも替えがたい喜びを生む。”快楽”ではなく”歓喜”である。
人として生まれてきたことに最も誇りをもつことができ、様々な努力をしてきたことが最も報われ喜びを感じられる至極尊い時間。
これこそが芸術の醍醐味であり、人生の醍醐味でもある。

これらのシフの話を聞いて、そして彼のありのままの姿をみて、映像越しではあるが、僕は彼の心と交流できたような気がしたし、前述の醍醐味を心の内に覚えた。

僕は大切な家族に一言だけ告げて会場へ向かった。
「何か一つでも危険を感じればその瞬間に帰ってくるから」

自分ができる対策としては以下を励行した。

・いずみホールまでは電車を使わず車で単独移動
・マスクの着用
・アルコール消毒液の持参
・食事、睡眠の管理
・帰宅時は手洗いうがいの徹底と衣類の即消毒かつ即入浴


シフは大御所だけどもなかなかマニアック。
来場していた観客はほとんどピアニストかピアノ愛好家、それらの関係者だろう。僕には”この曲がこうで、ああで”といった細かい音楽的な評論はできないので、知りたい方はSNS等を探って専門的な方の意見を参照いただきたい。

いずみホールに到着すると、張り詰めた空気を感じた。

ちなみにいずみホールのキャパシティ※11は821席であり、僕が見渡した限りでは7割程度の動員だったので、おおよそ600人弱の規模だったと思われる。
ホールスタッフは非常に親切で、もちろん席は指定されているものの、空いている席ならお座りくださいと促してくれた。
そのおかげで僕は他の観客が周りにいない少し後方の席に座ることができた。ホール側としてもなんとか成功させたいとの意気込みに心が動いた。

シフが微笑みをたたえて舞台に登場する。
優れた人格と磨き抜かれた技術が魅せる天衣無縫(てんいむほう)の音楽に僕はただひたすら身を委ねた。
僕はブラームスが大好きだから、今回のプログラムは個人的にオイシい。

予定されていた曲目が終わると盛大な拍手。

しかし、ここからが本番!!(笑)
そう、彼のリサイタルはアンコールが1時間に渡ることも珍しくない。
その伝家の宝刀、”長時間アンコール”が始まる。

J.S.バッハ: パルティータ第4番 ニ長調 BWV828から サラバンド
ブラームス: アルバムの小品
メンデルスゾーン: 無言歌第1集 op.19bから 「甘い思い出」
          無言歌第6集 op.67から 「紡ぎ歌」

と続いてなんと……(繰り返します…以上4曲はアンコールですよ…)

ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第21番 ハ長調 op.53 「ワルトシュタイン」

1楽章で終わるかと思えば全曲…!!!

個人的に、「ワルトシュタイン」が最も心の奥まで突き刺さった。
シフの偉大な音楽性は疎(おろ)か、シフの言う”困難の乗り越えた彼の音楽はいつも上を向いている”通り改めてベートーヴェンの偉大さを痛感した。

鳴り止まないスタンディングオベーション※12に度重なるカーテンコール※13
シフはいつもの調子で両手を柔らかく重ねて四方八方の観客にお辞儀をする。僕が経験したなかで、最も長いスタンディングオベーションだった。
僕ら聴衆は何かに突き動かされるように拍手を止めることはなかった。
シフのピアノに魅せられ、僕らは昨夜、”音楽の真価”を目の当たりにしたのだろう

時刻も21時45分を過ぎていて、その長い長い大拍手のなか、ちらほらと帰るお客さんが見え始めた。

その瞬間シフはなんとまたもやピアノに向かった。

演奏したのは、J.S.バッハ: 平均律クラヴィーア曲集第1巻から 前奏曲とフーガ第1番ハ長調 BWV846

美しいシャンデリアの明かりが灯され、際どい、殺気に似た緊張を帯びた空気のなかで行われたサー・アンドラーシュ・シフの公演が終わった。”風物詩”である楽章間の咳払いすら聞こえないある種異様な公演が終わった。

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音楽に興味のない方からするとあまりに馬鹿々々しい行動だったに違いない。
シフも、この日本公演が発端で感染者が発生したなどというニュースが出たなら、腹を切る覚悟で臨んでいるんだろう。腹を切ったところで死者が出たら責任はとれないが…。

行政、アーティスト、主催者、ホール全ての関係者が”決行”の判断を下して実現したコンサート。僕は心から全ての関係者に心から御礼申し上げたい。

僕は、この選択が正解だったのか未だにわからない。
答がわかるときが来るのだろうか。もしかしたら一生わからないままかもしれない。

夜の静かな新御堂筋※14を走らせ帰路につく。
僕はこの、夜の新御堂筋が大好きだ。
車を流しながらふと考えた。
「尾崎豊やKurt Cobain※15が老年期を迎えていたら、今夜のシフのようなコンサートをしたんだろうな…」
いつもなら何か音楽を流しながら運転するのに、昨夜だけはそんな気にならなかった。ただ静かに、シフの姿と音楽を思い浮かべて1時間走り続けた。

音楽がないと私には生きる意味がない

真の芸術家、Sir András Schiffの言葉をただ噛みしめながら。


I appreciate your concern,Sir András Schiff....


(記事冒頭の写真は昨夜のコンサート当日のものです)

注釈

※1 兵庫県西宮市にあるホール・劇場
芸術監督を世界的指揮者、佐渡裕氏が務めている。
なお、佐渡裕氏は僕が敬愛するレナード・バーンスタインの最後の弟子として知られる。
http://www1.gcenter-hyogo.jp/

※2 ギドン・マルクソヴィチ・クレーメル
チャイコフスキー国際コンクールで優勝し、さらに優勝者が出ないこともあることで有名なパガニーニ国際コンクールでも優勝を果たしている天性のヴァイオリニスト

※3 大阪府大阪市にあるコンサートホール
僕が初めてクラシックのリサイタルを聴いた思い出のホール(その時の公演はヴァイオリン・渡辺玲子、ピアノ・江口玲)であり、大のお気に入りのホール。
http://www.izumihall.jp/

※4 株式会社KAJIMOTO(カジモト)は東京、北京、パリに事務所を構える国内最大手のクラシック専門のアーティスト・マネージメント会社
http://www.kajimotomusic.com/jp/concert/

※5 1989年にメジャー・デビューしたヴィジュアル系ロックバンド、X JAPANのドラマー/ピアニストとしての活動が著名であり、バンドのリーダー、メインコンポーザーも務めている。

※6 証拠・根拠、証言、形跡などを意味する英単語 "evidence" に由来する、外来の日本語

※7 1998年デビュー。1998年は宇多田ヒカル、aiko、浜崎あゆみ、MISIAなど未だ第一線で活躍する女性シンガーを多く生んだ年でもある。
2004年からはロックバンド・東京事変のボーカリストとしても活動している。

※8 東京都千代田区丸の内3-5-1、旧東京都庁跡地に建てられ、1997年1月10日に開館した株式会社東京国際フォーラム(完成当時は財団法人東京国際交流財団)が運営する公的総合文化施設
実はまだ僕はご縁がありません。
https://www.t-i-forum.co.jp/

※9 多くのホール・劇場では、客の手荷物やコートなどを預かり、管理するサービスのことを指す。
僕は良くロングコートやヴァイオリンをお預けしています。

※10 西新宿・初台にあるクラシックコンサート専用ホール
僕は一度だけ訪れたことがありますが、素晴らしいホールです。
https://www.operacity.jp/concert/

※11 capacityは、保持、受け入れ、または取り込む能力をいう。
ホール・劇場においてはその許容人数のことをさす。

※12 演奏会やスポーツなど人が集まるイベントなどで、観客が立ち上がって拍手を送ること

※13 オペラ、バレエ、演劇、ミュージカルなどにおいて、歌手・バレエダンサー・俳優、指揮者・演出家が舞台上に現れて観客に挨拶すること
舞台上でお辞儀をしては舞台袖に降り、そしてまた戻ってくる。これを何度も繰り返す。これもまたクラシックのコンサートの風物詩でもある。

※14 大阪府の北部を南北に貫く幹線道路(国道423号)、地域高規格道路であり、北摂地区の大動脈である。 全国屈指の交通量を誇る道路であり、 西日本では首位
僕はバンドのリハーサルやレコーディング終わりにこの新御堂を車で流して帰るのがなぜか堪らなく好きなのである。

※15 伝説のロックバンドNIRVANAのリードボーカル兼ギタリスト
僕が尾崎豊とともに愛して止まないアーティスト
1994年に27歳の若さで逝去しており、昨年2019年は没後25年のメモリアルイヤーでした。僕らThe es bandも彼のために2曲のカバー作品を捧げました。



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